6話『ジュンパク:前編』
真実、思緒姉ちゃん、そして玉波先輩の後。一番最後にお風呂に入った僕は寝巻きに着替えて自らの部屋へと戻る。玉波先輩は前と同じように思緒姉ちゃんの部屋で寝ることになっているし、そっとしておけば大丈夫だろう。あの二人はなんだかんだよく話しているところを見かけるし、あまり他人に興味を示すことのない思緒姉ちゃんも玉波先輩には心を開いているように見える。
「それにしても、玉波先輩なんで急に泊まるだなんて言い出したんだろう…」
夏休み、この家に先輩が半ば居候のような形で泊まっていて、次は僕が先輩の家泊まってくれと言われていた。しかしいくら僕といえど女子、それも玉波先輩のように綺麗な人の家に泊まるとなるとかなりの勇気がいる。というか、別に玉波先輩だとか女子だとかは関係なかったりする。そもそも僕は誰かの家に泊まりに行ったりだとかいう経験がない。そのため以前のような理由があって、先輩が仕方がなくウチに来ることになったわけでもなく、単純に…友達同士がキャッキャうふふとお泊まり会を開くかのような今の状況に多少のワクワクやドキドキといった感情を覚えていたりする。
……まあ、そんな必要はないけれど。玉波先輩は今頃思緒姉ちゃんの部屋でパジャマパーティーと洒落込んでいることだろう。ガールズトークに花を咲かせていることだろう。そんな中僕がズカズカと入っていくわけにはいかない。
「……なに話してるんだろうな」
気になる。歳上の女子二人がなにをしているか。どんな会話をしているのか。新しくオープンしたケーキ屋さんの話でもしているのだろうか……いや、あの二人に限ってそれはないな。どちらかといえばテストや授業内容について話している光景の方がしっくりくる。
「…気になるなあ…」
「家内…」
「…!」
変なことで悩んでいると、ドアの向こうから玉波先輩の声が聞こえた。
「少し話がしたいんだけど…開けてくれる?」
「……?わかりました」
扉を開けると両手にコップを持った玉波先輩が立っていた。コップの中身はミルクティーだ。
「部屋、入っていい?」
「あ、どうぞどうぞ」
「ありがと」
玉波先輩は机に2つのコップを置くとそのまま床に座り、トントンと右横の床を叩く。
「座って」
「はい」
「……」
「……」
沈黙。玉波先輩から話が振られるかと思ったが、どうやらそういうわけでもないらし………ん?
「先輩?」
「な、なに!?」
「あ…いえ、お話ってなにかなーと」
「あ、あぁ!話ね!話!」
先輩の様子がおかしい。目が泳いでいるし、なによりテンパっているというか落ち着きがない。いつもの冷静な様子とは正反対だ。んー、そんなこともないか?意外と僕の前ではいつもこんな風な気がしてきた…。
「えっと…そ、そう!最近はどう?ちゃんと高校生活楽しめてるかしら。私との約束通りきちんと残りの学校生活を楽しむのよ」
「……」
いきなりそのことかあ…最近あまり楽しいと思えることがないというか、立て続けに事件とも言える出来事があって若干落ち込んでいた。もしかしたら玉波先輩はそんな僕の様子に気づいてくれたのだろうか。
「……やっぱり、上手くいってないみたいね」
「ま、まぁ…はい」
「野美乃さんと立花さんだったかしら?」
「…え、なんでふたりのことだってわかったんですか?」
「せ、先輩だもの!後輩の事情には多少は詳しいのよ」
「はぁ…」
なるほど、恐らくは思緒姉ちゃんからの情報か。
「解決しそうなの?」
「うーん、どうでしょう。今は二人から避けられていますから…」
「…そう。難しいわね」
「全く、難しいですね…」
玉波先輩がミルクティーを一口飲む。
「玉波先輩」
「どうしたの?」
「先輩はどうして今日ウチに泊まりに来たんですか?タイミング的には、もっと他の日でもよかったというか…こんな急に来る理由があるのかなと…不思議に思って」
「……知りたい?」
「し、知りたいです」
コップを置き、体育座りをした先輩は両膝を頬を抱えた腕に頬を乗せ、こちらを見つめながら言葉を続ける。
「楽しいでしょ。私といるの」
なんとも自信に満ちた一言だった。
「た、楽しいです…けど」
「私は家内と少しでも一緒にいたい」
「……」
「それが理由よ」
「なるほど…」
至極単純。僕と一緒にいたいから。そんな可愛らしい理由で玉波先輩は我が家に泊まりに来た。理由としては文句のつけようがないけれど、しかし年頃の女の子としてそう簡単に男子の家に泊まりに来てもいいものだろうか。まぁ、先輩は思緒姉ちゃんと一応同級生だから友達の家に行くという建前もあるのだろうけれど。
「…家内、せっかくいれたミルクティーが冷めてしまうわ。できれば残さず飲んで欲しいの」
「あ、はい!いただきます」
以前もこうして先輩のいれてくれたものを飲んだことがあるので、味だとかに不満はない。あるはずもない。先輩が用意してくれたものに偉そうに文句を垂れるほど僕の舌は肥えていないし、本当に美味しいので何杯でもいけそうな気分になる。
「美味しい?」
「はい!すごく!」
「良かった…」
先輩が微笑みながらふわふわとした髪を揺らす。絹のパジャマで、尚且つズボンが短い短パンのようになっており、白い素足が見えている。さらにはお風呂上がりのせいかものすごく甘い香りが先輩から漂ってきた。思緒姉ちゃんと同じシャンプーとリンスを使っている…否、使うように言われている僕もお風呂上がりの匂いはわりと良いと自分でも思っていたけれど実際、家族以外の女子。それも自分とは明らかに違う香りの持ち主が近くにいると妙な気持ちになってしまう。なんというか……こう…
「良い匂いですね」
「……え」
「あ」
つい、思ったことが声に出てしまった。今のはどうだ?ギリギリセクハラ…いや、セクハラ以外の何者でもなかった。
「す、すみません…なんでもないです……」
誤魔化すために再びミルクティーを口に含む。
「私の匂い…嗅ぎたい?」
「………………」
「家内になら私も嗅いで欲しいから…嗅がせてあげようか…」
「…………」
玉波先輩の声を聞き…夏休み前、新体操部の部室での自分のしでかしたことを思い出す。思えば、随分と長いことそういうことをしてなかった。できていなかった。…しちゃいけないことだからそれでいいとは分かっているけれど……チラリと先輩を見ると、その赤い二つの瞳が確かに僕のことをじっと見つめている。
「…家内、私のどこでも……好きなところ嗅いでいいよ」
「……っ!」
思わず手が伸びそうになってしまうのを必死に抑える。ここでは流石にまずい。いやどこでもまずいけど…自宅…それも自分の部屋は絶対ダメだ。壁一枚向こうには妹や姉がいる。僕が一人で何かしているならともかく、もし玉波先輩に変なことをしていてバレたなら下手すれば殺されるかもしれない。
「あ、有難いお言葉ですけど…ここでは……」
「大丈夫、真実ちゃんも家内さんも寝てるから。少し乱暴にしてもバレないわ」
「らっ…乱暴に…?」
ゴクリと喉を鳴らし、先輩を見る。艶やかな白色のシルクのズボンから伸びた病的なまでに白く細い足に太腿。乾かしてそれほど時間が経っていないからかいつもよりもふわふわとした羽のような白い髪が先輩の体を包み込むようにして床に垂れている。そしてなにより人形かと思うほど整ったその顔で僕を見つめ、そして先ほどの言葉を咀嚼するように続ける。
「乱暴にしてもバレないし、私は少しくらい乱暴にして欲しい」
「先……輩」
僕を惑わすような、そんな淫靡な表情を浮かべる玉波先輩を見て風呂上がりの体温がさらに上がって眠気が出てしまったのか、急に瞼が重くなる。
「ほら家内、来て?」
玉波先輩は僕を見ながら仰向けになり両手を広げて僕を誘う。意識が沈み込みそうになりながら、志向の鈍った僕は呼ばれたままに先輩に覆いかぶさった。
「玉波……先輩」
「そう、そのままおいで」
僕の首に先輩の腕が回されその胸に引き寄せられる。控えめだが、確かに存在する柔らかな感触に包まれながら、僕は意識を手放した。
「おやすみ…家内」
次回投稿は明日21時予定です。




