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ヒミツ  作者: 爪楊枝
ヒメとウソ
24/109

5話「ヒメ❶」


玉波たまなみひめという人物のことを、僕はまだわからないでいる。美術部の部長、クラスの委員長を兼任し教師からの信頼も厚い。その堂々たる振る舞いも見た目と相まって少し刺々しい印象を受ける。しかし実際に話してみると可愛らしい一面もある上に、彼女は結構我儘な普通の女の子だったりする。


でも……僕はまだ見たことがない。


ーーーーーーーーーーーー


「先輩、いますか?」


美術部の部室の前で僕は声をかける。


「開けますよー…?」


返事はないが一応中の様子だけでも確認しようと扉を開けると、以前も見た異様な光景が僕を出迎えた。


「…お邪魔します」


部屋に入り、辺りを見渡す。所狭しと並べられたキャンバスには見事な絵が描かれているがそのどれもが未完成のようだった。


「誰?」

「うわ!?」


絵に見入っていると、部屋の奥から玉波先輩が顔を出した。どうやら奥にもう一部屋あるようでそこに続く扉も確認できた。


「家内……」

「ど、どうも…」

「どうしてここに?」

「いや、えっと…伊藤さんに玉波先輩のことを聞きまして…」

「そう…こっちに来て」


そう言って先輩は僕を奥の部屋へと案内する。そこにあったのは横の部室に比べると一回り小さな部屋、机とソファーが設置されており机の上には手つかずのお弁当箱が確認できた。


「先輩、お昼まだだったんですね」

「ひとりで食べても美味しくないもの」

「な、なにも僕を待たなくて……も…」


そういえば、僕は見たことがなかった。


「先輩、ほかの部員の方は…」

「いないわ、ここにいるのは私だけ」


昨日だって、この場所には玉波先輩しかいなかった。


「ねえ、家内……」


先輩が他の誰か……僕や伊藤さん以外の人と話しているところを見たことがなかった。


「家内は私を見つけてくれる?」


ーーーーーーーーーーーー


小さな頃から絵を描くことが好きだった。私の描く絵を両親はよく褒めてくれた。何不自由ない裕福な家庭と、仲の良い家族。私にとっての全てが、あの家の中にあったのに…


それはある秋の日、いつものように部屋で絵を描いている時だった。窓の外から、誰かの笑い声が聞こえてきた。


気になった私は窓の外を見ようとしたけれど、自分の身長では窓に手すらとどかず、諦めてまた絵の続きを描こうとした。それでも聞こえてくる声。我慢できなくなった私は、物心がついた時から一度も出た覚えのない家を飛び出した。


あの時受けた衝撃は、今でも忘れることはできないわ。今まで両親が用意してくれた写真や風景画でしか外の世界を見たことがなかった私は、自分の目に映った光景に自然と涙が零れた……


どこを見ても、初めて見る色だらけの世界。私は夢中で歩き続けて、ある小さな公園にたどり着いた。


そこで遊ぶ数人の子供たち。部屋で聞いた声だった。絵を描くことしかしてこなかった私にとって、その子たちのしていることはとても新鮮で自分もやってみたいと思った。


「あ…あの…」


勇気を振り絞って声をかけた私に対して、子供たちが向けた反応は決していいものではなかった。


「お、おばけやしきのユウレイだ!」

「ホントにいたんだ!」

「まっしろ!」

「こっちにこないで!」


砂場の砂をかけられた私は、自分が拒絶されていることに気づき泣きながら逃げ出した。私を探していたのか、家の前であたりを見渡す父の姿を目にした私はお父さんと泣き叫びながらその胸へと飛び込んだ。膝をつき私の肩に手を置く父は、顔を伏せながら


「あぁ………良かった……。」


そう震えながら言った。


父を心配させてしまったことを謝ろうとしたその時、急に肩へ乗せられた手に力がこもった。


「なんで!!!!!!!!!!!!」


バッと私へ向けられた父の顔は、それまで見たことがないほど歪み怒りがあらわになったものだった。


「なんで勝手に家の外に出たんだ!!!!」


「ただでさえお前の髪や肌は奇異の目で見られるんだから部屋にこもって絵でも描いて金にしてくれりゃ良いんだよ!!!!くそ、そんなに父さんと母さんを困らせたいのか!?」


私の目の前にいるのは誰だろう……


「おとー…さん…?」

「あっ…」


本当は私のことなんて好きじゃないんだ……


「ひ、ひめ!ご、ごめんなぁ……」


最低に下卑た笑顔を晒しながら、私に謝るソレを見て私は知った。両親は私のことなんて愛していなかった。私の絵を褒めていたのも、お金になるから。


私の姿に、恐怖すらいだいていた。


私の…私のことなんて見ていなかった。




両親の自分に対する《ヒミツ(本当)》を知った私は、中学を卒業するまでは両親の道具であり続けた。家にいる時も、部活でも絵を描き続けた。ただ、あの頃のように褒めて欲しかった。


心がこもっていなくても、私のためじゃなくたって………………


嘘だ……私は自分に嘘をつき続けた。それは自分の容姿に対してもだ。初めのうちは、クラスの誰しもが私を囲んでもてはやすがそれは私の肌や髪が見慣れないものであるためだ。人ととの関わりを最小限にしていた私に、友人としての魅力を感じるはずもなくすぐに独りになる。心のどこかで、友人だってそのうち自然にできると考えていたのは小学校3年生までだった。


誰かが話しかけてくるたびにチラつくのだ。あの日私を怖がった子供たちの顔が……


それでも、今までの人生で友人を作ろうと努力したことだってあった。好きな人だってできたこともある。でも結局、最後の一歩が踏み出せない。







私には、勇気が無かった。









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