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文身(9)

(なあに)い?」

 仁王像のごとく大きな目玉を剥く。

「胸も駄目に決まってるじゃねえか。あっ、さては何のかの言いながらやっぱり――。この助平爺いめ!」


「胸に施すのは、お(めえ)さんのほうにだよ」

 権左は澄まして答える。


「じゃあ、こいつには?」


「背中だ。肩甲骨の辺りにな」


「なぜだ。お(たげ)えの愛を誓い合うんだから、同じ場所のほうがいいに決まってるじゃねえか。……そうさなあ、二の腕なんかどうだい?」


「この唐獅子権左の最後の大仕事なんだ。何も分からねえトウシロに余計な口出しはされたくねえ。黙って俺に任せるがいい」


「む、むむ……」

 喧嘩っ早いが、弁のほうはからっきし駄目な虎五郎である。言い返そうにも、すぐには言葉が出てこない。


「親父さん――」

 見るに見かねたように、さくらが割って入った。


 親父さん……?

 権左はどきりとして、彼女を見た。


 いや、そんな筈はない。もし実の父親だと分かっているなら、おとっつぁんと呼ぶだろうから……。


 さくらは、そんな権左の気持ちを知ってか知らずか、相変わらずまっすぐにこちらを見つめながら言った。


「幾ら何でもそれは余りというものですよ。この人は乱暴者ではありますが、根は正直でいい人なんです。今も自分の気持ちを誠実に伝えて、訳を聞こうとしたんじゃありませんか。

 それを、何です。かりそめにも一家の親分ですよ。その人に対して素人が口を出すなですって? 傲慢にもほどがありますよ」



「む……、むむうっ」

 今度は権左のほうがうなる番だった。

 

 顔を横に向けて、しばらく奥歯をぎりぎりと噛み締めていたが、やがて虎五郎のほうを向いて言った。


「親分さん、こいつは俺が悪かった。この娘さんの言うとおりだ。このとおり謝るぜ」


「お、親分? ……い、いや、分かってくれりゃあいいんだ。で、どうなんだい? 訳を聞かせてくれるかい?」


 権左は自分の胸を拳でとんとんと叩きながら答えた。


「お前さんのその嘘偽りのない気持ちがだね、こう心の臓を貫き、彼女の背中にまで達すると、こいうことだ。一方、彼女の誠も同じく心の臓を貫いて、お前さんの胸に達すると、まあこういう趣向なんだがね。どうだい?」


 虎五郎とさくらは、しばらく顔を見合わせている。二人で頷き合うと、虎五郎が言った。


「いいじゃねえか。そんなことなら、初めから勿体ぶらずに教えてくれたらいいものを。――なあ、さくら」


「自分の仕事については、つべこべ人には説明しねえ流儀なんだ。あれこれ能書きをたれる職人ほど、たいした仕事はしてねえからな」


「なるほど、よく分かった。あんたの仕事がどれほどのものか、この虎五郎もしっかりと見定めさせてもらうぜ」

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