願い
男は女を優しく見つめながら言った。
「僕はいつもここにいるよ。そしてずっと君のことを見ているからね」
女は思った。
何言ってるんだろう、この人は。
その若さで、脳卒中で寝たきりになるなんて、放蕩三昧の挙句に、不摂生をしたのが祟ったんだ。
もういいわ。すぐに、あなたを私から解放してあげる。
あなたが望んでいた自由をあげる。
死という永遠の自由を――
しばらくして男は死んだ。
男の友達が通夜にやってきた。
「どうぞ、主人と最後のお別れを」
男の妻が白い布を取ると、遺体の目がぎょろりとこちらを向いた。
男の友達は、彼とばかりではなく、彼女とも別れる決心をした。
友達がそばを離れると、男は妻のほうを振り返った。
……僕はずっとこうして、君だけを見ているからね。
弔問客の誰も、そんなやりとりには気づかないようだった。
彼女は素知らぬ顔をして、白い布を元に戻した。
いいわ。あなたの思いどおりにしてあげる――
女は男の顔をデスマスクに取り、居間の壁に飾った。
女は毎晩、イブニングドレスに身を包み、ソファにゆったりと腰掛ける。それから、男が地下室で大事に貯蔵していたワインをグラスに注ぎ、男に向かって掲げてみせる。これで願いが叶ったわね――とばかりに。
まだだ――男はデスマスクの奥から女を見ながら思った。
百本あるワインの一本に、男は生前、毒を仕込んでいたのだった。
――了――