5話『ソツギョウ③』
「……」
「…はぁ〜お風呂気持ちよかったわ……家内さん?なにしてるの?寝てる?」
「なにもしてないわ。目をつぶって考え事していたの」
「そう…」
玉波さんが泊まりに来た日の夜、今日はハル君の部屋に行けそうもないので私は自分の心を落ち着かせていた。
「はい、これ」
「…なに、それ」
「ミルクティーよ私好きなの」
「だから、なぜ私の分まで」
「学園祭までの分のお礼。そんなに気にしなくていいわ」
「……それなら、一応貰っておくわ」
そういえば以前泊まりに来ていた時も彼女はよくミルクティーを飲んでいた。偶にハル君にも振舞っていた様子だったし、恐らくこれにも先ほど口にした言葉以上の意味は無いのだろう。
「……」
「おいしい?」
私がミルクティーを一口飲んだタイミングを見計らって、頬杖をつき笑顔を浮かべる玉波さんが感想を聞く。
「…普通のミルクティーね」
「そうでしょ?それでいいのよ」
「……玉波さん、貴女なにしにこの部屋に来たの?まだ寝る時間じゃないでしょ。以前ならハル君とイチャイチャしていたじゃない」
「なに、ヤキモチ妬いてるの?」
「……妬いてないわ」
「うーん、まあちょっと早いけど別に良いかな。聞いて家内さん、話があるの」
「……話?」
姿勢を正した玉波さんが真剣な顔で私に向き直る。
「伊藤さんから聞いたわ。今、相当拗れているみたいね」
「…そうね」
「あ、今あいつ余計なこと教えやがってって思ったでしょ」
「思っていないわ」
「……まぁ良いわ。それで、どうせ家内さん、貴女が関わってるんでしょ?」
「さぁ、私はあのふたりのことあまり知らないから…」
「そう。しらを切る気ね」
「……」
「分かった。それなら私が直接野美乃さんと立花さん?に話を聞いてもし私よりも家内のことを好きだと判断したら、私は家内から手を引くわ」
「……は?」
最初、彼女がなにを言っているのかが分からなかった。彼女の左右で少し色の違う目は、まっすぐ私を捉えている。
「本気?ハル君に一番近いのは玉波さん、貴女なのよ?」
「本気も本気よ。それに嘘ばっかりね。家内には近づけてもモノにすることはできないわ。だって、貴女がいるもの」
「……」
「良い機会じゃない。一緒に家内を卒業しましょうよ。私や貴女なら他に良い人がすぐ見つかるわ」
「…っ!ふざけないで。ハル君を諦めるなら勝手にしてくれて構わないから、二度と変なこと言わないで」
「…やっぱり、好きなのね。家内のことを」
「ち…違うわ。私は…別に…」
私とハル君は家族で、姉弟で、そして親子のようなものなのだ。子供の頃にこの感情が恋なんだと勘違いしていた時はあったけれど…私は……
「そ…家内さん、貴女が家内のことをどう思っていようが私には関係ないけれど、家内が幸せな高校生活を送るためには人間関係の修復は必須よ。送ってほしんでしょ?幸せな人生」
「幸せな…人生」
そう、私はハル君に幸せになってほしい。幸せに生きて、幸せに歳を重ねて、そして幸せなまま死んでほしい。苦しまず、一切の苦労をせず、私の隣で。
「貴女がわざわざ今年復学した理由もそれでしょ?家内の幸せのため……いえ、これは多分私欲も若干入ってるかしら」
「……」
「とにかく、家内と周りの人間関係の修復には、貴女の力が必要不可欠よ。ね?お願い。力を貸して」
「私は……恋…なんて……」
思考がまとまらない。
「そうだ、話は変わるんだけれど、貴女は家内の初めてはどこまで奪ったのかしら」
「……?」
「ほら、結婚するかもしれない男の子がその姉としてたらちゃだと嫌でしょ?貴女あんな本まで集めてるんだもの。不安になるわ」
「…ハル君は……まだ…私は……ハル君を襲ったりなんか………」
「家内さん、眠そうね。真実ちゃんはミルクティー全部飲んでくれたのに…ねえ、家内さん。お母様やお父様は今日帰ってこないのかしら」
「……」
「眠ったかしら?……大丈夫よ家内さん。さっきは諦めるとか手を引くとか言ったけど、家内は誰にも渡さないから。もちろん、貴女にも…私を見つけてくれた彼を渡してたまるもんですか。」
「よいしょっと。しかし重いわね。……全く、なにを食べればこんなに育つのかしら」
真実ちゃんもぐっすりだし、あと気がかりといえばお母様達だけれど、まあ家内曰くいきなり出かけることがしばしばあるみたいだし、今は気にするだけ無駄ね。
「さて……」
私は家内さんに入念にチェックされた鞄、ではなく今日着てきた服の内ポケットからあるものを取り出した。
「………やっぱり辞めておこうかな…い、いや!これが最後のチャンスかもしれないし、それにあんな本見せられたから……」
部屋の隅でひとり悶える。
「よし…やってやるわ。私の方が家内より歳上なんだから。エスコートしてあげなくちゃ…それにこれを使えば問題ないはず…」
一緒に取り出した小瓶を見てから、家内さんの部屋を出る。家内は今ちょうどお風呂に入ってるはずだ。
「…一緒に入るのはダメね。私が恥ずかしくて死んじゃうわ。うん」
キッチンに移動して、慣れた手つきで家内のコップを取り出してミルクティーを淹れる。そしてそこに先ほど取り出した小瓶の中身を入れ、よくかき混ぜる。
やることのなくなった私は、冷蔵庫の棚の上に置かれてあった電子レンジに反射したの顔を見て呟く。
「…覚悟を決めなさい私。今日私は家内に……最愛の人に処女をあげるんだから…こ、怖いことなんてなにもないはずよ……」
頬を2回ほど叩き、私は息を吐いた。
次回投稿は明後日です。




