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ヒミツ  作者: 爪楊枝
ヒメとウソ
20/109

1話「シロのオヒメサマ」


「やっぱり、あの人は陽満はるまくんのお姉さんなんだ」

「うん…」


昼休み、新体操部の部室であきといつも通りに集まり命令通りパンツの交換をする。今あきは後ろを向いており、僕は下半身を露出させている状態だ。


…なんだこの状況…


あきから返してもらったパンツを再び履くが、二人の体温に若干の違いがあるせいかなんだか生温く感じてしまう。……というか、今あきは後ろを向いているけれどその手にはさっきまで僕が履いていたパンツが握られている。それだけでも異常と言えるが、なにより気になるのは今あきのスカートの中身はなにも身につけていないということだろう。


「陽満くん、今エッチなこと考えてたでしょ。」

「え!?いや、そんなことは断じて考えてないぞ!?」


どうやらあきには全て見透かされているようだ。


「ふーん、そういえば陽満くんは海か山どっちにするか決めた?」

「ん?ああ、それなら臨海学校だな。夏休み海に行く予定なんてないしどうせならついでに泳いで損はないだろ」

「なるほどね」

「なんだ?あきはどっちか決めたのか?」

「ん?それは後からのお楽しみだよ!」

「なんだそれ」


やっていることは褒められたことではないけれど、こうして僕とあきの日課とも言える行為は今日も終わりを告げた。




そして放課後僕は校舎の2階、3年生の教室が並ぶ階へ向かうために階段を降りていた。莉音りおんはなにやら用事があると言って先に帰ってしまったので今のうちに思緒しお姉ちゃんに事情を聞いておくことにしたのだ。


「たしか2組だったよな?」


階段を降りたところを右に曲がると1組から3組までの教室が順番に並んでいるから、真ん中の教室にいるはずだが…考え事をしながら歩いていたためか階段を降りて、角を右に曲がろうとした時に一人の生徒とぶつかった。


「きゃっ!」

「うお!?」


ふたりとも尻餅をつく形でこけたが幸いにもお互い怪我はなさそうだ。…多分三年生だよな?


「すみません。ついよそ見をしてて…」

「気にしてないわ、大丈夫だから…っ!?」


そう言って女子生徒は立ち上がってそのまま歩き始める。が、足元があまり見えていなかったのか尻餅をついていた僕の足につまずいてまたこけてしまう。


「危ない!」


咄嗟に手を伸ばして彼女を受け止める。だきかかえる形になってしまったがこの場合仕方がないだろう。互いの顔がほぼ接する寸前まで近づく。これだけ近づいて始めて気がついたが、彼女の肌は驚くほど白い。長い髪は綺麗な白髪で、まるで羽毛のようにふわふわしていた。なにより、その特徴的なあかい右目とそれに比べて少し色素の薄い左目に僕は見惚れてしまった。


「ご、ごめんなさい!もう大丈夫だから!」

「あ、すみません!つい…」


立ち上がった女子生徒はそのままゆっくり上の階へと進んでいった。


「ものすごく、綺麗な人だったな…」


漆黒の瞳と長がく艶やかな黒髪を持つ思緒姉ちゃんと並べればよくわかると思えるほど、彼女の姿は姉とは真逆の美しさを持っていた。…ん?思緒姉ちゃん?


「いけね!早く姉ちゃんのとこへ行かないとな……ん?」


急いで立ち上がろうとした時に、床に一枚のハンカチが落ちていることに気がついた。ハンカチを拾い上げて調べてみると、すみに小さく名前が刺繍ししゅうされていた。


玉波たまなみひめ?」


先ほどの女子生徒の落し物だろうか?


「うーん、今度返しに行くか」


思緒姉ちゃんをこれ以上待たせるわけにもいかず、僕はハンカチをポケットに突っ込んでそのまま3年2組の教室を目指した。




冷房の効いた授業中とは違い、蒸し暑さが際立つ放課後。他に誰もいなくなった教室で思緒しお姉ちゃんは僕のことを待っていた。照明も消え、昼間より薄暗くなった教室。その中であってもなお存在感を発揮する黒い髪を揺らして思緒姉ちゃんはこちらに声をかけてきた。


「あら、遅かったわね。ハル君。」

「悪かったよ。色々あってな」


ガシガシと頭を掻きながら、3年2組の教室へと足を踏み入れる。


「…思緒姉ちゃん、席一番前なんだな。」

「えぇ、後ろの席が空いていたんだけれど、ここに座っていた生徒がこの席が一番黒板を見やすいから是非使ってくれと言ってくれてね。」

「なんだそれ?」


なんだそれ、と言いながらも僕は何となく生徒の思惑を理解する。恐らく席を譲った生徒というのは男子で、姉に席を譲った理由は後ろの席から姉のことを眺めていたいとかそんな理由だろう。そもそも、一番前の席なら黒板がよく見えるなんていうのは嘘っぱちである。常に教師が邪魔であることは当然として、なにより苦痛なのは後方の席に座る人と比べて首への負担が大きすぎることだろう。まあそんなことはどうでもよく、今僕は思緒姉ちゃんに聞かなければならないことがあるんだった。


「ま、まあとにかく…思緒姉ちゃん。急に復学した理由って聞いても良いのか?」

「……なんだ…そんなこと?」


そんなことて…確かに、姉が復学するなんて喜ばしいこと以外のなんでもないが…流石に急すぎてこちらとしては体調のこととか色々気になることがある。


「そんなことってのはないだろ?今まで長いこと休んでたんだ。心配なんだよ家族として」

「心配…そう。心配してくれていたのね。お姉ちゃん嬉しいわ」


なんだろう。なんだか少し話が噛み合っていない気がしないでもない。


「これ」


そう言って、思緒姉ちゃんは一枚の紙を僕に見せる。


「臨海、林間学校のアンケート?」

「そう」


姉の復学とアンケートになんの関係が?


「これに、私もハル君と行きたくて」

「……は?」


聞き間違いだろうか?

もし僕の聞き間違いではないのだとしたら、今この姉は僕と一緒に学校行事に参加したいから復学した……そう聞き取れる発言をした。


「そ、そんなことで?」

「そんなことではないわ、これは重要なことよ」

「で、でもほら!体調が悪いから休学してたわけで…これに参加したいからって…」

「体調のことなら心配いらないわ。それに、この行事に参加した後また休学するつもりだもの」

「へ?」


いったいこの人は何を言っているのだろう。


「そんなこと…普通無理だろ?」

「普通わね…でもお姉ちゃんにはそれができるのよ。お姉ちゃんにできないことなんてないのだから」

「えぇ……」


なんだか、さらにわけのわからないことになったと頭をかかえていると思緒姉ちゃんがこちらに指を刺していることに気づく。厳密には、僕の下半身に向けて


「どうしたんだ?」

「それ、なに?」

「ん?あぁこれか。」


僕はズボンのポケットから、先ほどの拾ったハンカチを取り出す。


「さっき廊下で拾って…」

「落し物?名前は書かれていないの?」

「書かれてるよ。確か、えっと玉波たまなみひめさん?って人のだと思う。」

「玉波…あぁ、3組の玉波さんね。」

「思緒姉ちゃん知ってるのか?」

「知ってるもなにも、この学校では有名人よ。美術部の部長で隣のクラスの委員長も兼任しているそうよ。ハル君は2年間この学校にいるのに知らなかったの?」

「いや、流石に美術部の部長とか知らねーよ」

「今朝の朝礼でも、表彰を受けていたじゃない。」

「表彰?そんなのあったの?」

「…ハル君はもっと周りのことを気にした方が良いわね…」


あれ?思緒姉ちゃんに若干哀れみの目で見られている気がするが、気のせいだよな?


「そうね、ハル君でもわかるような特徴を上げるとすれば彼女は先天性白皮症…所謂いわゆるアルビノだということかしら」


アルビノ…僕はその名前を聞いたことのある程度だから詳しいことは分からないが、動物なんかでも時々アルビノ個体が見つかったなんてニュースを時々見たりする。


「確か、生まれつき皮膚や毛が白いんだったか?」

「本当にざっくり言うとそうなるわね」


ということは、やはりさっきぶつかった女子生徒が玉波さんということであっているようだ。今思えば、彼女の白い髪や肌はアルビノだからということか。


「それじゃ、そのハンカチは私が明日返しておくわ」


思緒姉ちゃんが手のひらを上にしてこちらに向ける。


「え?いいよ自分で届けるよ」

「ハル君がそんなことわざわざする必要はないわ。それとも、直接ハル君が渡さなければならない理由でもあるのかしら?」


確かに、僕が直接渡さないといけない理由なんてない。


「え、えーっとほら!さっき色々あったって言ったろ?実は玉波さん?と廊下の角でぶつかってさ!その時にハンカチを落としちゃったと思うんだよ!だから一言謝ってもおきたいというか…その…」


苦しい言い訳をする僕をじっと見つめる思緒姉ちゃんの真っ黒な目。その目を見ていると、なんだか全てを見透かされたような気分になる。


「そう…なら良いわ。玉波さんならまだ部室にいるだろうし、今のうちに返してきなさい。お姉ちゃんは校門で待っているから」

「そ、そうだな。わかった!行ってくるよ!」


どうやら、一応信じてくれたようだ。思緒姉ちゃんから逃げるように教室を出た僕は急いで3階へと続く階段を駆け上がる。文化系の部の部室は科学部が使用する理科室など、使用する教室が1階にある場合がほとんどで音楽教室や美術室も1階にあるのだが、吹奏楽部や美術部など全国区の大会や展覧会で多くの賞を受賞している部は専用の部屋が3階に用意されていた。


「なんかあれだけ言い訳しといてなんだが、知らない人がいっぱいいるところにひとりで行くの嫌だなあ…」


玉波さんの他にも、部員はいるだろう。そこに僕が急に入っていけば、浮きまくることほぼ確定である。まあでも、またあの綺麗な人に会えるならそれも良しか。校舎の廊下や渡り廊下など、いたるところで聞こえ始めた吹奏楽部の練習の音を背にして、僕は美術部の部室へと急いだ。





校舎3階、文化系の部活の部室や空き教室が並ぶ廊下の一番奥に僕の目指した美術部の部室はあった。ひとつ気になることがあるとすれば吹奏楽等他の部室のドアや壁には部員勧誘のポスターやその特色にあった設備が見られるが、美術部に関してはそれらが見られないことだろうか。なにかを貼っていた痕跡すら無い、そこだけ増築されたのかと錯覚してしまうほど綺麗な壁とドアが廊下の突き当たりに存在している。そして今まさに、僕はそのドアの前でもじもじしていた。やはりいざ入るとなると躊躇いが出るというか、いきなり知らない生徒が入ってくると他の部員たちからの視線なんかも向けられるだろうし。


「でも今渡さないと、思緒しお姉ちゃんにまた言われるし…」


右手に持ったハンカチを見て、恥ずかしくても行くしかないと自分に言い聞かせる。


「よし、行くか。」


意を決して、部室のドアに手をかけてゆっくり開ける。


「し、失礼しま〜す…」


恐る恐る中を覗くと、そこには僕の予想とは全く異なる世界が広がっていた。中学の時に、ひとり美術部の友人がいたので美術部が部室として使用する美術室へは何度か行ったことがあるし授業でも使用していた。デッサン用の石膏像や作業台、筆や画材なんかが棚の上や教室の隅に多く置かれていた覚えがある。しかし、今僕が見た部屋の中にはそういった石膏像や作業台なんかは無く、あるのは部屋の中央の空間に設置されたひとつの椅子と、画材を置くための小さな机を囲むようにイーゼルや壁際に配置された大量の絵画だった。大小に関わらず大量に置かれたキャンバスとそれに囲まれた椅子と机、その異様な光景に僕は言葉を失っていた。


「君、美術部へ何か用?」

「うぁ!?」


急に後ろから声をかけられてビックリしてしまった。


「うぁ!?って、随分と失礼な挨拶ね。」

「あ!す、すみません…」


声の主はやはり僕が探していた玉波たまなみ姫(姫)のものだった。ふわふわとした白髪と驚くほど白い肌、少し吊り上がり気味な目と左右で濃さの違う赤の瞳まるで人形のようなその姿を前にすると、不思議と見蕩れてしまう。


「それで?ここへはなにしに?」


その可愛らしい見た目とは裏腹に、落ち着き払った少し低めの声が響く。


「あっ、さっき階段のあたりでぶつかった時に落としませんでしたか?」


ハンカチを見せると玉波先輩はハッとした表情になりポケットに手を入れて探り始めた。ハンカチが無いことを確認したのかガクリと顔を伏せ、すぐに鋭い目つきでこちらに向き直る。あれ?なんだか怒ってないか?なにか気を悪くするようなことをしてしまったのだろうか…ズンズンと僕の近くまで歩いてきた先輩はサッとハンカチを取ってから、僕の顔を真っ直ぐに見て…というよりにらみ、上げた広角をプルプルと震わせながらこれ以上に笑顔を作るのが下手な人間を見たことがないほど不器用な笑顔で


「ありがとう。」


と、一言だけ言って僕の左横を通り過「痛っ!」


先輩が僕の左半身にぶつかった。


「ご、ごめんなさい。それじゃ…」


すぐに体勢を直して、部室に入って行「痛っ!」


今度は部室のドアにぶつかった。……なんだこの人、可愛いな?僕がずっと見ていることに気がついたのか、先輩は顔を真っ赤にしながら必死の弁解を図る。


「こ、これは君とこのドアが悪いのよ!私は悪くないわ!」


なんて可愛い言い訳だろう。自分のドジを認めないあたりに、先輩のプライドかなにかを感じる。さらに、最初は落ち着いた雰囲気を醸し出していたあの状態からのギャップもまた素晴らしい。その様子は、我儘わがままなお姫様のようだった。2回連続で何かにぶつかったことが恥ずかしいのか、顔を赤く染めながらまた不器用な笑顔を見せる真っ白なお姫様に僕が出来ることは一つしかなかった。


僕は今自分ができる最大限に爽やかな笑顔を作り、ただ一言発した。




「はい、そうですね!」






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