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ヒミツ  作者: 爪楊枝
ヤクソク
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8話「ヤクソク」


翌朝、両親が帰宅してから一連の出来事を説明して子犬を飼い主の家へ届けに行った。真実まなみは泣きそうになりながらも、子犬との再会を喜ぶ妹さんの姿を見て笑顔を見せた。それでもやはり子犬との別れは真実にとって耐え難かったようで家に帰るやいなやまた布団の中へとこもってしまった。


「真実、ウジウジしてても仕方がないぞ。あのコだって、家族に会えて喜んでいるさ」

「べ、別に寂しいとかじゃないし…」

「嘘つけ…朝起きたら思いっきりあんことじゃれついてたじゃないか」


あんことは、思緒しお姉ちゃんが教えてくれたあの子犬の名前である。動物を触ることにすら怖がっていた真実は僕が朝起きるとすでに、あんこに揉みくちゃにされていたのだ。


「あ、あれはべつに…ただお別れの前にたくさん遊んでおこうかなと思っただけで…」


思いっきり寂しがっているな…


「……兄貴」


ふと、真実が呟く。


「ん?」

「兄貴は…兄貴はあの時した《約束》を覚えてる?」

「ん?ああ、大きくなったら結婚しようってやつか。もちろん覚えてるぞっ!?」

「ち、違うわ!」


布団から勢い飛び出す真実とその拳。あぁ…これはデジャビュってやつだな…


ーーーーーーーーーーーー


床に転がった兄貴を見下ろして私は悪態をついた。


「なんでそんな恥ずかしいことはちゃんと覚えてるのよ…このシスコン!」

「全く、色々ありすぎて結局彼女がいるのかも聞けてないし…」


ほんとになにやってるんだろう……………とりあえず、このまま転がしておくのもなんだし兄貴の部屋に移動させよ。


ーーーーーーーーーーーー


目がさめると、そこは自分の部屋だった。


「あれ?確か真実の部屋にいたはずだよな?」


やけにジンジンする顔をさすりながら時計を見ると、時刻は13時40分。1時間近くは寝てたのか?


陽満はるま〜、昼ごはんできたから降りてきなー!」


久しぶりに家中いえじゅう響き渡る母の声。

なんだかやけに懐かしく感じるな…


「さてと、それじゃあ降りるか。」


立ち上がるついでに、ベッドの上に置かれたスマホを確認すると莉音りおんからメッセージが届いていた。


【明日、遊びに行きませんか?】




……明日は何曜日だ?日曜か?日曜日に男女ふたりで遊びに行くってのはもしかすると…否、もしかしなくてもデートなのでは?


「うおぉぉおおお!!?」


雄叫びを上げると共に僕は莉音に【分かった!これから昼ごはんだから、食べ終わってからまた連絡する。】と送ってから下の階へと降りる。下の階に降りると、机に大きなボールとざるの中に入った素麺と小皿に盛られたトッピングを並べる母から怪訝な目で見られた。


「あんたなに騒いでるのよ。」

「はっはっは、なんでもないよ〜」

「なんなの?ついに頭でも壊れたの?」


自分の子供に向かってなんて酷いことを言うんだ…


「ハル君はおかしくなんてないわ。少し感情の起伏が激しいだけ、私は良いことだと思うわ…」

「いや、十分頭おかしいわよこの変態兄貴は」


先に座っていた思緒姉ちゃんと真実が口々に意見を言う。思緒姉ちゃん…それフォローになってないぞ…準備をしていた母さんが父さんの横に座り思緒姉ちゃんと真実がその向かい側、僕がいわゆるお誕生日席の位置に座って素麺を食べ始める。しばらく母さんと父さんの土産話を聴きながら過ごしていると、突然母さんが驚きの発言をする。


「あっ、陽満!明日はみんなで遊園地に行くから予定空けておいてね。」

「は、はあ?遊園地なんてそんな子供じゃあるまいし…」

「そう、真実が久しぶりに家族で行きたいって言ったのに…酷いお兄ちゃんね。」

「ちょっ、ママ!?それは言わない約束じゃ…」

「真実が?じゃあ行くしかないな…」


その時、ズボンのポケットの中でスマホが鳴る。


「って違う違う。明日はもうりお…野美乃のみのさんと予定が入ってて…」

「あら!それなら野美乃ちゃんも一緒に来ればいいわ!」

「え!ママ!?嘘でしょ?」


母さんの冗談を聴き流しながらスマホを取り出し画面を見ると


【ありがとうございます!実はもう行きたい場所を決めていて…遊園地なんてどうですか?】


な…なんだと…


僕が唖然としていると母さんが「野美乃ちゃんね!ちょっと貸しなさい!」と言って僕のスマホを奪い取る。


「ちょっ!何やって…」


莉音のメッセージを見た母は、画面を何度かタップしてからぐふふと笑い僕に向かって言い放つ。


「決まりね。明日は野美乃ちゃんも一緒に遊園地に行くわ!」


スマホ画面には僕の母と名乗るものと莉音とのメッセージが表示され、遊園地に家族も一緒に行くことと、莉音からの了承の意を伝える内容が書かれていた。


な、なんで莉音はOKしたんだ??


「そ、そんなぁー…」


真実が、うなだれるように机に突っ伏す。この家で最も発言権が大きいのがこの母とはいえ…これは流石に…というか、女友達との遊びに家族がついて来るってどんな状況だよ…


うなだれたいのは僕の方だぞ真実……




家から車で高速道路も用いて約2時間。海沿いにあり、プールも併設された遊園地に本日僕ら家内いえうち家は遊びに来ていた。


【ほ、本当に私もついてきてよろしかったのですか?】

「あっはっは!いいに決まってんじゃない!陽満はるまの彼女なんだから私の娘も同然よ!」


相変わらずメチャクチャな理由ではあるが、母さんが莉音りおんとのスケッチブックを通した会話にもう慣れているのは流石としか言いようがない。朝から莉音は母に捕まっていろんなことを根掘り葉掘り質問されていて、若干可哀想ではあったが彼女自身はそのことを楽しんでいるようにも見えたのでそのままにしている。


「それにしても人が多いわね」

「そりゃ日曜日だからな。これじゃあ人気どころの観覧車やジェットコースターなんかには乗れないかもな」


思緒しお姉ちゃんと並んで喋っていると、真実まなみが間に割って入って小声で話しかけてきた。


「ちょっと兄貴!なんで本当にあの人来てるのよ!」

「しょうがないだろ?母さんが決めたことに文句言ったらぶん殴られちまうよ」

「だからって………ふ、ふん!もう知らない!」


そう言って真実はズンズンと早足で進んで行く。今朝から真実の機嫌はだいぶ悪いようで、車の中でもあまり元気がなかったように見えた。


「真実!人が多いから迷子にならないようにな!なんなら手繋ぐか?」


真実は以前、この遊園地で一度迷子になっている。流石にもう迷子になるなんてことはないだろうが、保険というのはかけるに越したことはない。


「っ!い、いらないわよそんなの!私もう中学3年生よ!?バカ兄貴!」


さらに足を早めた真実はそのまま人混みをかき分けるように進み続ける。


「ちょっ!なんで自分から人混みに突っ込んで行くんだ!?」


急いで真実を追いかけようとしたが人が多すぎて思うように進めない。やっとの思いで人垣を抜けて辺りを見渡すが、真実の姿はどこにも見当たらなかった。


「ま、まじか…言ったそばから迷子になりやがったぞ…」


ドジっ娘だとしても属性が強すぎやしないだろうか…というか、この状況。


「僕も迷子か…」


後ろを振り返っても、家族と莉音の姿はない。高校2年生にもなって迷子になるなんて、一体誰が想像できただろう。救いといえば、小さな子供とは違い連絡手段があるためどこかで待ち合わせればそれで済むことか。しかし、問題は真実か…車の中でスマホの充電が切れたとか言ってたからな…う、うーん……とりあえず思緒姉ちゃんと莉音、あと母さんにメッセージを送って真実をこのまま探すか。


ーーーーーーーーーーーー


「……………どうしよう。」


これってやっぱり迷子だよね…はぁ、一体なにやってんだろ私。自分勝手な理由で兄貴に怒って、注意されたのにすぐ迷子になって…一つだけ空いていたベンチに座って空を見上げる。


「…やっぱり、こんなんじゃ嫌われちゃうな…」


毎回そうだ。理不尽な理由で兄貴にキレて酷い言葉をかけてしまう。なんでこんなことに…いつから兄貴に対してこんな態度しか取れなくなったんだろ。本当はこんな態度とりたくないのに…


「本当は…?」


本当って何だろう。私の本当の気持ち?私は兄貴のことをどう思って…………………自分の中のモヤモヤした気持ちについて考えていると以前、佳子かこに言われた言葉を思い出した。


「恋路…」


一言呟いてから1分ほど口を開けぼーっと空を見つめていたけど、自分で出した答えをようやく理解したのか急に顔が熱くなる。ベンチから立ち上がって、とにかく歩く。


…………恋って!!!…流石に無いでしょ。きょ、兄妹だし…そ、それに!あのバカで変態な兄貴のことを好きになるなんてそんな…小さく、それでいていつもより早く鼓動を打つ胸の高鳴りを抑えながら進んでいると、ほかの乗り物より明らかに人が並んでいるところにたどり着いた。


「……観覧車…」


何度かこの遊園地には遊びに来たことがあったけど…一度だけ今みたいに迷子になったことがあった。ユメが死んでからしばらく経って小学生になってたけど、当時の私はまだひとりで学校に行けないほど臆病で…泣き虫で…その時は高いところにいれば誰かが見つけてくれると思って乗ろうとしたけど、いざ自分の乗る番になると結局ひとりで乗る勇気が出ずに泣いてたところに兄貴が来たんだっけ…でも、その時してくれた《約束》のことを兄貴は覚えてなさそうだったし…まだ……今ならまだ間に合う…ひとりで観覧車に乗って冷静になろう。


観覧車が一周する15分の間にさっき思ったことも全部、この気持ちを忘れればなにも問題はなにも残らないはず……


「なんだ、やっぱりここにいたのか。」


観覧車に乗るために長い列へ足を向けた時、今一番聞きたかったと同時にある意味一番聞きたくなかった声がした。


「兄貴…なんでここに…」


息を切らして、膝に手をついた兄は、苦しそうな表情で私に言う。


「お前、前迷子になった時も観覧車に乗ろうとしてからもしかしてと思ってな。」


その言葉を聞いて、先ほどまでの決意が揺らぐ。ダメだ…息が苦しくなる。このままじゃ…私は変わらなくなってしまう。


「なあ、真実。」


これ以上優しくされると…


「観覧車、一緒に乗ろう。」


せっかく今まで自分に嘘ついてまで誤魔化していた気持ちが…抑えられなくなる…


ーーーーーーーーーーーー


真実と観覧車に乗って、3分ほどが経過した。中の空気は驚くほど重い。長い列。自分たちの順番がくるまで延々と待っていたが、結局その間真実との間に会話は無かった。観覧車に乗ってからも真実は僕の向かい側に座って俯いている。迷子になったことに対して、かなり落ち込んでいるようだ。ここは兄として、なにより男として妹の元気を取り戻さなければ


「な、長かったな?待ち時間」

「うん…」


会話は終わった。


あっれ?これじゃあまるで僕のエロ本が見つかった時に逆戻りじゃないか…しかし、ここで諦めるわけにもいかない。


「そ、そういえば!最近学校はどうだ?友達との関係は順調か?」


なんだこの質問、思春期の娘を持つ父親か?


「別に…普通…」

「そ、そうか…普通か…」


15分って…こんなにも長いものだっただろうか

未だ僕らの乗ったゴンドラは頂上まで程遠い位置にある。


「…景色、綺麗だな」

「うん…」


とうとうなにを話せば分からなくなって、まだそれほど良くも無い景色を話題に出してしまった。もちろん、真実の反応もかんばしく無い。しばらく沈黙が続き、もうじき頂上にとどくといったところであることを思い出す。


「あぁ、そういえば母さんや莉音達に真実を見つけたって報告しとか」

「ねぇ、お兄ちゃん…………」


真実が急に「うん」以外の言葉を喋ったことと、なん年ぶりかに呼ばれた「お兄ちゃん」という言葉に驚いて、スマホを操作する手が止まる。真実を見ると、顔を真っ赤に染めてバツの悪そうな顔でこちらを見ている。


「な、なんだ…?」

「お兄ちゃんとね…その…り、莉音さんは…」

「俺と莉音が?」

「つ、つつ…」


「つ?」


なにかを言いかけた真実は再び俯く。


「真実…なにか言いたいことがあるなら言ってくれないとわからないぞ…」


ふぅーっと息を吐いて再度こちらを向いた真実の顔はさっきとは違い、真剣な表情だった。


「お兄ちゃんと莉音さんは付き合ってるの?」

「……………………は?」


なんだか、思ったよりも真剣な質問では無かったようだ。なるほど…真実はそれが気になっていたのか。まあ年頃だからな、色恋に関心を持つのも驚くようなことじゃない。


「いや、まだ付き合ってないよ。」

「……まだ?」

「告白はされたんだけどな?返事はこれからお互いのことを知ってからでいいって言われたんだ」

「そ、そうなんだ………なんだ…」


やはり、まだ恋人なんて進んだ関係ではないことを残念がっているのか?けどさすがに嘘つくわけにもいかないし…


「お兄ちゃん……」

「今度はなんだ?」

「私をひとりにしないで……」


今にも泣きそうな、震えた声で真実が言った。




…………この言葉を、僕が聞くのはこれで二度目だ。


()()()は、こう返した。

妹に対して、当時の僕にできることなどそれしか無かったのだから。



そして、それはこれからも変わらない。



「あぁ、どんな時でも兄ちゃんがずっと一緒にいてやる。真実をひとりにはしないよ。」


僕らの乗ったゴンドラが頂上に登ると、ほぼ同時に大きく揺れた。


「まな……み?」


今、なにをされたか…それを理解するのに若干の遅れが生じた。僕は顔中を熱くさせながら口元を腕で拭う。外とは違い、冷房の効いたゴンドラの中で僕は真実を真っ直ぐに見る。真実は座った僕を見下ろす形ですぐ前に立って言葉を放つ。


「覚えてたんだ…それ」

「わ、忘れるわけないだろ…」


お互いに顔を紅くして会話をしていると、なんだか変な空気になる。一体なんだって真実は急にあんなことを…


「やっぱり…忘れるなんて無理だ…」


真実が呟きながら、最初座っていた位置に戻る。


「なにを忘れるって?」

「秘密…。」

「え?」

「だから…………」








「私だけの《約束(ヒミツ)》だよ。」




観覧車が一周してゴンドラから降りる寸前、真実はこう僕に言った。


「あれ、私のファーストキスだから!」


細かいことを言ってしまえば、小さな頃から母さんや父さん…なんなら僕ともキスをしてしまっている真実のファーストキスはもう失われているけれど多分、そこはつつかない方がいいのだろう。




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