2話「チュウショク」
「ハル君、終わったの?」
「うん、ちゃんと届けて来たよ。」
「そう、それなら早く帰りましょ。お姉ちゃん教室で知らない人達に声をかけられて精神をすり減らしてしまったわ。だからハル君と一緒にお風呂にでも入って癒されたいの」
「知らない人達って…クラスメイトだろ?あと風呂は一人で入ってくれ」
玉波先輩にハンカチを届けた後、思緒姉ちゃんと一緒に家に帰る。
「ああそうだ思緒姉ちゃん真実のやつが帰ったら一緒にゲームしようって言ってたんだが、思緒姉ちゃんもやるか?」
「……私は課題をするから、二人で楽しみなさい。」
「そうか」
「……仲直りできたのね」
仲直りとは、恐らく真実が遊園地に行く前から少し機嫌が悪かったことを言っているのだろう。
「はっはっは、俺と真実はそもそも最初から仲良しだから仲直りすることなんかなかったぜ」
「そう、それならいいわ」
暗くなり始めた通学路を、2人並んで歩く僕と姉。そういえば、思緒姉ちゃんとこうしてゆったりとした時間を過ごすなんてのは本当に久しぶりな気がする。
「ハル君」
「……ん?」
「臨海学校、楽しみね。」
「そうだな。まあ、臨海かどうかはアンケート次第だけど」
こうして、週明けから一気に色んなことがあった月曜日はゆっくりと過ぎていった。
ーーーーーーーーーーーー
クーラーが効いた涼しい教室。時間は午後12時35分…いつもなら既に部室へと直行している時間に僕はまだ教室の自分の席に座っていた。ただ、今僕はとんでもない量の冷や汗をかいてる。事の発端は朝、莉音と共に教室まで来た後まだ慣れないあきとの挨拶を終えた後に起きた。ブルブルとポケットの中で振動するスマホを取り出し、メッセージを確認する。
画面には立花の文字。
横をチラリと見るが、立花は友人達と話しているためこちらから表情の確認はできない。
…内容見たくない…
恐る恐るパスワードを入力してメッセージ画面を開くと
【今日の昼休み、一緒にご飯食べよう!】
それだけ書かれていた。
???どいうことだ?部室で一緒に飯を食おうってことか?
ーーーーーーーーーーーーーー
4限目が終わり、昼休憩が始まるやいなや隣の席からあきが話しかけてきた。
「よし!じゃあ家内くん、一緒にご飯食べよっ!」
その瞬間、教室の空気が凍りつくと共に僕の心臓が握られたような圧迫感に襲われた。間抜けな顔であきの方へと目をやると、椅子に座ったあきの後ろにはいかにも不真面目そうなギャルっぽい女子生徒と、ニコニコと笑うベリーショートな髪型をした女子生徒が立っている。
「げっ、あきっち本気!?」
「なんだ?今日は家内君も一緒か?私は別に構わないぞ」
「いずっち何言ってんの!?男子でもよりによってこいつって…」
「まあまあ、杏ちゃん。落ち着いて落ち着いて!こう見えて家内くん面白いところあるんだから!」
まさか、一緒に食べるのか?この2人も?一体…なにを考えているんだ立花さん?
「ね!家内くん!」
「え!?」
あきがこちらを向いて、目を細める。
「いいよね?」
……どうやら、僕に拒否権は無いらしい。
昼休みになると、多くの生徒で賑わう中庭。僕とあきとその友人2人は中庭にいくつか設置されたベンチへと腰掛けて仲良く昼食をとる。木陰でちょうど隠れる位置にあるため、比較的この季節でも過ごしやすい。いやあ、偶にはこうしてのんびり外で弁当を食べるというのもいいものだな。うん、良いものだ。
「ちょっと、家内くん!そんなに離れてないでもうちょっとこっちにおいでよ!」
ランチを堪能していた僕に少し離れたところにあるベンチから悪魔の声がかけられる。
「いや、あきっち別に呼ばなくていいって。」
「家内君は恥ずかしがり屋だな!」
元気そうな方はともかく、ギャルっぽい方は完全に僕のことを嫌がっているな。まあ、普段関わりがないどころかクラスでも影の薄い男子が急に自分たちの輪に入ってきたとなるとその反応も仕方がないだろう。見ると、あきの横にひとり座れるくらいのスペースがあり恐らくそこに座れということなのだろうが…
ハードル高ぇ…
女子3人の中に入っていくというのは僕には難しすぎる。しかし、あきの機嫌を損ねると後から怖いので横に座るしかない。渋々あきの横に座った僕を見て明らかに嫌な顔をするギャル子、おい嫌なのは僕も同じだぞ。
「そうだまだ名前を教えていなかったな、私の名前は伊藤泉だ。よろしく!」
「ほら、杏ちゃんも自己紹介しなって!」
「あきっちまで…チッ…小倉杏子よ…」
今この人舌打ちしました。僕は聞き逃さなかったぞ!
「はい、次は家内君の番ねっ」
やっぱり僕もするのか…
「家内…陽満…です。」
「フン…」
「ハルマ……うん、いい名前だな!よろしく!」
そっぽを向く小倉さんと比べて伊藤さんはフランク過ぎないか?握手を求めてくる伊藤さんと軽く握手をしてからあきの方へと向くと、あきは別の方向へ向いていた。気になってその方向へ目をやると、既に潰れかけていた僕の心臓が完全にへしゃげたような衝撃を受ける。そこに立っていたのは、こちらをすごい目つきで見る莉音だった。
「り…の、野美乃さん?」
小倉さんと伊藤さんの目の前で、名前呼びするのは少し恥ずかしく思ってしまいつい苗字で呼んでしまったことが莉音の逆鱗に触れたのか、莉音は目を見開いて驚いた表情をするやいなや僕の方へゆっくり歩き始めた。あ、これまさか怒らせてしまったか?やばい…莉音は結構ぶっ飛んだことを平気で実行するからな…しかしこの時僕が注意を払うべきはゆらゆらとこちらに近づく莉音でも、それを見てニヤニヤと笑うあきでもなかった。
莉音があと2メール前後というところまで近づいた時、その横をサッと通ってひとりの生徒が僕の前に立つ。莉音もあきも、ついでに小倉さんも驚いた表情を見せている。伊藤さんは誰だ?ぐらいにしか思ってなさそうだ。しかし、この中で一番驚いていたのはやはり僕だろう。なぜならこの人と面識を持つのは恐らく僕だけだからだ。
空いた口が塞がらないとは、正にこのことだ。
あんぐりと口を開いてその人物を凝視するしかできない僕に、目の前の女子生徒は話しかける
「貴方結構モテるのね、意外だわ」
見た目の割に落ち着いた、大人びた声の持ち主は、そんな失礼な言葉を僕に浴びせる。
「な…なんでここに…?」
僕が震える声を振り絞って尋ねると、真っ白なお姫様は嘲笑うように言った。
「昨日、名前聞きそびれたから、ついでに一緒に昼食でもどうかと思って」
見ると、彼女の右手にはお弁当箱が入っていると思われるピンクの手提げ袋が握られている。しかし明らかに周りに聞こえる声と聞き取りやすいように区切った言い方で理由を答える彼女に、僕は恐怖を抱くしかなかった。
「ははは…それは…嬉しいなあ!た、玉波先輩…」
まだ……まだ昼休みは終わらないのか?だれか……誰かこの地獄をどうにかしてくれ!
「ほら家内、このハンバーグも食べてみなさい!」
僕の目の前で、自らのお弁当からハンバーグを箸で摘み上げそのまま僕の口元まで運ぶ玉波先輩。そしてその周りに座って静かに食事を続ける面々。
「どうしたの?きっとこれも美味しいんだから、ほら!口を開けなさいって」
「いや、玉波先輩…嬉しいんですが僕も自分の弁当があるんで…」
「そ、そうだったわね。じゃ、じゃあ!その玉子焼きとこのハンバーグを交換ってことでどうかしら!?中身の交換は一緒にお弁当を食べる時のマナーだと聞いた覚えがあるわ!」
…いったいどこでそんな事を聞いて来たんだ… それにしても部室の前であった時とは全くの別人というか、声も若干高くなっている気がするし…先輩楽しそうだな…
「いいでしょ!いいわよね?はい、これで交換ね!」
「あ!いつのまに僕の玉子焼きを!」
気づいた時には僕の弁当箱から玉子焼きが消えて、代わりにハンバーグが置かれていた。ん?うわっ…ふと気づくと玉波先輩の後方でものすごい形相でこちらを見る莉音。多分自分が作った玉子焼きを先輩に取られたことを怒っているのだろう。一方あきはというと、少しふくれっ面で自分の弁当をつついていた。
いやいや、この状況は半分以上君が作ったと言っても過言ではないんだぞ!ふくれっ面になりたいのはこっちだ全く!
「良いな、ハンバーグ!私にもくれないか!」
伊藤さんは3年生にも物怖じせずグイグイ行くのか…すげーな…
「嫌よ、そもそも貴女誰よ。」
「私は伊藤 泉だ!」
ハンバーグの要求を拒否する玉波先輩に自己紹介する伊藤さん。…ほんとなんなんだこの状況…異様に長く感じる休み時間、早く終わってくれと心から願う僕に追い打ちをかけるようにイベントは発生していく。よく見ると、後者の窓や中庭の周辺でチラホラとギャラリーが集まっているではないか。そして、その視線の先にはもちろん僕の前ではしゃぐこの白い少女がいるわけだ。
そうだよな…こんな綺麗な白髪と真っ白な肌で目立たないわけないよな…
こんな…こんな女子に囲まれたところをもしクラスの連中に見られれば、僕は恥ずかしくてもう死んでしまうかもしれない。周りを見渡し、こちらを見ている見物人達の顔をできる限り見渡す。どうやらクラスメイトの姿はないよう………!?
校舎2階から、こちらを見下ろす人物の中に思緒姉ちゃんの姿を見つけた。
……………なん……だと……
「良いじゃないか!まだハンバーグあるじゃないか!」
「良くないわよ!貴女に渡すためのものではないわ!」
「うるせー…」
「ま、まあまあ杏ちゃん…」
【玉子焼き……】
目の前で繰り広げられるカオスな光景に、僕のキャパはとっくにオーバーしていた。とにかく、こうして地獄の昼休みは過ぎていったのだった。




