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ヒミツ  作者: 爪楊枝
ヤクソク
13/109

4話「トモダチ」



「お…美味しい…」


家を出るときに居たあの女の人…兄貴と妙に親しくしてたけど、一体どういう関係なの…


「む…この玉子焼きも美味しいっ」


それにしても、いやいやまさか…まさか彼女…なんてことはないよね?でも、兄貴優しいし…もう高2だし、彼女くらい出来てもおかしくは…いや、あの変態兄貴に限って彼女なんて…まさかね…


「あれ、まな弁当なんて持ってきてたんだ。早く食べなきゃ先生来ちゃうよ?」

「はふっへふよ(分かってるよ)」

「アハハ、口に含んだまま喋るなよ乙女がすたるぞ〜」


遅めの朝食をとる私に、同じ部活に所属しているクラスメイトが話しかけて来た。右隣の席に座った背の高い茶髪は藤本ふじもと菜々(なな)。前の席で大股開きで後ろ向きに座っているおでこ広めのぱっつんの娘は近田ちかだ佳子かこだ。


「しょうがないわ。朝早いし朝食食べないと授業中眠くなっちゃうし。」

「かあ〜さすが優しいな瀬里奈せりな!」

「頭を撫でるのはやめて、菜々!」


菜々の膝の上でがっちりホールドされ頭をこねくり回されているのは、吹奏楽部部長にしてクラスの委員長。可愛川えのかわ瀬里奈だ。ぱぱっとお弁当を食べ終えて、3人との会話に意識を集中する。


「それで、今朝はぼーっとしていたようだけど何かあったの?」

「いや…あんまり人に言うことじゃないって言うか…」

「ひとりで悩んでも解決しないって!言っちゃいなよ〜」

「そうだそうだ〜」


いや、友達に兄貴に恋人ができたかもしれなくて気になって仕方がないなんて相談できるわけないじゃない…いや、でもひとりでうじうじするよりはまだ言っちゃった方がマシかなあ…


「実はね、兄貴に彼女ができちゃったかもしれなくて…」

「おぉ〜めでたいね」

「なんでそれでまなが悩む必要あるんだ?」

「い…いやなんていうか今日の朝いきなり家に居て、手作り弁当渡されるって普通なのかな〜?なんて思ってみたりして…」

「朝いきなり?なにそれ兄ちゃんから紹介もなにもなかったのか?」

「うん、朝起きたら1階でごく当然のように兄貴とお姉ちゃんと話してた…」

「なにそれ…こえーな」

「ま、真実まなみ?その方は本当にお、お兄さんの彼女なの?」


普段の落ち着いた雰囲気とは違い、若干びっくりしたような瀬里奈が割って入る。


「え?いや…確証はないんだけど」

「なんだ違うかもしれないのか〜」

「つまんなーい。」

「おい、人が悩んでるのになんだその態度」

「なんだ…じゃあ違う可能性もあるじゃない。分からないなら直接お兄さんに聞いてみなさいよ。」

「お?なになにせりちゃん。まなちゃんのお兄ちゃん気になるの〜?」

「な!そ、そんなわけないじゃない!友人として真実の悩みを聞こうと…」

「へいへい、わかったわかった。」

「だから菜々!頭を撫でないでって!」


うーん…直接兄貴に聞くか…えぇ…マジでかあ…もしこれで本当に彼女だったりしたらどうしよう…でも気になるしなあ……


「うし!じゃあ瀬里奈も知りたがってるし、まな!この土日で兄ちゃんから聞いて来て月曜に報告な!」

「え!?」

「ちょ!菜々勝手に変なこと言わないでよ!」

「いいね〜まなちゃんの恋路も気になるし賛成賛成〜」

「こ…恋路!?なに言って…」


なんだか菜々たちに弄ばれてる気がしなくもないけど…と、とにかくやっぱり兄貴に聞くしかないよね。うん…しょうがない…そうと決まれば、やるしかない!


ーーーーーーーーーーーー


思緒しお姉ちゃんと莉音りおん、僕の3人で朝食を食べてから学校へと向かう。教室に莉音が付いてくることには相変わらず慣れていないが、今はそれにプラスして立花たちばなとの間にも壁のようなものを感じてしまう。なんだか少しめんどくさい事になったな…自分の席へと座って1限目の用意をする。



その時だった。



「おはよう、陽満はるまくん。」

「…………………へ?」


僕の隣に座る立花が一言を発した瞬間、先ほどまでざわざわと騒がしかった教室の空気が凍りついた。


「おはよう。って言ったんだよ?挨拶を返してよ。」

「あ?あぁ!!挨拶ね!お、おはよう…」

「うん、おはよ。」


そう言って立花は手に持っていた本に目を落とす。静かな教室も次第に騒がしさを取り戻していく。急に話しかけられて焦ってしまった。普段誰も話しかけてこないためかなにやらざわめかせてしまった気もするが気にしない方が身のためだ。しかし、なんで立花はいきなり挨拶なんて…チラリと隣の席を見やると、本を読んでいたはずの立花と目があった。


最近見慣れてきたニヤリと嗤う、あの笑顔でこちらを見ている。これはからかわれているのか?今まで部室以外では目立つところでほとんど話しかけてくることはなかったのに、なぜ急にこんな…



あー…なんだか頭がこんがらがって来たぞ…



午後12時40分、いつも通り新体操部の部室で立花たちばなが来るのを待つ。莉音りおんから貰った弁当は立花からの命令が終わってからでも食べる時間は十分だろう。少ししてから立花が部室に入ってくる。


「うんうん、今日はちゃんといるね。」

「まあな…」

「まあなって、なによ暗いなぁ〜」


昨日、放課後で聞いたあの声とは正反対なあっけらかんとした感じだ。


「いや、実は昨日のことで聞きたいことが…」

「なにもないよ。」

「え?」

陽満はるまくんが気にするようなことはなにもなかったって言ったんだよ。」

「いや、でも…」

「じゃあ、命令だよ。」


一呼吸置いて立花が続けて言った。


「昨日のことは気にしなくてもいいし、私とあの娘のことは詮索しないでね。」

「わ…わかったよ。」


命令、そう言われてはこちらからはなにも言うことができない。


「じゃ、じゃあ今日の朝…教室で挨拶してきたのはいったい…」

「あぁ、あれね。私はこの部室の中だけでの関係でよかったんだけど…」

「だけど?」

「個人的な理由でこれからは部室以外でも陽満くんに話しかけたりすることにしたの。」

「こ、個人的な理由って…」


多分、理由を聞いても教えてくれないんだろう。

しかし、やはり莉音りおんとの会話に何か関係してるんだろうか?


「あっ、そうそう。」


何か思い出したかのように立花が声を上げる。


「なんだ?」

「これ!登録しておいてね。」


そう言って立花が差し出してきたのはスマホとそのメッセージアプリの登録画面だ


「これ…」

「お互い連絡先を知らないのもめんどくさいでしょ?前みたいに勝手に休まれても困るし。」

「いや、あれはまあ悪かったけど。」

「とにかく!これかは何かある時はちゃんと連絡すること!それからこれからも私の命令は絶対ね!」

「わかってるわかってる。そういう《契約(ヒミツ)》だもんな。」

「わかってるならいいけど…」


立花の連絡先は聞いておかなければならないと思っていたので手間が省けた。


「あ、それと…」


僕の方へと近づきながら立花はポケットからある物を取り出し、僕にそれを握らせた。


「私の目の前であの娘とあんなことしてた仕返しと、今日の()()…ね。」


僕の目を真っ直ぐと覗く立花の大きな目と、少し赤らめた表情にドギマギしながら少しずつ握った手を開く。


「な…こ、これ…」


僕が握っていたのは、レースがふんだんに施された黒色のショーツだった。ニヤニヤと微笑わらいながら立花が続ける。


「あの娘とイチャイチャしてた仕返しと、待てに対してのご褒美を一緒にしてみたの!」


してみたの、じゃないが


「いや、これを渡されてもどうすればいいのか…」


僕の疑問に対して、立花はなにが疑問なの?と言った表情でこちらを見ている。

え?これは分からないこっちがおかしいの?そうなの?


「も〜!イヤだな陽満くん!パンツの使い道なんてひとつしかないじゃない!」


その言葉を聞いて、流石の僕も血の気が引いた気がした。


()()()()()。」


妙に清々しい笑顔で言われても困ってしまうが、なるほど履くのか…まあ、パンツだもんなあ…

そっかあ…履くのかあ…えぇ?


「僕がぁ?」

「当たり前じゃん、命令なんだから。」

「これから授業が終わって家に帰って、洗濯機に入れるまで!その間はそのパンツを履いて過ごしてね。」

「いや!流石にウチで洗濯するわけには…」

「命令…だよ。」


その一言に、僕はまんまと押し黙ってしまう。

もはや立花の言葉に逆らえなくなってしまっているのかもしれない。それに、今回の命令は今までとまるで毛色が違う。これはもうこの部室の中だけでは済まない。立花の、部室以外でも僕と話すようにすると言っていたこととなにか関係があるのだろうか?


「とにかく、早く履いてよ私のパンツ!」

「え?これ新品とかじゃないのか!?」


ここでまた衝撃の事実。僕に激震が走る。


「当たり前じゃん!新品だとただ陽満くんをはずかしめただけでご褒美にならないでしょ?」


僕の名誉のために言っておくが、決してこのパンツが立花のだとしてもそれを履くことは僕に対してご褒美にならない。絶対にないね。先ほどまでの清々しい笑顔を崩し、立花はまたニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。


「もちろん、さっきまで私が履いてたやつだから安心してね!あっ!私は新しいの履いてるからそこも安心!」

「なるほどな!それなら安心…じゃねーよ!?」


思わず突っ込んでしまった。

ただポッケに入れていただけにしては妙に暖かいと思っていたが、まさか履いていたものを僕に履かせようとしてくるとは………………とりあえず、掌に伝わる感触にすこし集中してみる。


「グズグズ言わないの。私が命令した時点で陽満くんがソレを履くことは決まったんだから早く履きなよ。」


そう、どれだけ僕に女物のパンツを…それも立花のような可愛らしい女の子が先ほどまで履いていたパンツを自分で履くことに抵抗があるとはいえ


僕は立花の命令には逆らえない。


彼女が命令したその時から僕に許可権は存在しないのだ。


「……わかった。履くよ、履けばいいんだろ。」


ふてぶてしく、いかにも自分はこのパンツを履くことに反対しましたよと意思表示をしながらベルトを外してズボンに手をかける。


「あっ、ちょっ…ちょっと待って!」

「…なんだよ?」


急に立花が声をあげたのでそちらを見る。


「いや、私後ろ向いてるから!その間に履いてね!」

「あ、あぁ…」


頭から煙が出そうなほど顔を真っ赤にして立花がくるりと後ろを向く。自分のパンツ履かせようとしたり、足の裏の匂いを嗅がせたりするのは大丈夫で男の着替えはダメとは…ほう…なるほどこれが所謂いわゆるギャプ萌えというやつだろうか?


うんうん、非常に可愛らしいじゃないか!


それにしても…やはり僕は変態なんだろうか…先ほどまで立花のパンツを履くことにかなり抵抗はあったものの、今となっては本人と二人きりの部屋で相手のパンツを履くという状況に少なからず興奮している。ズボンとパンツを脱いで、立花のパンツのウエスト部分のゴムを広げてパンツを見下ろす。


こ、ここに足を入れるんだよな?見下ろした先に広がるひとまわり大きな穴とその先にあるふたつの小さめの穴、構造は男物のと大差ないにも関わらずある程度足を突っ込むことへの抵抗があるのはひとえにその布面積の少なさと、レースなどの肌触りに慣れていないことが原因だろう。


ふーっと息を吐いて右足を上げ


一気に穴を貫く!!!!!


これであとは左足を穴に通して、パンツを上げるだけ…小さな子供にだってできる簡単なことだ。なにも恥ずかしがることも焦ることもないじゃないか。ほら!最近では男性用のブラジャーなんかも販売されているなんて聞いたこともあるし…必死に自分を心の中で説得しながら、左足を持ち上げて穴に通そうとしていると


「陽満くん?も、もう履けた?」

「へ?あ!ま、まだ!まだだからこっち向いちゃダメだ!」

「そ、そう!?わかったわ…」


立花らしくないあわてたような喋り方も気にならず僕は目の前の布切れに集中していた。やるしかない、これは命令だ…やるしかないんだ!上げた左足を勢いよくふたつの穴に通して一気にウエスト部分を持ち上げた。


「うお!?」

「え!?なに!?どうしたの?」

「いや!なんでもない!なんでもないからまだそっち向いてて!」

「う、うん」


なんだこれは…本当に今まで僕が履いていたパンツと同じ用途の衣服なのか?履いてみて改めて感じる布面積の小ささ、男物とは違うピッチリと締め付けるような圧迫感。今まで感じたこともない感覚に襲われ、言葉をうしなう。







す…














すっごいぞこれ!なんだこれ!


「陽満くん?もう履けた?」


痺れを切らせた立花がもう大丈夫かと聞いてくるので、慌ててズボンを履く。ズボンを履いても、やはり感覚が全く違う。むず痒いというか…なんというか…


「ふふっ…ほんとに履いたんだっ」


立花が目を細めてニヤニヤと笑う。


「な!?た、立花が履けって言うから…!」

「わかってるよ、よくできました。」

「よし、じゃあ私もっと。」

「え?」


立花は床に転がった僕のパンツを拾い上げるとなんのためらいもなくそれを


履いた。


「え?立花?お前…新しいパンツ履いてるんじゃ…?」


指摘すべきはそこではないのだが、混乱していて上手く口に出さなかった。


「嘘だよそんなの」


そう言いながら立花は僕のおでこに自分のおでこをコツンと当てて、ゼロ距離で僕の目を真っ直ぐ見つめる。


ち…近い…


「これで、今日これから家に帰って洗濯機に入れるまで…私と陽満くんは一緒だね。」


その言葉に反応するように、心臓がドクリと鼓動が大きくなったように感じた。


「た…立花…」

「あき」

「え?」

「あき、私の名前だよ。…あの娘のことは名前で呼んでるんでしょ?」

「う、うん…」


そういえば、立花は今日事あるごとに莉音のことを口に出す。


「じゃあ、呼んで…」

「それも、命令か……?」


じっと見つめる立花の目が少し揺れる。


「そうだよ。命令。」

「そうか…わかった。」


少しずつ…


僕が立花に見つかったあの日から確かに僕を取り巻く環境は変化していったが、思えばこの時から()()()の関係は大きく変わっていたのだと思う。




「あき」





おでこを放し、少し離れてからこちらに向き直り

あきは少し寂しそうな表情をしてからいつもの笑顔に戻り一言だけ僕に言った。





「これで…今日から友達だよ………陽満くん。」




この日、クラスで誰一人として友人のいなかった僕に初めて同じクラスの…それも可愛い女子の友達ができた。






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