2話『チヒロ』
あの頃の僕は、ひとりが寂しいくせに誰ともつるもうとしない。否、重度の人見知りだった。小学校4年性にして人生の壁にぶつかった僕は放課後や休みの日はもっぱら家から少し離れた位置にある公園に行き、ひとりの時間を満喫していた。決して…決して強がりなどでなく、ひとりが楽しかったのだ。うん。そうだった気がする。
まぁ、ひとりで公園で何をするのかと聞かれればやることなんてない。そう答えるしかないのだが。
ただ、あの日は…あの日からは違った。
「お前、いつもひとりだな」
ブランコに腰掛けた僕に話しかけてきたのはひとりの少年。活発そうな見た目な少年はどうやら以前から僕のことを知っている。というよりはここで暇を潰している僕のことを見ていたようだった。
「俺はちひろ、お前は?」
「…はるま」
「はるまか、よろしく!」
ぐいっと手を伸ばして少年は笑う。
「握手だよ握手!ほら!」
「う、うん…」
やけにフレンドリーな彼に戸惑いながらも、この日僕は小学生になって初めて放課後に誰かと遊んだ。
「へぇ〜、はるまにも妹がいるんだな」
「うん、ちひろにも?」
「いるぞ!」
その日からの毎日は楽しかった。学校が終わってから家に帰るとすぐに公園に集まって、いろんな遊びをした。虫取りにも、川遊びにも流行りのカードゲームも。ひとりではできなかったことを、彼と…ちひろと共にすごく時間は僕にとってかけがえのないものへとなっていった。
「名前が嫌?」
「ちひろってなんだか女っぽいだろ?」
「そうかな〜?」
「そうだよ」
明るい性格で悩みなんてないと思っていたちひろにも意外に可愛い悩みがあった。僕からしてみればちひろという名前はなんだか漫画の主人公みたいでカッコいい名前だと思うのだが、どうやら本人にとっては女の子っぽくて昔から嫌だったらしい。
「だから大人になったら名前を変えてやるんだ!」
「名前を変える?」
「へへっ、知らないのかはるま!大人になったら自分の好きな名前に変えることができるんだぜ!」
「まじで!?」
今思えば、改名するなんてかなり面倒くさいことだと知っているけれどあの時のちひろはかなりまじめに名前を変えることを考えていたのだ。
「陽満!ここにいたのね、帰るわよ」
「あ、やっべお母さんだ!」
「今日は帰るか、じゃあはるま」
「うん!」
「あら、初めて見る子ね学校の子?」
「ううん、別の学校だけど…友達になった!」
「そう、良かったわね」
母の手に引かれながら後ろを振り返ると、遠くでちひろがひとりの少女と手をつないでいるのが見えた。後ろ姿だけで顔は分からなかったけれど、多分あれがちひろの妹だったのだろう。
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「ねえ、今日ははるまさんと何して遊んだの?」
「関係ないだろ?というかなんでいるんだよ」
「いいでしょ別に、それよりほらはやく帰ろ」
「おう…………ん?どうしたいず、立ち止まったままで…」
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「ハル君、今日も外に遊びに行くの?」
「うん」
「お姉ちゃんも付いて行っていい?」
「ダメ!」
「……!!?」
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「うーん…遅いなちひろのやつ」
「ごめん、遅れた」
「まぁいいや、それよりちひろ網はどうした?」
「あみ?」
「えっ!?今日は虫採りにいくって言ったろ?」
「あっ、えっと…ごめん!忘れた!」
「たく…しょうがないな。じゃあ交代で使おうぜ!ほら行くぞ!」
「ひゃっ!?」
ちひろの手をとり、走り出す。僕はすっかり楽しくなっていた。初めてできた友達。唯一の友達と遊ぶことが、彼と共にいることが。




