2話「テジョウのママのダツゴク」
1日のインターバルを挟んで、いったいどんな凄いことをさせられるのかと嬉々として部室に行った僕はまさかの「待て」をくらい現在、まるで魂が抜けたような状態だった。普段聞いていない授業だけれど、いつにも増して内容が入ってこない。それにしても、明日の昼休みまで我慢するというのは酷ではないだろうか?
僕が連絡していなかったのも悪いが、そもそも僕は病み上がりだったのだ。その辺りは配慮してしかるべきではないだろうか。そういえば、莉音とは連絡先を交換したが立花とはまだしていなかった。今思えば立花に断りを入れず勝手に休んだことも原因なのだから、また後にでも連絡先を交換するべきだろう。家族以外の女子の連絡先を短期間で2つもゲットするとは、この歳になってようやく僕の対人スキルもアップしてきたということだろう。そうに違いない。きっとそうだ。
「……く……」
しかし、連絡先を聞こうにも教室では普段立花とは会話をしない。クラスの目立たないヤツが、急に女子に対して連絡先を聞くなど自殺行為にも等しい。
「……くん!」
やはり、明日の昼休みしかないだろう。
「家内くん!!」
「はい!?」
考え事をしている時に、急に名前を呼ばれたことにより思わず大きめの声で返事をしてしまった。周りを見るとクスクスと笑われている。どうやら教師が次の問題を僕にあてたため、立花がそれを知らせてくれたらしい。クラスでは絶対会話しない立花にここまでさせるとは、どうやら僕はかなり深く考え込んでいたようだ。
このままの状態で明日まで保つのだろうか…
一抹の不安を覚えながら教師の小言を聞き流した。
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すべての授業を終えてから、僕は屋上へと向かう。莉音からの呼び出しがあったからだ。そういえば、今日は莉音のやつ朝迎えに来なかったな…今日学校に行くことは一応メッセージで伝えたんだが…まあ、そんな毎日も迎えにくるわけないかあ
校内に残った生徒や教師に見つからないように屋上へ侵入するのも、もう慣れてしまった。だいぶ急いで来たのだが、いつも通り莉音が待っていたので少し驚いた。そういえば、莉音は何組なんだろう。
今思えばふたりについて
立花と莉音について、僕は何一つ知らないのではないのだろうか。
僕の《ヒミツ》をふたりは知っている。
ふたりとの間に《ヒミツ》の関係を持った。
しかし、だからといって僕が彼女たちの《本当のヒミツ》を知っているわけでも、それを見聞きしたわけでもない。
【やっと会えましたね、すみません、今朝は用事があってお家の方までお迎えに上がれず…】
早速スマホ画面にメッセージが表示される。
「あぁ、気にすることないさ」
【ふふっ、ありがとうございます。】
この意思疎通のやり方にもだいぶ慣れて来た。パタパタと僕の方へ駆け寄り、莉音が抱きついてくる。
「へ!?ちょ!莉音!?急に…」
ガチャリ…となにやら重い音が聞こえた。
「ガチャリ?」
【昨日も、今朝も会えなかったので】
莉音は時にとんでもない腕力を発揮することがあるのだが、僕に抱きついて来た時に両腕を掴んで後ろに回したと思うと次の瞬間、僕は思うように腕が動かせないようになっていた。彼女のスマホ画面を直接見せることで、僕に意思表示をする。
「え?こ…これまさか手錠か!?」
【これを用意するために学校を遅刻までしたんです。ですから陽満君を今から思う存分楽しみます。】
ゾクリとなにかが背中を這うような感覚
「待て」を実行中の僕にとって、致命的とまで言える彼女の宣言に僕もまた期待をしてしまっている。
「た、楽しむってなんだよ!」
【今その手錠の鍵が私の体のどこかにテープで張り付いています。それを手を使わず陽満君の口だけで、取ってください。】
【もちろん、ポケットの中や服ではなく私の身体の表面のどこかですから…ね】
顔を赤らめ、ニタリと莉音が笑う。
ゴクリと生唾を飲み込み、現在僕が置かれた状況を1度整理する。両腕は後ろで手錠にかけられており、動かすことはできない。そしてその鍵は、莉音の身体の表面のどこかにテープで貼られている…衣服や、ポケットの中では無く身体の表面と表現したのは恐らく下着や服の間や裏地などでは無く正真正銘、彼女の身体のどこかに直接張っているからだろう。
「で、でもほら!色々まずいんじゃないかっ?僕たちまだ高校生だし…」
なにが不味いかといえば、僕に勇気がない事だろう。彼女の身体を直接、しかも恐らく頭を服やスカートの中へ突っ込まなければ鍵を見つけられないとなるともはや理性を保っていられなくなる。しかも彼女は身体の表面のどこかとしか言っていない。もしそれが下着の下だったりした時は、一線を超えてしまいかねない不安があった。実際に莉音には一度襲われた経験があるため、本能が危険信号を発しているのだ。必死にこの状況を回避しようとする僕を裏目に、莉音はいつも通りとんでもないスピードで文字を打ち込むと僕にスマホ画面を見せてくる。
【今時の高校生は、恋人同士でもっと凄いことしてます…だから大丈夫ですよ。】
なに、僕の知らないところで世間の学生はそんなにも乱れていたのか許せないな…って、問題はそこではない。
「でもほら!僕たち別に付き合ってるわけじゃ…」
【あぁ、そういえば返事をお聞きする前に陽満はるま君が気絶してしまったのでしたね…】
【あの時、私を愛してください…そう言いましたね。】
【私は、野美乃のみの莉音はあなたの事が好きです…付き合っていただけませんか。】
突然の告白…いや、先延ばしにしていた告白を莉音が真剣な表情で伝えてくる。正直、あの屋上での出来事以来莉音のことを意識していないかと言えば嘘になる。あそこまで直接、しかも襲いかかってくるほど情熱的に気持ちを伝えられたのは生まれて初めてのことだった。しかし彼女と出会ってからまだ数日しか経っていないうえに、なぜ彼女がここまでの気持ちを僕に持っているかも分からないままだ。それに、なにかこう胸にモヤッとしたものがあるというか…
「その…す」
僕が一言喋ろうとするのを遮るように莉音は人差し指で僕の唇を押さえ、それから再び僕の目の前へスマホを持ってくる。
【お返事は、今でなくても構いません。まだ出会って少しですもの。これから少しずつお互いのことを知ってから…それから決めていただければ良いんです。】
【ですから、今はなにも考えずに私のことだけを見てください。】
たしかに、今うじうじしたってしょうがない。
そういうことなら今は莉音のことを少しでも知れるようにすること…それが僕にできることだろう。
「…わかった……じ、じゃあ…行くぞ…」
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莉音にキスをされた壁際へと移動し、あの時とは逆。彼女が壁にもたれるように座り、僕がそれに向き合うように膝をつく。莉音は身体の力を抜いて、僕に全てを委ねる意思を示す。立花との行為も、人様に言えるようなことではないけれど今からやろうとしていることはもはや一種のプレイとも呼べるのではなかろうか。
「本当に、良いんだな…?」
最後の確認、コクリと莉音が頷く。冷や汗をかくほど変な気分になり、心臓がやけにが煩い。手錠を外すには仕方がないことだと決心をして僕は彼女の様子をまず観察する。
「ふむ」
まず僕が使えるのはこの口と目だけだ。手は使えないので身体のバランスを取ることもほぼ不可能。まず間違いなく莉音に被さるような格好になることは避けられない。
……あれ?これは不味くないか?
僕は手錠で、彼女は特に縛りもない。
もし彼女がなにか行動を起こせば前のめりに倒れた僕が回避行動をとるのはまず無理だ。
ここに来て、躊躇ためらいが生まれる。躊躇ちゅうちょする僕に痺れを切らしたのか、莉音がまたスマホを差し出す。
【早くしないと、下校時刻を過ぎてしまいますよ?大丈夫、なにもしませんから…】
あくまでも、鍵を取るための行為であってそれ以外に意図は無いということだろうか……とにかく、やるしかないか…
再び莉音に目を向けて考える。まず、スカートから伸びる2本の足。学校指定のスリッパと太腿あたりまである黒いニーソックスを履いている。見た感じ、ニーソックスに凹凸がないことから、足で鍵の貼ってある可能性があるとすればスリッパに邪魔され確認できない足の裏だろうか。
「ちなみに、スリッパを脱いでくれとお願いしたら脱いでくれるのか?」
莉音が首を横にふる。否定の意味だ。
「そっかあ…よし」
意を決して、莉音の履くスリッパを口で咥えて脱がせる。この時に足の臭いを嗅ぐことを僕は決して忘れない。右足、左足と確認したがどうやら足の裏に鍵が貼ってあることはなさそうだ。
じゃあ、次か…莉音のスカートに目をやる。普段はヒラヒラと揺れて男子の目を釘付けにするその布は、座っているため力なく垂れて彼女の健康的な太腿へとかかっている。
……ここは後だな。
続いて、カッターシャツを着ている上半身へ
「流石に、口でボタンを外すのは無理なんだが…」
そう伝えると莉音がシャツのボタンを下から4つほどまで外し、裾を持ち上げ大きく広げる。
露わになる肌色と、へそが妙にエロく見える…
「頭、突っ込めってことか?」
頭を縦に振る。どうやら当たっているみたいだ。ドクドクと跳ねる心臓の音が彼女に聞こえてはしないだろうかと心配しながら、彼女にもたれかかる形で頭をシャツの中へ忍ばせる。彼女の肌が、へそが目の前にあり汗と香水かなにか甘い匂いが混じった香りが理性を奪おうとするかのように僕を包む。
その時、急に莉音が身体を動かした。
シャツの上から僕の頭を自らの腹部に押し当てるように手で押さえつけ、膝をついてお尻を突き出すように浮かした僕のバランスを崩すように、その間にある彼女の足を広げたのだ。
「え!?なにやってんの!!!!?」
突然のことでまったく反応ができなかった。彼女の柔らかいお腹、それもちょうどへそのあたりへ鼻を押さえつける格好でバランスを崩した僕は、完全に彼女に全体重を預ける状態になってしまった。
「だ…ダメだって!これは!…(やべえ!)」
先ほどまでの行為とこの状況に僕のナニはすでにその存在をこれでもかと主張しており、バランスを崩し腰が落ちると同時に元の位置に戻った彼女の足に当たってしまっている。
は、恥ずかしい…恥ずかしすぎる。
幸いに莉音の表情は隠れており見えないが、これじゃあ僕が彼女のお腹とこの状況に興奮した変態野郎みたいじゃないか…………いや、なにも間違ってないな…ふと気づくと、莉音がシャツの上から僕の頭を撫でていることに気づいた。
「離しては…くれないよな」
どうやら彼女に僕を逃がすつもりはさらさらなさそうだ。優しく撫でる彼女の手をシャツ越しに感じながら僕は大人しくしておくことにし、荒ぶった息子を鎮めるためにも目をつぶり深く、深く鼻で深呼吸した。
その時、思いもよらない音が聞こえた。
ガラガラ!
そこら中で響く蝉の鳴き声でも、夕日に照らされたグラウンドから聞こえる部活の音でもなく。僕から見て後方。校内から屋上へと出る、ドアの音だった。
「へっ!?」
後ろに誰がいるのか現在の僕では確認のしようがないのでどうしようもないが…あぁ、今度こそ僕の人生も学校生活も下手をすれば莉音の人生さへも
終わった…
「なるほどね、2人で隠れてこんなことしてたんだ。」
その聞き慣れた声を聞いた瞬間、僕は退学や逮捕以上に恐ろしい事が今まさに起こったことを痛感した。
「………………立花…?」




