3話『カイモノ』
「水着?」
「うん、水着」
先日の昼休み、あきから買い物について来いと言われた僕は現在最寄り駅から電車で30分ほど離れた位置にあるデパートへと来ていた。
「陽満くんも臨海学校までに買っておけば?」
「うーん、水着かぁ…そんなに小さくなってもないし買う必要はないと思うが…」
「…そう、それにしても人多いね」
「そうだな」
休日ということもあってか、デパートの中は多くの人で賑わっている。
「じゃあ、私水着買ってくるから陽満くんはこの辺で待ってて」
「ん?おいひとりで行くのか?」
「なに?陽満くんが選んでくれるの?私はそれでもいいけど…」
「いや、いい!!行ってらっしゃい!」
水着売り場へと駆けて行くあきを見ながら、僕はこれからどう時間を潰そうかと考える。というかそもそも今日僕がついてくる意味はあったのだろうか?
「陽満!」
「ん?あれ?伊藤さん!?」
僕を呼んだ人物は、ニコニコと眩しい笑顔を見せたままヒラヒラと小さく手を振っていた。
「な、なんでここに?」
「私か?私は買い物だよ、陽満は?」
「えっと…僕も買い物だけど…」
嘘はついていない。
「そうか!それなら一緒に回るか?」
「えっ!?いや、でもせっかくの休日の邪魔するのも悪いし…」
「邪魔だなんてとんでもない!私は陽満と一緒に過ごせるならとても幸せなことだと思うぞ」
それなんてプロポーズですか!?……それよりも、気になったことがある。それは今日の伊藤さんの格好についてだ。白いワンピース姿はいつもの活発でスポーティな彼女の印象とはだいぶ違うように思うが、なるほどやはり彼女も女の子なのだと思えるレベルで似合っている。
「ん?どうした陽満、あぁ…私の格好か…ど、どうかなあまり似合ってはないだろう?」
「いや、そんなことはないけど…」
「…!!似合ってるか?」
「う、うん…」
顔が近い。やはりいつもの伊藤さんらしくパーソナルスペースはガバガバなようだ。
「そうかそうか、似合ってるか〜」
とても嬉しそうにしている彼女を見ながら、同時に僕は周囲を警戒する。そう、この状況であきが帰ってきたらどうなるか?想像しただけでも恐ろしい。ふたりは友人同士なので案外僕が心配するようなことは起きないとは思うけれど、リスクは少しでも低い方がいい。
「そうだ陽満、ひとつだけ買いたいものがあるのだがどんなものにするか悩んでいてな?できれば陽満に選ぶのを手伝って欲しいんだが…」
「え?」
どうだろう、ここで伊藤さんの買い物について行くだけの時間が僕にあるだろうか?恐らく、あきが帰ってくるのにはもうしばらくかかるだろうし、伊藤さんの頼みもできることなら聞いてあげたい。伊藤さんには玉波先輩の件でひとつ借りもあるし…
「わかった、あんまり時間がないからなるべく早くな」
「本当か!?よし、じゃあ早速行こう!」
「…………」
「ほら、陽満!どっちがいいだろうか…私的にはこっちの方がいいと思うのだが…」
「…」
「なあ陽満、実際に履いてみるから陽満が選んでくれ!」
「断る!!!」
伊藤さんに連れられてやって来たのは、男性…いや、僕のような男子高校生にとって行く機会0%の聖域、その名もランジェリーショップだった。ん?あれ?なんで僕が伊藤さんの下着を選ぶことになってるんだ?
「えぇー、選んでくれると言ったじゃないか!」
「手伝うとは言ったがなにも下着選びだとは思わないだろ!?」
「なんだ、私の下着を選ぶのは嫌なのか!?」
「いや、嫌とかじゃなくて!というか声が大きいって!!」
見れば周囲の女性客からの厳しめの目が僕たちに、というか僕に向けられている。キツイ…
「さぁ!どっちだ!!?」
伊藤さんの手には黒のレースが印象的な布と、パンツとしての機能を果たしているのか疑わしい布がそれぞれ掴まれている。
「どっちって……」
さて、このふたつのどちらかを伊藤さんが履く…おっと、想像するのはやめておこう。とにかく、選ばなければ伊藤さんは引きそうも無いので目をつぶって適当に手を伸ばす。
「こっちだ!」
僕が手に取ったのは黒の布。まぁ、流石にあの機能性を疑う布を選ぶ勇気は僕には無かった。
「こっちか!よし、じゃあ早速買ってくるよ!」
「う、うん…」
スキップしながらレジに向かう伊藤さんを見ながら僕は胸をなでおろす。
「なにしてるの陽満くん」
「!!!?!!!??!?」
心臓が飛び跳ねるとは、こういうことなのだろうと思いながら声をかけて来たあきの方を向く。
「へぇ、陽満くんこういうのに興味あるんだ」
「ち、違うぞ!?」
「なにが違うの?」
あきはニヤニヤしながら僕に問いかける。こいつ…僕の反応を見て遊んでるな!?
「それで、なんでこんなところにいるの?」
「いや、まぁ…色々あったというかな…」
「いろいろ?」
どうしよう…このままだとあきと伊藤さんが鉢合わせてしまう。ん?……レジに伊藤さんがいないぞ?周囲を見渡す僕のポケットでスマホが揺れる。
「…………」
【選んでくれてありがとう!また学校で】
自由か!?というか僕伊藤さんに連絡先を教えたっけ?
「どうしたの?」
「な、なんでもないぞ!それよりこれからどうする?」
「うーん、人も多いし今日は帰ろうか」
「そ、そうだな。うん、そうしよう…」
もう一度、周辺を見渡すがやはり伊藤さんの姿はどこにもなかった。




