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ヒミツ  作者: 爪楊枝
ジカクとジモン
102/109

7話『ジュンパク:後編』


重りでも付いているのかと思うほど重い瞼を開けて、天井を見つめる。見慣れた私の部屋。体を起こし時計を見ると午前3時と表示されている。


「いっ…」


まだ完全に意識が覚醒しきってないのか、ひどい頭痛が襲う。私は…私はいつのまに寝てしまっていたのか。昨日眠りにつく寸前のことが思い出せない。曖昧な記憶通りなら、会話の途中で私は寝てしまったはず。まるでぶつ切りにされたようなひどい記憶を頼りに昨夜起きたことを整理していく。


「玉波さんは……」


彼女の名前を呟いた瞬間、妙な胸騒ぎを覚えた。


「……ハル君!」


強烈な目眩を感じながらベッドから飛び起き、部屋を出る。胸騒ぎは不安へと形を変えてより一層私の心臓のスピードを速めた。


『貴女は家内の初めてはどこまで奪ったのかしら』


思い出してきた昨日の記憶、会話の中で彼女はこんなことを言っていた。


「……」


ハル君の部屋のドアノブに触れようとして躊躇う。この部屋の中で行われた、もしくは今まさに起きていることを想像してしまった。自分自身がそうなるように仕向けていたはずなのに、そのことを考えるとドス黒い感情が溢れてくる。鳥肌が立ち、吐き気すら覚える。私の知らない間に、ハル君が襲われでもしていたらと思うと手が震える。そして同時に後悔した。ハル君を幸せにするために自分がしてきたことに。…最初から……始めてハル君に会ったあの日から私はハル君の幸せだけを願って来たはずなのに…いざこうして本当に私の手を離れてしまうかもしれないと思うと欲してしまう。小さかった真実にしたように、今度は玉波さんに嫉妬してしまう。


「…………」


ハル君だけでいい。ハル君の幸せをただ願う私が、彼に捧げる愛情は他人とは違う。そう思っていたいのに、現実はそうじゃない。結局私もハル君を自分だけのものにしたいと思ってしまっている。死ぬまで彼を見守り、家族として側にいるだけでは満足できない。


ハル君と一緒に寄り道したい。ハル君と一緒にご飯を食べたい。ハル君と一緒に卒業して…同じ大学に通って……ハル君と一緒に…同じ家に住んで……キスして…愛を育んで…


一緒に死にたい。


ハル君の全ての初めても……そして最後の相手も私でありたい。できることならその間も全部。これはハル君の幸せのため……ではない。私の願望であり、欲望。野美乃莉音や立花あき、玉波さんや他の女と変わらない。私は姉として、一人の女として弟が、ハル君が欲しい。


「………………」


ドアノブに手をかけて、ゆっくりと引く。



部屋に入ると、ベッドに座ってハル君の頭を撫でる玉波さんの姿が目に映った。ハル君は眠っている。


「玉波さん…」

「やっぱり、少し早かったか……それにしても可愛い顔するようになったわね、家内さん」


自分の顔が、今どのようになっているかなんてわからないけれど、一つだけ言えるとすればそれは好意的な顔ではない。


「……シたの?ハル君と」


この部屋の匂い。自分のものとは少し違う、汗やいろんなものが混じった、独特なもの。そして白く艶やかなシルクのパジャマ、その上は着ているのに下半身は下着姿という彼女の格好。その全てに焦燥感を焚き付けられる。


「ずるいわ家内さん、貴女……いつもこんな寝顔を見てるのね」

「答えて」

「しぃー…静かに。家内が起きちゃうわよ」

「…ハル君は一度眠ると朝まで起きないわ」

「まるで毎日確かめてるような言い方ね。いいえ、確かめてるんでしょうけど。けど分からないじゃない。少なくとも今日は起きるかもしれない」

「…玉波さん、あのミルクティー……」

「安心して、少し眠くなるだけよ。毒じゃない。こうでもしないと貴女がいる家でこうして家内といられないでしょ」


机の上に、空のコップがふたつ置かれている。恐らくハル君もミルクティーを飲んだのだろう。


「なぜ……こんなこと…」

「家内さんにも…私の気持ちは分かるでしょ?家内に選ばれようが選ばれまいが……女は好きな男を自分のものにしたいのよ。それに貴女、私がもし家内ともしも晴れて恋人関係になった時、初めてする時にまでついて着そうだもの」

「……」

「……否定しないの?」


自分で言っておいて、玉波さんは少し引いた反応を見せる。


「それに安心して、私は貴女の言う通り家内を幸せにしてあげる。彼の同意も、イチャつきも無しに襲う形になったのは不本意だけれど、結局痛くて最後までできなかったし……今後は家内が私を選んでくれるまでこういったことは無いようにするわ。やっぱりお互い望んで愛し合ったほうが良いものね」

「そう……そうね」

「……」

「お互いに、愛し合ったほうが……幸せね」

「…私ももう寝るわ。家内も起きた時貴女がいたほうが安心するでしょうし私は家内さんの部屋に戻るから」

「ええ……」


玉波さんは床に落ちていたズボンを手にとって私の側を横切る。私はその時彼女がズボンと一緒に持っていたものから目を話すことができなかった。


「そうだ、家内さん」

「……」


部屋を出て、扉を閉めながら彼女は言う。私の心を見透かしたように、その瞳を爛々と輝かせながら。


「私の勝ち」






窓から入り込む日差しを受けて、少しずつ意識が浮いて、思考が巡り始め、そして周囲の雑音が聞こえ始めた。目を開け用とした時、体が妙に重いことに気づく。


「……」

「……」


横に顔だけ向けると、すぅーすぅーと寝息をたてながら僕に抱きついて眠る思緒姉ちゃんの姿があった。ある意味いつもの朝の光景ではあるけれど、どこか違和感を感じる。確か昨日の夜は玉波先輩となにか話していたはずだ。……うーん、思い出そうとすると頭痛がする。時計を見るとすでに9時を回っていた。少し寝すぎてしまっただろうか。


「姉ちゃん…思緒姉ちゃん」

「……ん…ハル君……起きたのね」

「うん、おはよう。それで、なんで今日も思緒姉ちゃんが俺の部屋にいるんだ?玉波先輩は?」

「玉波さんなら私の部屋に…いえ、もう起きてるでしょうし真実と下の階にいるかも…話している時にハル君は寝落ちしてしまったんですって」

「……やっぱりか、なんか昨日のことぼんやりとしか思い出せないんだよ」

「そう、まあいいじゃない。お姉ちゃんともう少しだけ一緒に寝ましょ」

「うわあ!?」


思緒姉ちゃんが僕を強引に抱き寄せる。両足で僕の体をガッチリと固定して離さない。


「も、もう9時だし母さんたちが帰ってきてるかもしれないだろ?」

「……関係ないわ。お姉ちゃんと寝てるだけじゃない…なにも恥ずかしくないでしょ」

「そ、そういうことじゃなくて……」


なんだろう、つい最近も感じていたことだが、思緒姉ちゃんが思緒姉ちゃんらしくない。以前の過保護で優しく、僕のことを考えながらそれでいてどこか他人行儀な感じではなく、思緒姉ちゃん自身のしたいことをしているような…うーん、自分でもなに言ってるかちょっとわからないな。とにかく、そんなふわふわとした不確かなものだが、そんな気がするのだ。


「……ハル君……」

「ん?」

「……」

「寝言かよ……」

「……好き」


少しドキッとしてしまうが、思緒姉ちゃんのこの言葉は家族として、そして姉として小さな頃から僕に言い続けてくれた大事な言葉だ。こうして僕を弟として愛してくれるからこそ、僕も思緒姉ちゃんや真実、そして両親のことを思う気持ちを育てることができた。


「あぁ、俺も好きだよ思緒姉ちゃん」


自分で言っておきながら、少しの恥ずかしさと違和感を覚えて、僕はも一度眠りについた。

次章更新は明後日の予定です。

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