1話「マタアシタ」
「ハル君…どうして勝手に出かけたの?」
現在おおよそ正午を過ぎた頃だろうか?僕は家の2階、思緒姉ちゃんの部屋でお説教を受けていた。
「ま…まあまあ思緒姉、兄貴も反省してることだし!ね?もう許してあげてもいいんじゃない?」
何ということだろう、あれだけ僕に対してプンスカしていた妹が僕に助け舟を出してくれている。
「真実、ハル君は体調不良で学校を休んでいるのよ?こんな暑い中外を出歩くなんて自殺行為だわ…」
「そ、そうかなあ〜?」
「そうよ」
「そっ、そっか〜あは…あははは…」
あぁ、やはり妹では姉には勝てないのか簡単に押し切られてしまった。思緒姉ちゃんは怒ると怖い。物凄く怖い。怒鳴ってきたり、手を出してきたりするようなことは一切無いが淡々と冷静に、諭すように説教するので結構精神的にくるものがある。さらにタチの悪いことに弟と妹は兄と姉に逆らえないという、全国共通のルールが僕たちにも適応されており今の今まで姉との喧嘩に勝ったことは無かった。
だがしかし、ただ叱られるだけでは男としてのプライドが…弟としての反骨精神が傷つけられたままではなかろうか?ならばここは妹にカッコいいところを見せるついでにひとつぐらいは反論しておこうではないか。
「思緒姉ちゃん!そもそも俺もう元気だから!心配しなくても…」
声を出し抗議する僕を見て、思緒姉ちゃんはひとつ息を吐き清々しいほど堂々と、凛とした表情でこう言った。
「勃起。」
「……………うん?…………え⁉︎ちょ思緒姉⁉︎きゅ、急になにを…!!」
この姉は、いやこの女は今何と言ったのだろう。まさかとは思うが「勃起」と言ったのだろうか
「勃起」、確かに僕の耳には「勃起」と聞こえた
だが、考えても見てほしい
我が姉が、近所でも超美人で清楚なお姉さんで知られているあの姉が「勃起」、などと言う単語を口走ることがあり得るのだろうか?いや、ないない!
もし、今「勃起」と聞こえたのが聞き間違いではないのだとしたら、この記憶は僕の一生の宝物になるだろう。いや、なった!
「ハル君は今日、朝立ちしていなかったわ。これはまだ元気になってない証拠として十分よ」
「な"!!?!?!」
冷静な口調でとんでもないことを言う長女に思わず妹から変な声が漏れた。いったいなにを言っているのか、流石に妹の前でこれ以上恥を晒すわけにもいかず姉を問いただす。
「て、ていうかなんで思緒姉ちゃんがそんなこと知ったんだよ!!」
「お姉ちゃんは弟のことなんて一目見たら大体のことがわかるものなのよ。それにペニスが朝勃起することなんて何ら恥ずかしくないのよ、夜間陰茎勃起現象は男性なら誰にでも起こりえる生理現象なんだから。」
「え!?そうなの!?」
なんということだろう、姉という生き物には弟のことはなんでもわかる能力が備わっていたのか!これでまたひとつ頭が良くなった。
「そ、そんなわけないじゃん!!」
ここで、先ほどまで口をあんぐりと開けて驚いていた妹がようやくツッコミを入れた。
「思緒姉も急に変なこと言わないでよね」
「私は別に、変だとは思わないのだけど」
「いや、十分変だから!あと兄貴もとっとと謝って!もうこの話はお終い!」
「わかったわかった…学校休んだのに勝手に外で歩いて悪かったよ」
「わかってくれれば良いのよ。ハル君」
結局、真実の鶴の一声により事態は一応の収束を見せた。
その夜
「兄貴、お腹空いたー!なんか作ってー!」
「たく、しょうがないじゃあチャーハンでも作るとするか」
「ハル君、手伝うわ。」
気がつけば、1週間口をまともにきいてくれなかった妹と自然に会話ができている。まさか、思緒姉ちゃんの説教はここまで計算に入れたものだったのだろうか。もしそうだとするなら姉にはやはり敵わない。
ーーーーーーーーーーーー
結局、姉と妹との3人で仲良く休みを過ごした僕は次の日ようやく学校へ行けるようになった。もちろん、学校に行ったって真面目に授業を聞く気なんてさらさらない。
「おい家内、お前ズル休みか〜?わっはっはっ!」「バッ!ち、ちげーやい!」
なんて、冗談話を言い合う友人もいない。もしかしたら、立花なら教室に着いた時そんな感じで話しかけてくれたりするのだろうか?
「いや、あいつに限ってそれは無いか〜」
立花といえば、僕は部室でのアレを1日我慢していることもありかなりワクワクしている。まるで犬が餌の前で待てをされているような状態を丸一日継続されたようなものだ。もはや学校に行く目的と化しつつある立花との関係は、僕を僕たらしめるに十分すぎるほどの《ヒミツ》として君臨しているように感じた。
教室に着くと、予想通りというか当然のようになにもそれらしいイベントは無かった。特に変わらないいつも通りのクラス。担任がSHRの時に「元気になったのね!良かった良かった」そんな一言をかけてくれただけだった。まあ、最初から期待なんてしていないのだから気にするほどのこともない。
ただ、ひとつ気がかりな点がひとつあった。
授業中、立花が僕のことをずっと見つめてきたのだ。
見つめる、というのは言い方が可愛かったかもしれない。正しくは僕の事を品定めするように、見ていた。その目におおよそ感情は読み取れず、僕は若干恐怖しながらも昼休み、いったいどんなことをさせられるのかただただ気になっていた。
12時30分
昼休みを知らせるチャイムが鳴ると同時に、僕は教室を出ようとしたが社会科の授業が思いのほか伸びてしまい結果として5分ほどのロスが生じた。
一刻も早く、部室に行きたい…はやく…早く!
頭の中で叫びながら一心不乱にあの部室を目指し、とうとう僕は辿り着いたのだ。
しかし、5分…10分…15分…待てど暮らせど立花は部室へとやってこない。友達に捕まっているのだろうか?今までの傾向だと昼休みに入って10分以内にここにやってきていたはず…
「はぁ…はぁ…くそっ…」
まるで焦らされているかのようにただ過ぎる時間は僕をとてつともなく興奮させた。待てば待つほど、これからすごいことが起きるのだと…そう予感させるのだ。
しかしこれは、どうにも耐えられそうにない…僕は仕方なく立花のロッカーを開け、中身を…
「無い?なにも無いぞ!?」
鞄も、靴下も、タイツも、タオルすらもロッカーの中には無かった。心臓がドクンと跳ねて、我慢できない欲求がさらに湧き出してくる。
ほかの、他の部員のロッカーに手を伸ばすか…?
いや待てと、頭によぎる代案を即座に否定する。この時僕は、無意識のうちにこの部屋で行う行為そのものよりも立花を…自らに《ヒミツ》を与えてくれた人間の存在をただ求めていただけのようにも思う。限界を感じ、立場のロッカーの香りを嗅ぐ。普段より臭いは薄く感じるが、確かにここに立花がいるかのような感じがした。
ガチャリ、とドアの開く音が聞こえ女子生徒…立花あきが入ってきた。
「…!立花っ!」
さらに、心臓の高鳴りが大きくなるついに、ついにこの時が来たのだ。昨日我慢したのだから、今日はとてつもないことをされるに違いない。僕は今にも立花に飛びつかんばかりに、息を荒げ彼女を見る。一歩、また一歩と近づいて、ついに僕と立花の距離が教室にいる時よりも近くなる。
僕を見た立花が一度嗤う。
「あははっ」
目を輝かせて玩具を見るようで、悪意すらこめられているのではないかと思ってしまうほどの汚い笑顔を見て感じた。ひたすらに乾くなにかを
命令されれば、すぐにでも実行にうつす。
だから…はやく!はやく命令を…ーーーーーー
「待て。」
「えっ…」
「待てって言ったの。」
限界を迎えつつある僕に突きつけられたのは無情な命令だった。
「家内くん、昨日休んだよね?」
「いや、それは前日に体調が崩れたからであって…」
「休んだ、よね?」
「あ、はい…休みました…」
有無を言わさぬその圧力に思わず押され気味になる。
「私、言ったよね。一昨日」
「な、なにか言ってたか?特に変わったことはなにも言ってなかったように…」
「また明日…」
「え?」
「また明日ねって、言ったよね?」
この時、背中になにかがズルズル這いずるようなそんな悪寒がした。一昨日彼女は去り際確かに言っていた。
「今日はもう終わり、また明日ね‼︎」と
彼女の言うことには絶対服従。なるほど、僕は知らず知らずのうちに僕と彼女の《契約》に対して違反行為を働いていたのか。
納得した。納得してしまった。
だからこそ、これから立花に言われたことを僕は守らねばならない。厳守し、尊守しなければならないのだ。
「悪い子にはお仕置きが必要だねっ」
邪悪な笑みを浮かべながら立花が言う。ゴクリと喉を鳴らし、僕は支持される命令をただじっと待つ。
「待て。明日のお昼まで。いい子で我慢するの…わかった?」
散々焦らされ、ある意味我慢の限界に達していた僕にとってそれは非情な判決だった。出入り口へと歩き出し、ドアを開けてから立花は振り返る。
「家内くん、また明日…ね」




