5話「パンツとショクタク」
いつもの変わりない通学路を、ひたすら家に向かって歩く。怠さを感じるほど高い気温とアスファルトからの熱には嫌気がさすほどだ。日が暮れるのも本格的に遅くなり夕暮れ時にしては明るい空の下、怪しい男がひとり閑静な住宅街を行く。
もちろん僕だ。
側から見ればぎこちない歩き方も今はしょうがないだろう。そう、僕は今…あきのパンツを履いているのだから。…なんだか立花のことをあきと名前で呼ぶのがむず痒い気もしないでもないが、これも命令の内なのだから仕方がない。
「くそぉ…早く帰ってこのパンツだけでも洗濯しなければ…」
そのために、一緒に帰ろうと言っていた莉音の誘いを断ったのだ…今僕が履いているあきのパンツを洗うまでが命令であるため、どうにか姉と妹の目を盗んでパンツだけでも洗濯したいところだが…
「うぅ…真実よりは早く着くとは思うが、家には思緒姉ちゃんが常にいるし。」
夜中、2人が寝静まってから自分の分を洗濯するというのは…いや、思緒姉ちゃんが黙っているわけがない…それなら!いっそのこと真実の洗濯物に混ぜて、一か八かの賭けに…はデメリットがでかすぎる…
そんな計画を考えている僕は、ふと気づけばいつのまにか家の近くまで帰ってきていた。
「やべえよ…いったいどうすりゃいいんだ…」
ただ授業を受けるだけでも恥ずかしいとかそんなレベルじゃなかったんだ。もしコノことが家族になんて知られれば、もはや生きてはいけない…僕は玄関のドアノブに手をかけ、ゆっくりドアを開ける。
「………ただいまぁ……?」
小さくただいまと言ってみるが思緒姉ちゃんからの返しは無い。家の中は静かで、外から蝉の声が僅かに聞こえてくる。
「……思緒姉ちゃーん?」
返事はない。
「いないのか?」
靴を脱いでリビングに入ると、机の上に置かれた書き置きを見つけた。
用事があるので、出かけてきます。夕飯は冷蔵庫の中に用意してあるので温めてください。
思緒
「用事って…まさか出かけたのか!?思緒姉ちゃんが?」
この1年とちょっと、ほとんど家から出た姿を見たことはないのに…なんてこった。………………っは!?
「今がチャンスなんじゃ…」
両親は旅行で家にいない。姉は外出中。妹はまだ帰ってこないはず。
今しかない!
すぐに行動に移し、リビングを出てから脱衣場に移動しドアをしっかり閉める。ベルトを外し、チャックを下ろしてからズボンを一気におろ――――
ガラガラっ
「兄貴?帰ってきたなら言ってよね!思緒姉は出かけ………」
「あっ…き、着替え中だったんだ…ごめん…」
ガラガラ……
………………………………っぶねぇ!!!!!!
真実のやつ帰ってきてたのか!?もし今ズボンを下げていたら、妹の目の前で女物のパンツを履いた姿を晒すところだった…二階まで確認しなかった僕も悪いが、真実もドアを開けずにまずは声をかけてくれれば良かったのに。冷や汗をダラダラとかきながらふたたびチャックとベルトを直してから深呼吸をする。幸い、真実に見られたのは後ろ姿だった。チャックを開いていたので前側を見られたら完全に終わっていた…
洗面台の鏡に映る自分を見ながら一言呟く。
「うん、2人が寝た後にコインランドリーに持って行こう。」
思緒姉ちゃんが用意してくれた夕飯を温めて、真実と向かい合って食べるが、2人の間に会話は無い。
…気まずい…さっき着替えを見たことを気にしているのだろうか?ズボンも下げてなかったし、あまり気にすることもないだろうに…先ほどから真実はご飯を食べながらチラチラとこちらを見ている。
「真実、俺の顔になんかついてるか?」
「え!?いや!な、なんでもないよ〜」
「そうか?さっきのことなら気にしなくていいからな?」
「さ、さっき?あ、あぁ!洗面所でのことね?き、気にしてないよそんはこと!」
「本当か?ならいいけど」
真実は気にしていないというが、挙動が不審すぎる…
もっと小さい頃は一緒にお風呂にだって入っていたのに、今となっては着替えひとつで恥ずかしがるなんて…このままいけば、いずれ兄のもとを離れる時も来るのだろうか…辛いなぁ
「お、美味しいね!?思緒姉の作った料理!」
「あ、あぁ思緒姉ちゃんはなんでも作れるし料理も上手いからな!」
「そ、そうね!ほんとに美味しいなあ〜はは…」
……
……………
………………………………
会話が終わった…妹との、コミュニケーションの取り方に悩んでいるとなんとその妹から助け舟を出してくれた。
「そういえば!今日の朝貰ったお弁当もすごく美味しかったよ。」
「そうか、美味しかったか!それは莉音も喜ぶぞ。今度また言ってあげてくれ。」
「………莉音?」
「ん?あぁ、真実は莉音のことまだ知らなかったな。」
「いや、そうじゃなくて…兄貴はその…莉音さん?のことを名前で呼んでるの?」
「え?あ、あぁ…莉音が名前で呼んでくれって言うから…」
「ふ、ふーん…そ、そうなんだ。それで?その莉音さんと兄貴は…えっと…」
「莉音と俺がなんだ?」
「いや、やっぱいい!ご馳走さま!私先にシャワー浴びてすぐ寝るねっ」
そう言って真実は、急ぐように自分の分の食器を片付けリビングから出ていった。
「………な、なんだ?…それにしても、うぅ…授業中もそうだったけれど…」
座ると余計に締め付けが強く感じて、なんだか変な感じがする…
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急いで二階に上がって、自分の部屋に入ってドアを閉めてからもたれかかるように座る。
「だ、だめだ…」
みんなは、軽く聞いてこいだなんて言ってたけど…いざ兄貴に聞こうとすると緊張してとてもかける気がしない…ていうか、なんで名前で呼んでんのよ…朝ごはん作りに来て多分一緒に登校してるんだろうけど、そんなのもう付き合ってんじゃん…
「いや…でも実際聞いてみないことにはまだわからないし…」
あーーーーー!なんで私が兄貴のことでなんて悩まなきゃならないのよ!足をバタつかせて悶えているとコンコンとノックする音が鳴ってビクッと体が反応する。
「真実、大丈夫か?俺今からちょっと出かけて来るけどなんかいるもんとかあるかー?」
「へ?だ、大丈夫!」
「そうかー、じゃっ行ってくるわ」
「はいはーい…」
ふ、ふぅー…びっくりしたあ…独り言とか聞かれてないよね?大丈夫なはず。今日が金曜日だから、聞くチャンスはまだまだあるはず…
はぁ…もう少しふつうに会話できるように頑ばろ…




