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ヒミツ  作者: 爪楊枝
キオク
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4話『イズミのセイ』


陽満と立花あきが2人で帰る様子を私は離れたところから見る。彼らはいつのまに仲良くなったのだろう…

歩いている時も電車に乗っている時だってなんだか楽しそうに会話をしていた。……ずるい。


電車から降りて駅を出ると、2人は別れて帰宅する。私は陽満の後を追う。ここ数ヶ月はいつもこうして彼の後を歩いてきた。こうして彼と2人だけの時間を楽しむためだ。まぁ、普段の彼はよく他の女子と帰っているため2人きりというわけではないけれど。しかし彼の家の場所を知れたのは嬉しかった。


陽満が玄関から家に入って行くのを確認してから一言呟く。


「お帰り、陽満…」





私は兄が嫌いだった。双子の私とよく似ていて、まるで私がもう1人いるかのように感じたから。私は両親が嫌いだった。兄のことばかり気にかける姿はどこか他人のように感じたから。私は自分が嫌いだった。居心地の悪い環境になんの抵抗もせずただ黙って生きるだけの自分が。


でもあの日…彼と出会った。


兄が熱を出し外に出られない日に、友達に行けなくなったことを伝えて欲しいと言われた私は興味本位で兄の服を着て出かけた。幸いにもまだあまり成長していなかった私が兄の服を着ると両親でも簡単には見分けがつかないほど私達はそっくりだった。それに試してみたかったのだ。あの兄が毎日のように遊んでいる友達ならきっと私と兄の区別くらい簡単についてしまうのではと思ったから。


兄から聞いた公園に着くと、確かにひとりの少年がいた。何をするでもなく、ただブランコに座って。もう一度だけ自分の姿を確認して深呼吸してから公園に足を踏み入れる。すると私に気がついたのか少年は笑顔で手を振る。……ずるい。


「遅いぞちひろ!」

「えっ!?」

「ん?なんか声変わったか?」

「あ…いや、ちょっと風邪で…」

「ふーん、まぁいいやそれより今日はなにする?」


ちひろと呼ばれて、思わず変な声を出してしまった。そうだ、今の私はちひろなのだから演じないとバレてしまう。でも、この場合は…バレてもいいのかな…


「ちひろ?」

「あっ!ごめん…それでなにするかだったよな?じゃあお菓子買いに行こうぜ!母さんにお小遣いもらってきたんだ」

「おっ!いいな、じゃあ行くか!」


私と彼はふたりで歩きだす。


「んー?」

「な、なんだよ…」


彼が私の横に並びずいっと顔を近づけてきた。


「やっぱりなんか今日のちひろは変だな。顔色が悪いし」

「そ、そうか?」


ち、近い……あまり顔をジロジロ見るのはやめてほしい。恥ずかしいから。


「まぁいいか、ほら競争しようぜ」

「あっ!待てよ!」


…………ずるい。





「やった!アイス当たった!」

「いいな!」


小さな駄菓子屋に着いた彼と私はふたりでいくつかのお菓子を買って店の前のベンチで食べていた。案外、演技もうまくいっている。が、ひとつだけ問題があった。……私は彼の名前を知らないのだ。今思えば兄に名前を聞いていなかった私が…いや、名前を教えてくれなかった兄が悪い。とにかくこのまま彼の名前を呼ばなければ流石に怪しまれるかも知れない。


「…えっとな、なあ!」

「ん?どした?」

「あ、あだ名とかってあるか?」

「え?どうしたんだよ急に…」

「ほら、もう仲良くなって結構経つし俺たちだけの呼び名とか作ってもいいかなあ〜なんて……はは…」

「えぇ〜そうか?俺は今まで通り名前ではるまって呼んでくれた方が嬉しいけどな」

「じゃ、じゃあ!それでいいや!今のは忘れてくれ!」

「お、おう…」


はるま……はるまか…


「あ、ちひろそのチョコのアイスちょっとくれ」

「えっ!?」

「だめか?」

「いや…いいけど……」

「よし、じゃあこっちのと交換な」

「……」


アイスを交換すると、はるまは迷わず私がさっきまで食べていたものを口に運んだ。私は自分の手に持ったアイスをジッと見る。数口食べた跡があり、そこから少しずつ溶け出している。そういうことに興味があったとかではなく、純粋にアイスが食べたかった私は恐る恐るアイスを口に入れた。




その後、兄と一緒に作ったという秘密基地に行ったり、その近くにある川でバッタをとったり…私が経験したことがないほどの楽しい時間を過ごした。


「もう暗くなってきたな」

「うん」

「また明日な」

「うん」

「ちひろ?本当に大丈夫か?」

「うん」

「そっか」


ずるい…………良いなあ……


「なあはるま」

「ん?」

「はるまは俺のこと好きか?」

「は?うーん、まあ好きだな友達だし」

「俺も好きだぞ!じゃあな!」

「……なんだ急に?」


私も……私もはるまさんに友達だって、好きだっていってほしい。知らなかった。自分の知らないところで兄がこんなに大事にされているなんて。両親以外にこんなに大事にしてくれる人がいるなんて。ずるい。ずるい。ずるい。




その日から私は、兄が遊びに行くたびに後をつけはるまさんのことを見ていた。兄と……ちひろと楽しそうに遊ぶはるまさんを。本当に楽しそうに遊ぶ彼らを見ていると、少し胸が痛くなる。その痛みがなんなのかわからなかった私はただじっとはるまさんのことを見て自分を慰めることしかできなかった。


しかし、ある時私に転機が訪れる。兄が事故に遭い入院したのだ。それも夏休みの最中に。両親はベッドに横たわる兄を見てどうしてこの子ばかりこんな目にと言うが、あれは完全に兄が悪い。だって信号が赤になっいたのをちゃんと確認していなかったから。私は止まったのに…ちひろは止まらなかった。ただそれだけのことだ。でも、これでしばらくは兄は動けない。つまりははるまさんと私はふたりきりで遊べるということだ。……今から楽しみだなぁ…なにして遊ぼう…あ、ちょっと伸びちゃったしお母さんに髪切ってもらわないと……




「ごめん遅れた!」

「まぁ、いいやそれよりちひろ網は持ってきたか?」

「網?」

「今日は虫取りに行くっていったろ?…まあとにかく行こうぜ!」

「ひゃっ!?」


彼に手を掴まれてその場を走り出し、私たちは木々の生い茂る山の中にある小さな神社へとやってきた。この場所で兄とはるまさんはよく虫取りをして遊んでいた。私は離れたところから見るだけだったけれど、今回はちゃんとはるまさんと遊べるのだ。


「あ、そういえば夏休みの宿題どれだけ終わった?」

「ん?あぁ…まあだいたい終わったかな」

「まじで!?良いなあ、俺まだほとんどやってないんだよ」

「じゃあ今度一緒にやろうぜ、はるまの学校のワーク見てみたい」

「おう、いいぞ」


はるまさんとの会話を楽しみながら、虫取りを続ける。と言っても、はるまさんには悪いけど私は虫を探す彼のことを見るのが一番なので、実質虫取りをしてるのははるまさんだけだけど。


「なぁ、実は俺ちひろの妹でいずみっていうだ」


なんて、この場で言ってしまえばどうなるのだろう…はるまさんの後ろ姿を見ながら想像して見るが、あまり良い結果にはならないと思うのでやめておく。


「ん?おいまじか雨降ってきたぞ」

「ほんとだな、いったん神社まで戻ろう」

「おう」


急に降り出した雨は一気に強まり、私はぬかるんだ地面に足を取られて転んでしまった。


「痛っ……」

「大丈夫かちひろ!ほら、おんぶしてやるから掴まれ」

「ごめん…」


しゃがんだはるまさんの背中に体を預けて、全身を密着させる。手を絡めて、足で固定して、首を肩に乗せ、できる限り近く。


「あんまり動くなよちひろ、歩きにくいだろ?」

「ごめん、バランス取れなくて」


もちろん嘘だ。本当はひとりで勝手に楽しんでいる。まだ覚えたての性知識をフル動員し、彼の背中で動く。今までで一番すごい快感に、私は我慢できなかった。結局、神社に着く頃にはふたりともヘトヘトになっていて、雨もほとんど止んでいた。


「疲れた……」

「ごめんはるま、ここまでおぶってもらって…」

「良いんだよ、それより足大丈夫か?」

「うん、全然平気だよ。はるまが大げさすぎたんだよ」

「そっか、なら良かった」


笑顔で答えるはるまさんを私は直視できなかった。なんだか彼のことを汚してしまった気がしたから。でも、今まで我慢してきた分……少しくらい楽しんでも良いじゃないか…うん…少しくらい…良いよね…


「なぁ、はるま」

「どうした?やっぱりどっか怪我したか?」

「ううん、雨に濡れて寒いからちょっとくっついていいか?」

「え?まぁ、いいけど…」

「よし、ありがとな」


今度は許可をもらったので普通に彼に体を寄せる。まぁ、雨に濡れて寒いのは本当だから極端に不自然には思われない…と思う。


「なあちひろ」

「なに?」

「ぼくたち、ずっと友達でいられるかな」

「………うん、ずっと一緒だよ」


一緒にいたいけど、ずっと友達というのは正直嫌だった。私は伊藤泉としての私を彼に打ち明けて、そして受け入れて欲しかったのだ。でも……


まだ小さかった私に彼との夢のような関係を続けていけるだけと力はなかった。ちひろが息を引き取ったのだ。そして、母は壊れた。まぁ、大事にしていた息子が事故に遭い、妹が兄のフリをして過ごしていたのだから普通の精神でいられる方が不思議だったかもしれない。


はるまと会うことのできる最後の日、私たちはいつもの公園に集まった。


「ちひろっ…」


涙を流す彼を抱き寄せて、彼の肩に顎を乗せる。彼は素直に泣いてくれる。私の背中につたう彼の涙が心地よく熱い。きっと彼も私が同じように泣いていると思っている。だからこんなだらしのない顔は見せられない。幸せだ。こんなにも私を思ってくれる人がいることが。それがはるまだということが。両親でも、兄でも学校の担任やクラスメイトでもない。彼が良いのだ。生涯私の横にいてほしい。私のものであってほしい。だから大丈夫。離れ離れになっても必ず会いに来るよ。



だって私はあなたのことが好きだから。

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