第六話 検証
◆鍛冶屋トーマ視点
幼馴染のドナと仲違いをして、四ヵ月が経った。
一応言っておくが、振られたわけでも、捨てられたわけではない。
そもそもボクはドナに対して異性としての感情をこれっぽっちも持っていなかったのだから。
そこはハッキリと言っておきたい。
ところでこの国の近況だが、魔の森の主が倒されたことで、北の森林地帯に人の手がは入るようになった。
特に、燃料の薪不足で困っていた北の領主達は大喜びで、王宮で勝利宣言がなされると大歓声をあげて喜んでいたそうだ。その様子から、領地の財政が火の車だった事が窺い知れる。
ところで、勇者にくっついて行ったドナや他の聖女達の噂は聞かないが、勇者とお姫様の婚約が決まったそうだ。
そういえば、あの時感じた違和感の正体は、ドナ達が勇者の妻になれるはずがない、という当たり前の事にその時は考えが及ばなかったからだ。
大体、ドナ達を連れて王家に婿入りしようとする勇者の行動は、まるで新婦の家に愛人達をゾロゾロ引き連れて行くようなものだ。
そんな厚かましい事が、平民の家でさえ許されないのに、王家で許されるはずがないのだ。
とは言っても、勇者本人だけでなく周りの人々にもそんな勘違いをさせてしまったのだから、勇者の称号って奴には、そんな人を惑わす不思議な力が宿ってるのかもしれない。
あと、ドナの事は帰ってきたら許してやろうと思っている。
別にボクに謝んなくてもいいけど、その代わり・・・
「やっぱり捨てられたんでやんの、ヴァーカ!」と1回ぐらいは言わせてもらおうと思っている。
それくらいの仕返しは許されるよね。
◆魔術師ファルメール視点
父の旧友の辺境伯に会いに行った帰り、王都へ向かう駅馬車の中で、他に有効な活用方法がないか、今一度考えてみることにした。
まずは、現状を整理してみよう。
再生魔石の燃料棒の大きさは、おおよそ長さ2m、直径15㎝である。
現時点では、これ以上の小型化の目途は立っていない。
これ以上小さくすると、発熱自体しなくなってしまう事が原因だ。
つまり、家庭用や移動用の製品への活用は難しく、大規模な施設向けだということだ。
次は活用できそうな大型施設を考えてみよう。
例えば、陶磁器などの焼き窯での利用はどうだろうか?
窯の温度は1000℃以上というから、おそらく今回も温度が低すぎて溶鉱炉と同じ轍を踏むことになるのではなかろうか?
それに、彼らは山を所有してる連中がほとんどだ。燃料の薪にも困ってもいないだろう。
そもそも、今まで培った火を扱う技術を捨ててまで、新しい技術に飛びつくとはとても思えない。
さらに、風呂などはどうだろうか?
公衆浴場などが残っていればまだよかったのだが、二百年程前に大流行した黒死病の影響で全て潰されてしまった。
そのおかげで現在、庶民の間では他人と風呂の水を共有することは、病気が感染するとして禁忌視されている。
対して豪商や貴族なんかは庶民とは異なり、遺跡から発掘される魔道具の風呂を買い求めているらしく、一種のステータスとかで、風呂の温度を自動で調節したり、風呂のお湯を常時洗浄して清潔に保つ機能があるだとかで自慢し合っているそうだ。
私自身が機械技師ではないので、どこまで機能を付けられるかはわからないが、
庶民には高価で手が届かなく、貴族には機能不足でみすぼらしい、そんな中途半端な風呂しか作れなさそうだ。異国の諺で言えば、『帯に短し襷に長し』というヤツになるんだろうか。
そういえば、その異国には湯屋なるものがあるそうだが、そのようなものがこの国にもあればと思わずにはいられない・・・が、所詮無いものねだりでしかない。
あとは暖房器具・・・大規模施設と考えたら、やっぱり城だろう。
地方の城や砦には、城主の部屋ぐらいしか暖炉が無いと聞いている。
雪を溶かして水を確保して、さらにお湯を使った循環システムならなんとかなりそうな気がしたが、機械技師ではない私にはそれ以上のことはわからなかった。
その辺りの話を聞きに、うまくいけば導入をと思い、辺境伯のところに行ったが、結果はダメだった。
まず信頼性がないと言われた。当然のと言えば当然の事である。
遺跡から発掘された魔道具は、千年以上ものでありながら今も稼働し、且つメンテナンスフリーなものが多い。自然故障したものなど聞いたことがないレベルである。
それに大抵の故障の原因は外的要因、もしくは後から我々が手を加えた部分が原因だ。
それに対して、錬金術の類で作られた品物はすぐ壊れると思われている。
もっとも、比較対象がアレではどうしようもない。
さらに、いくら安かろうと、軍事拠点である城や砦では、必要な時に動かなければ目も当てられない。
故障して火災が起きる可能性は? 耐用年数は? など尋ねられたが、機械についてはズブの素人の私には、とても満足に答えることは出来るはずがなかった。
結論としては・・・
どこかで運用実績を積まないことにはどうしようもない。
しかし、運用実績を積むための機会がない。
さらに、運用実績を積むための製品の具体案もない。
つまり無い無い尽くしである。
そんなことを考えてると、馬を交代させる駅逓えきていにようやく到着した。
馬車から降りると、沈む夕陽の方角に白い煙が出ているのが見えた。
◆女王エスメラルダ視点
「さて、今回の勇者はどうでしょうか?」
女王が興味なさげに宰相に問う。
「難しいですな。既に彼の者の目は、己の欲にかなり染まっていた、という印象を受けました。先程の会見で反省し、初心を取り戻してくれればいいのですが、おそらくは・・・」と苦々しく答える宰相
「どうしてこうなるんでしょうね。勇者に選ばれる前は、純朴で他者にも優しく、王家への忠誠も厚いと聞いていたのですが・・・過ぎたる力という物はこうも簡単に人を変えてしまう物なのでしょうか? しかもたったの二年で。もしかすると聖剣には、その者に強大な力を与える代償に、分を弁えぬ愚か者に堕としてしてしまう、そんな呪いでもかかっているかしら?」自嘲気味に話す女王。
「そのようなことは・・・実際、そのような振る舞いをする輩は極一部でして、歴代の勇者殿達に対して聊か失礼かと存じます。」
「冗談よ、本気で言ってるわけじゃないわ・・・」
かなり砕けた口調で宰相に答える女王。
そもそも、勇者には王家に対して果たすべき役目がある。
一つ目は国威発揚である。
国の内外に王家の威信を示すことが目的だが、島国である我が国では、大陸の国々に対してよりもむしろ国内をまとめるという意味合いが強い。
二つ目は王族の近親婚を防ぐ為である。
王家の血が濃くなるのを防ぐため、外部の血を取り込むのである。
近親婚が進むと、体や精神に異常をきたす子が産まれるようになる。
幼くして亡くなった第二王女も生まれた時から体が弱く、これも近親婚による影響と考えられている。
元々、島国のこの国では大陸の王家との婚姻が少なく、かつてこの地にあった四王国との政略結婚が主だった。
さらに統一後は公爵家となったそれらの王家とは、既に外戚関係である。
故に、平民の中から見目麗しく、健康で武芸に秀でた者を勇者とし、その武功と忠誠心に対しての恩賞として、王女を与えていたのである。
ただの平民からでは貴族達からの反対の声があがることがわかっていたので、わざわざ勇者にしていたのである。
逆に貴族からでは、多少の差はあれど貴族にも王族の血が入っており、さらに同格の貴族同士での近親婚が進んでいる。その上、その貴族の政治的影響力が強くなる事等を考慮すると、新しい血を取り込める折角の機会を無駄にはしたくないのである。
それに数十年に一度くらいでしか選ばれない勇者である。
平民に夢を与えるという意味でも、平民から選定されることが既に慣習となっていた。
それから少し間をおいて、宰相が再び口を開いた。
「となるとやはり、原因は女神教でしょうか?」
女神教・・・それは、この世界の最大の宗教である。
王家では王権神授の考えから、王は神から王権を授かり、その証として聖剣を与えられた。
王から聖剣を授けられた者、それが王の剣である勇者なのだと国民に広めているのだが・・・
それに対して、最近の女神教の解釈は、こうである。
『王は神から王権を与えられ、勇者は神から聖剣を与えられる。』
つまり、勇者は神の戦士であり、王家は聖剣の保管係という扱いだ。
教会の影響力を今まで以上に及ぼす為に、王の権威を下げ、あわよくば増長した勇者と敵対させて漁夫の利を得る、連中の思惑はそんなところだろう。
「取り敢えず、もうしばらく様子を見てみましょう。」
この話はこれで終わりと言わんばかりに、宰相に次の議題を促すのであった。




