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文身(6)

「そいつはありがてえ。おい、さくら――。あれっ、どこに行ったんだろう」


 すると、当人が入口からすぐに顔をのぞかせた。

「どうしてそんな所に? まあいいや。喜んでくれ。この頑固親父が、やっとのことで引き受けてくれたぜ」


 さくらは黙ってこくりと頷いた。心持ち頬を紅潮させ、唇は少し怒ったように一文字に結んでいる。


「何だ、やっぱり怖いのか?」

 すると彼女は、その口元をふっとほころばせた。

「何を今更――。あんたのような荒くれ者と添い遂げようかっていうのに、そんなものを怖がってどうするんですよ」


「そうだな……。さすがに俺が見初めただけのことはある。それならそうと、何を彫ってもらおうか?

 やっぱり俺は、勇ましいのがいいや。名前と同じ虎を彫ってもらおうかなあ。なにしろ竜虎って言うぐらいだから、龍にもひけを取らないだろう」

 と、ひとりでまくし立てている。よほど喧嘩で鳶の者に負けたことが悔しいと見える。


「あと、鳳凰、麒麟も悪くない。鬼稚丸(おにわかまる)大鯉(おおごい)を捕らえるってえのもいいな。いや、鯉ぐらいじゃ駄目だ。何とか言う英雄が龍をやっつける図柄があるだろう。そうだ、それがいい」


「全くこれだから、トウシロウってえのは……」

 権左があきれたようにつぶやく。


「ん? 何か言ったかい?」


「起請彫ってものは、深い愛を誓い合った男と女が、お互いに相手の名前か何かを自分の身体の一部に彫るものでね。例えば、さくら命ってな。だから、身体中にそんな仰々しいものを彫るようなものではねえんだよ」


「そ、そうなのか?」

 虎五郎が振り返ると、彼女のほうはよく心得ているのか、すぐに頷いた。


「うーむ、何だかそれじゃあ物足りねえような気もするが、仕方がない。そうと決まれば、今おやっさんが言ったとおり、さくら命でもいいぜ。

 それほど俺はお(めえ)にぞっこんだし、決して裏切ることもねえ。だからやっぱり、それが一番いいのかもしれねえなあ」


 問われたほうはしっくりこないのか、思案顔をしている。

 すると、権左が言った。

「図柄は俺に任せてくれねえか?」


「何だって?」

 虎五郎がまた目を剥く。

「俺たち二人が永遠の愛を誓い合おうってえいうのに、何であんたが決めるんだ。ふざけるんじゃねえよ。断る!」


「いやならいいんだよ。もうお前さんに用はない。とっとと帰ってくれ」

「な、何い!」

 虎五郎はそう声を張り上げたまま、歯をギリギリとさせている。


「あんた――」

 さくらが男の手を取って言った。

「私はこの人にやってもらいたい。だって、初めからそのつもりだったんだから」


「えっ?」

 虎五郎はきょとんとしたような顔をしている。


「この人になら、すべて任せていい。ねえ、あんた、後生だからこの人の言うとおりに。ねっ、お願い」


「おっ、おう」

 彼女の真剣な顔に気おされたように、男は思わず頷いた。


「嬉しい」

 胸に飛び込んできた彼女を抱きかかえながら、虎五郎はすっかり鼻の下を伸ばしている。しかし、権左が見ていることに気づくと、慌てて聞いた。

「で、おやっさん。図柄の候補でもあるのかい?」


「もう決まっている」

「えっ、もう? で、それは――」



「桜だよ。桜の花、一輪とする」

「何だと?」

 虎五郎は一度さくらの顔を見ると、今度は権左に対して射るような視線を向けた。

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