08、初戦闘
「殺すなよ! 生きてる方が金額がでかい!」
「っは! 青の腕章が2匹、手玉だぜ! ウルフ共、行けェ!」
夜の山に、賞金稼ぎの大声が響き渡る。
そして、ウルフのおぞましい唸り声もだ。
真正面から、賞金稼ぎの男一人とウルフ4匹がこちらを目掛けて走ってくる。
「メルゥ!」
「大丈夫さリュイ君、君はそこから一歩も動くな! ただ、こいつらの位置情報を私に知らせるだけでいい!」
「はい!」
返事をしたその時、僕の視界にはメルゥ目掛けて飛び掛かる2匹ウルフが映った。
まずい!
と思ったのもつかの間、一瞬にしてウルフの姿が視界から消えうせる。その直後、遥か前方からズドンと鈍い音が聞こえてきた。
「くっふふ。飛び掛かるだけとは、芸が無い」
メルゥの尻尾がゆらりと揺れる。
どうやらアレでウルフを殴り飛ばしたらしい。
むちゃくちゃだ。
速すぎる。僕の目には見えなかった。
「ちょ、メルゥ。殺してないですよね? あの人達は僕を賞金首だと勘違いしただけであって」
「ちゃんと手加減してるよ」
「手加減してそれですか……」
本当にむちゃくちゃだ。
そう思ったのはどうやら賞金稼ぎの男も同じなようで。
「ちぃ、なんだあの小娘! 本当に青の腕章かぁ!?」
走る足を止めてバックステップ、一旦距離を取ったかと思えば、手の平をこちらに向けて突き出した。
「喰らえ!」
手の平から淡く発光する魔法陣が展開される。
近づけば尻尾の餌食になると判断した様子。
遠距離から攻撃を仕掛けるつもりだ。
けど、
「遅いッ!」
「うごぁ!?」
同じく手の平を賞金稼ぎへと向けたメルゥが叫ぶと、魔法陣が展開されることもなく、氷のツブテが放たれた。
襲い掛かる氷弾は賞金稼ぎに直撃。
その意識を狩り取る。
「す、すごい」
通常、魔法を使用する際には詠唱時間と呼ばれる『魔法陣を展開』から『魔法の発動』までのラグが生じる。
発動する魔法によって詠唱時間は異なり、効果の小さい魔法ほど詠唱時間が短いものなんだけど、無詠唱で魔法を使うだなんて初めて見た。
「……ッ!?」
おっと、見とれてる場合じゃない。
僕の背後に、
「メルゥ! 後ろに残りのウルフが2匹!」
「ほいきた!」
ウルフの叫び声。
叫号が後方から聞こえたかと思えば、メルゥが地面を叩くとすぐにそれは悲鳴へと変わる。
振り返ると、地面から突き上がる氷の柱に打たれたウルフ達が2匹、宙に舞っている最中だった。
ドシャっと落下したウルフに立ち上がる力は残っていない。ピクピクと体を震わせている。
また、メルゥは無詠唱で魔法を発動したんだ。
強すぎる。
キャストタイムの存在しない魔法なんて、勝てる訳ないじゃないか。
「どうだい見たかリュイ君! これが私の力だ!」
メルゥが腕を組んで得意気にふふんと鼻を鳴らす。
僕は惜しみなく称賛の拍手を送った。受け取ったメルゥは「いやぁ~」と頬を赤らめて照れていた。
「んで、残りは……どこだい?」
「はい、残りはって、ん?」
正面にもう一組残っていた筈なんだけど、いつのまにか地面に倒れていてピクリとも動かなくなっていた。
「あ」
そこで僕は思い出す。
「さっき、殴り飛ばしたウルフ」
どうやら、先ほどメルゥが尻尾でふっ飛ばしたウルフが、もう一組居た賞金稼ぎとウルフ達に直撃したようだった。
「そこまで計算していたんですか」
「いやぁ~」
照れるメルゥ。
可愛いなこの人。そして恐ろしい。
「でもメルゥ。まだ左右にもう二組ずつ残ってます! 油断は出来ませんよ」
そう注意を促すと、メルゥはつまらなさそうにあくびをかく。
「これだけやれば十分さあね。私達の力を連中を理解しただろう、勝てっこないってね。私の魔法にリュイ君の眼、逃れるすべはない」
ケケケと悪魔のように笑ったメルゥの、ニヤリと曲がる桃色の唇からちらりと牙が見えた。僕の背筋に冷たい悪寒が走る。
「私達の目的は迎撃だ、なにも殲滅じゃない。これ以上は大人気がないさあね」
両の手の平を左右へと向けるメルゥ。
茂みの奥からは「ひぃ」と小さく悲鳴が聞こえた。
「さあ、君達はどうするんだい? まだやるかい?」
開いた手の平をメルゥはぐぐぐっと握っていくと、急に辺りの空気が冷え込んでいく。
僕だけを避けて、地面に霜が降り、やがては氷の膜が張っていった。
一帯が凍てついていく。
「や、やめてくれぇ! 降参だ降参! だから殺さないでくれえッ!」
たまらず両手を上げた賞金稼ぎ達が茂みから姿を現す。攻撃した訳でもないのにブルブルと体を震わせており、顔からは血の気が引いていた。
完全に戦意を喪失している。
「頼む! 殺さないでくれ、お願いだ!」
「べ、別に殺すつもりはないし」
メルゥは可愛い唇を尖らせていた。
ぷくぅと頬を膨らませるおまけ付き。
「さあ散った散った! 私は忙しいんだからね!」
「は、はいいいいいぃッ~!」
大慌てで賞金稼ぎ達が地面で伸びている仲間とウルフを回収し、退散していった。
さっきまで慌ただしかった夜の山が、再び静けさを取り戻す。
「ははは、さすがは竜王様ですね」
また、僕はちょっとした拍手をメルゥに送った。
強いだなんてもんじゃない。強すぎる。
メルゥ一人でジャシー様も相手に出来るんじゃないかな?
出来るに違いない。
だって、メルゥはジャシー様のお師匠様なのだから。
強がって僕も戦うと啖呵を切った自分が恥ずかしくなってくる。僕、正直に言っていらないじゃん。
「守ってくれてありがとうございます」
「くっふふ、いいよいいよ。まさかここまで賞金稼ぎがやってくるなんて、失念していた私が悪い」
それに、とメルゥは続ける。
「今回の戦闘で私の力は分かっただろ? これが君の手となり足となり、魔物と戦う力となるんだ」
なんて言い出す。
確かにメルゥの強さは嫌って言うほど分かった。
これ程の人が迷宮へ一緒に付いて来てくれるなんて、とても心強いと思う。でもそれはパートナーとしての話だった筈。
「メルゥ、手となり足となりって言い方は、ちょっと違う気が……」
「リュイ君、それこそ違うさ!」
メルゥは強く否定した。
そして、僕の手を握って言う。
「だって私は、君の使役獣なんだから」
僕はこうして、メルゥを連れて迷宮へと挑むことになった。