6話「コインランドリー」
ゴウンゴウンと音を立てるコインランドリーの洗濯機。その中でぐるぐる回る一枚のパンツ。それを眺めながら僕はぼーっとしていた。このパンツ一枚だけを洗濯するなんて、豪華な使い方だと思いながらはと周りを見渡す。横に広い室内には複数の洗濯機と乾燥機、子供用の遊べるスペースがあるだけだが、僕以外に客の姿は見えない。このランドリー は24時間営業しているようだが、朝登校する時や放課後の帰宅時にこの前を通っても偶にひとりかふたり利用しているのを見る程度だ。果たして利益は出ているのか?まあ、実際こうやって家では洗えないようなものを洗濯しにくるヤツもいるし案外僕の知らないところで利用している人がいるのかもな。そんなくだらないことを考えていると、自動ドアが開いて客が入ってくる。もう、21時だぞ?案外この時間帯から客足が伸びたりするのか?それから数分おきに客がちらほらと入って、洗濯物を洗濯機に突っ込んでから出て行く。なるほど、人がいないようにいつも見えていたのはみんな洗濯ものを突っ込んで終わるまでどこかで暇を潰していたりするのかもしれない…騒がしくなり始めたランドリー内を見渡しているとまた人が入って来たので、手元のスマホに目を落とす。
洗濯機お開けて閉める音が聞こえる。でできれば他の客と同じように一旦出て行って欲しい…誰にも僕がショーツを取り出すところを見て欲しくないのだ。
…出ていかないな…
するとコツコツとこちらに近づいてくる足音がひとつ。まじか…まさか椅子に座る気か?今僕が座っている横長の椅子、唯一ランドリー内でくつろげるこの場所に来ようとしているのだろうが、よりにもよってその目の前の洗濯機で僕はショーツを洗濯している。
くそぉ…場所のチョイスをミスった…
足音が横まで近づくのが聞こえて、ギシリと椅子が少し軋む。
………………?
なんだか座る位置が近すぎないか?一応、複数人座ることのできるソファの端に僕は座っている。しかし、今来た人が座ったのは僕のすぐ隣だ。若干横に座った人の体温を感じるほどに近い。
意を決して、スマホ画面を見ていた目を横にやると
「あっ!やっぱり陽満くんだっ」
「…………たち……ばな?」
立花がムッとした顔をしたので慌てて言い直す。
「あ、あきか!?びっくりした…」
「ふふっ、びっくりしたとは酷い言い方だね」
ここでひとつ問題が生じる。
隣に座ったのがあきだったことはまだ良いとして、やはりショーツのことはあきにも言えない。なぜなら、あきの命令はショーツを家の洗濯機で洗濯するまで履いておけ…そんな感じの命令だったと記憶しているからだ。
「それで?陽満くんはここで何してるの?」
「いや、まあなにするって言われても洗濯としか言いようがないというか…」
「それもそっか、じゃあ言い方変えるね。何を洗濯しに来たの?」
「そ、それは…」
あぁ…逃げる事は不可能だ。
しかも前を向けば今まさにあきのショーツがぐるんぐるん回っているのだ。もう乾燥の段階に入っているとはいえ見つかるのも時間の問題だろう。正直に言った方がまだマシかもしれない…
「じ、実は…」
「私のパンツ」
「え!?」
「あれ」
あきの指差す方向には勢いよく回転する黒色のショーツが見える。
「…うーん、やっぱり家の洗濯機で異性のパンツ洗濯するのは無理があったかー」
「へ?」
「いや〜流石に私も陽満くんの家族に見つかったらまずいかもと思ってね、別に洗濯せずに月曜日そのまま返してくれてもいいよってメッセージ送ったんだけど…」
メッセージを開くと、たしかに午後17時30分ごろにあきからその主旨のものが送られて来ていた。
「…全然見てなかった。」
今までの苦労はなんだったんだ…
「その様子だとだいぶ危なかったみたいだね。」
「全くだ!妹にバレそうになった時はもう終わったと思ったぞ。」
「あっはっは!なにそれ面白いな〜陽満くんは!」
「面白くないわ!」
洗濯機の音が止んで、回っていたショーツも動きを止める。
「これどうする?今返すか?」
「うーん、それだとなんか面白くないな…」
「いや、面白味を求められても困るんだが?」
うーんとなにかを考えている様子のあきをよそに、洗濯機からショーツを取り出す。
匂いを嗅いでみても洗剤の匂いしかしないのでおそらく綺麗になっただろう。
「ちょっ!なに匂い嗅いでるの!?」
「おっと、しまった。」
「しまった。じゃないよ!」
怒るあきに右手で持ったショーツを差し出し
「ほら、どうするんだ?」
「うぅ…なんか腹立つなあ…」
すこしあきが考えるようなそぶりを見せてからなにか思いついたのか声を上げる。
「……よしっ!こうしよう。月曜日もう一度それを履いて昼休みまで過ごしてね。そしたら部室でまた交換して一件落着だよ!」
「えぇ…」
「えぇ…、じゃないよ。これも命令だから」
「はいはい、わかりましたよ。それじゃ、僕は先に帰る」
「うん」
自動ドアの前に立った時に、再びあきが声をかけてきた。
「陽満くん!」
「なんだ?」
「またねっ」
「…おう、またな。」
手に持ったショーツを無造作に鞄の中にしまい、僕はコインランドリーを後にした。
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「ふーっ焦った焦った」
陽満くんが出て行ったのを確認してから私は自分が使っている洗濯機の前に立つ。そこでは一枚の男性用の下着が勢いよく回っていた。
「自分の家で洗濯するのは恥ずかしいから私もコインランドリーに来ましたなんてやっぱり言えないね!」




