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文身(8)

 あの時の情景を思い出して、危うく涙ぐみそうになったが、それをぐっと(こら)えて言った。


「あんたのその名前は、おっかさんが付けてくれたに違いない。それを呪っているなんて、そんなこたあ言っちゃあいけねえよ」


「分からねえ親父だなあ。いいか、本人が大嫌(でえっきれ)えだって言ってるんだから、大嫌えなんだよ。何が桜の花一輪だ。勝手なことを抜かすんじゃねえ」


 そう横やりを入れたとたん、

「お(めえ)はすっこん出ろ!」

 と一喝される。


 余りもの剣幕に、さすがの虎五郎も一瞬ひるんだ様子。

 権左は、なおもその相手を鋭い眼光で射すくめるようにして見ていたが、すぐに娘のほうに顔を戻した。


「あんたのおっかさんが死になすった時は、ちょうど桜が満開だった。だからこそ、花の散るのを見るのが(つれ)えんだろう? だったら、この唐獅子権左が二度と散ることのねえように、その身体に刻みつけてやろうじゃねえか」


 向こうはそれにたじろぐどころか、逆にまっすぐに見つめ返してきた。その視線を決してこちらから()らすことなく、何と答えたものかじっくりと考えているようだった。


 二人は突っ立ったまま、しばらく睨み合っていた。虎五郎は訳も分からず、そんな二人を代わる代わる見比べていた。実の父娘とも知らずに。


「いいでしょう」

 と、さくらは答えた。

「あなたの技量がどれほどのものか、この目でしかと見定めてさしあげましょう。ただし口ほどにないものだったら、私はあなたを軽蔑します」



 ふん。そういう向こう意気の強いのところも俺譲りだぜ。それにしても、この娘は、なぜこうも俺に対して敵対心のようなものをむき出しにしてくるのだろう。


 もしや……?


 ふとそう思ったが、まさかそのことを直接確かめるわけにもいかない。それに、おマサからは俺は死んだと聞かされているんだ。そんなことはけっしてあるまい。


 権左はそう思い直すと、言った。

「承知した。受けて立とうじゃねえか。よし、そうと決まったら、早速準備にかかろう。こいつは久しぶりに腕が鳴るぜ」


「おい、ちょっと待ってくれよ」

 虎五郎が慌てて間に入ってきた。

「俺は度外視かよ。俺はやっぱり花なんて軟弱なものよりも、剛毅なやつのほうがいいなあ。それが無理なら、せめて満開のさくらにしてくれ。こう、ぱあーっと豪勢によ」


「駄目だ」

 現下に否定される。

「起請彫なんだから、同じ文様にしなくっちゃな。だが、お(めえ)さんの気持ちだけはこの胸にとどめておいてやるよ」


 うーん……と、虎五郎はまだ不服そうであったが、さくらに腕を取られじっと見上げられると、つい鼻の下を伸ばし、合点承知の助がってんしょうちのすけだと言った。


「で、おやっさん。身体の一箇所だって話だが、いってえどこに彫るんだい? 女の内股に男が自分で施してやるなんて話は聞いたことがあるが、さくらのそんな所を誰にも見せられるものか。特に、あんたのような助平爺いにはな」


「馬鹿、誰が助平爺いだ」

 また、殴りかかろうとする。


 虎五郎はそれをよけながら、

「やれやれ、一体(いってえ)今日だけで何度バカと言われたことか。これじゃあ、天下の佐倉虎五郎も形無しだぜ。なあ、さくら」

 と言って、苦笑いをしている。


「で、どこなんだい?」

 と改めて尋ねると、

「胸だよ」

 と即座に答えが返ってきた。

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