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文身(1)

 明治の初めに、唐獅子権左という彫師(ほりし)がいた。幕末の頃から評判が高く、多くの博徒や町人、或いは遊女などが、引きも切らず彼のもとに押しかけてきたものである。


 人間や自然の風物、物の怪の類など何でも頼まれるに任せて彫ってきたが、ある時、入墨会なるものが開かれ、権左のものが最優秀となった。これにより彼の名声は一気に高まる。


 この時の彫り物は、ある鳶の男に施したものであったが、背中からまとわりついた龍の首が下腹部にまで達しており、今にも男の陰茎を食いちぎりそうなほどの迫力であったという。


 しかし権左自身は到底そんなものには納得しておらず、もっと世間をあっと言わせるようなものを彫ってみたいものだと思っていた。


 ところが明治の御代になり、文明国家を目指す政府からかつてないほどの厳しい禁令が発せられる。権左もこれにはすっかり落胆してしまった。


 俺ももういい加減な年になったし、そろそろ年貢の納め時のようだ。これを機会(しお)に引退することとしよう。


 そんなことを考えていた矢先のことである。

「御免よ」

 着物に帯を締めた一人の男が、ふらりと彼の家を尋ねてきた。


 佐倉虎五郎という、いま売り出し中のやくざである。


「へえ――」

 虎五郎は部屋の中を無遠慮に見回しながら言った。

「有名な彫師だというから尋ねてきたが、こんな小汚ねえ所に住んでいたとはな」

「何の用だ」

 権左はぎろりと相手を見据えて言った。


「いや、何。ちょいとてめえに、彫り物をしてもらおうと思ってな」

「何を寝惚けてやがんで。おめえなんかにゃ用はねえよ。とっとと()せな」


「何だと、おい。てめえに用はなくてもこっちにはあるんだ。折角の客人にいきなり何て言い草だ」


「あいにくと、こちとらお前のような礼儀知らずの注文は受けない主義でね」


 そう言われたほうは、はっとしたように居住まいを正した。


「おっと、こいつは失礼した。何せ商売が商売なだけに、こんな喋り方が身についちまって――。このとおり謝るぜ」

 虎五郎は素直に頭を下げた。


「ふん、それでもまだ気に食わねえが、それでどんな彫り物をしてもらおうってんだ」


「実はだな――おっと、連れがまだだった」

 男は、開けたままの玄関から外を振り向いて言った。

「おい、いいから(へえ)んな」


 そう声を掛けられて、一人の若い女が入ってきた。

 彼女を見て、権左は息を呑んだ。


 15年前、ここを出ていった妻に瓜二つだったからである。しかも妻は、まだたったの2歳だった娘も勝手に連れ去っていたのだった。


「どうだい、いい女だろう。こいつは売れっ子の芸者だったんだが、この俺が身請けしてやった。それでもって、今度祝言を上げることにしたんだ」

 権左の驚いた顔を見て、虎五郎は得意そうに言った。


「ついては、お(たげ)え死ぬまで裏切ることがねえってことの証に、起請彫をやってもらおってことになってね」


「……それで、おめえさんの名は?」

 権左は食い入るように女を見ながら尋ねた。

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