07、賞金稼ぎ
夜。ホーホーと野鳥が鳴いている。
窓の外を見てみれば、まんまるとした月が、雲の隙間からこちらを覗いていた。
「でね、でね! ああ、次はどんな話をしようか!」
「なんでもいいですよ」
メルゥに今日はお泊りだ! って言われてからどれくらい時間が経っただろうか。
メルゥの口が塞がる様子はない。
今夜は本当に夜更かししそうな空気だった。
竜王様は普段どのくらい睡眠をとるんだろう。
「やっぱり人の子とお喋りするのは楽しいなぁ!」
メルゥはルンルンと言い放つ。
そしてなんでか、ろうそくの火を吹き消した。辺りが真っ暗になる。
メルゥは窓から見える満月を背後に、
「さあ、いっぱいお話をしようじゃあないか!」
と言って、ぼすっとベットに寝転がった。
「どうして火を消しちゃうんですか」
「その方が雰囲気出るだろう? くふふ、今夜は君の英気も精気も全て絞り取ってやろうかぁ!」
サキュバスかな?
「もう、冗談やめてくださいよ!」
「くっふふ! リュイ君は本当に面白い人だなぁ」
楽しそうに笑ったメルゥはベットの上でゴロゴロと寝転がっている。
そんな彼女の姿を見て僕は、
話し相手が居なくて寂しかったのだろうか、
なんて思ったりした。
肉親に先立たれた僕としては、ちょっぴりその気持ちが分かるんだ。
昨日はこんな出来事が、今日はこんな出来事が、そんな会話を普段から出来る人が居ないと寂しいもんなんだよね。
「そうだ。次はジャシーの話でもしよう!」
人差し指を立ててメルゥが提案してくる。
「それは是非ともです!」
ジャシー様の話は、僕としてはすんごく気になる。
普段はめったに人前に出てこないから、どんな人かもよく知らないんだ。
聖都を管轄する聖法騎士、そのトップである掃滅のジャシー様。メルゥの口から彼のどんな武勇伝が聞けるのだろうか。
考えるだけでワクワクしてくる。
聞くにメルゥはジャシー様のお師匠様だそうな。
色んな話を知っているんだろうなぁ。
「今では【魔帝】だとか【掃滅】だとかカッコ付けた二つ名で呼ばれてるジャシーだけどね」
「ふむふむ」
「昔はすごく泣き虫だったんだよ。少し怒っただけで『ごめんなさいメルゥ様ぁ~』って泣きついてきたもんだ、くっふふ」
「え」
それは聞きたくなかったなぁ。
「あの、そういうのじゃなくて。もっとこう……あるじゃないですか、武勇伝とか。それこそ英雄譚とか。僕、もっとジャシー様のかっこいい話が聞きたいです」
「かっこいい?」
コテンと首をかしげるメルゥ。
「どういう反応ですかそれは!」
「くっふふ。私にとってジャシーも人の子ってことさあね。まあ、あいつは私にとって最も……」
一瞬、ピクリとメルゥの尻尾が小さく揺れた。
一呼吸を置いて、メルゥはベットの上に立ち上がった。その視線は窓の向こうへと向けられている。
「ウジ虫が湧いてきたようだね。さあ、害虫駆除と行こうじゃあないかいリュイ君。そんなにかっこいい話が好きなら、私を見ているといい」
「害虫? うわ僕って虫が苦手なんですよ」
「そういうんじゃなくて!」
と、メルゥ僕の手を取って外へと連れ出した。
そういうんじゃなくてってどういう意味だろう、そんな事を考えていると、すぐにその答えが周囲の茂みから姿を現す。
「っち。明かりが消えたから寝静まったもんかと思ったぜ」
人だ。
それも複数。
そして彼らの傍らには、鎧を着た獣『ウルフ』がわんさかと居た。夜行性の猛獣で、夜の狩りにめっぽう強い使役獣。
「な、何で、賞金稼ぎがこんな所に」
彼らが身に纏っている黒装束。
そして鎧を着たウルフ。
見れば分かる。
聖都を拠点とする賞金稼ぎ達だ。
「まず、狙いはリュイ君だろう」
メルゥが庇うように僕の前に立つ。
「ぼ、僕が狙いだなんてどうしてですか。確かに竜王様を怒らせたって指名手配したって言ってましたけど。その疑いは、もう晴れたって、取り消したって」
「それは今日の昼のこと。聖都がリュイ君の疑いが晴れたって声明を出してもだよ? 既に君を狙って外へ出てた連中の耳には届かなかったのかも」
た、確かに。
じゃあもう僕への疑いが晴れたって彼らに説明すれば、
「無駄さ」
一歩前に出た僕の意図を読んだのか、メルゥが止めてくる。
「賞金稼ぎが賞金首の話を聞くと思うかい?」
「そ、それもそうですね」
だとしてもこんなの理不尽じゃないか。
なんだってこう連日で狙われなくちゃいけないんだろう。
くそう。
うだうだ言ってもしょうがない。
どうにか打開策を。
なんて考えている内に、賞金稼ぎ達とウルフ達がワラワラと湧いてきた。
ひぃふぅみぃ……。
うわ、【赤の腕章】をしたBランクの賞金稼ぎが6人。そしてウルフが24匹。
こっちは2人しか居ないのに。
僕は焦る。
けれどもメルゥはなんだか楽しそうだった。
「メルゥ、何か武器はないですか」
「くふふ、安心してリュイ君、私が守ったげるから。なんてったて私のご主人様なんだからね」
それは心強いです。
でもですよ?
「でもメルゥは竜王様って事を皆に隠しているんですよね? 人の姿で賞金稼ぎ達と戦えるんですか?」
「この姿でもあいつらなんかへっちゃらさ」
大丈夫だよ、と言ってメルゥはにこっと笑った。
僕はなんだか恥ずかしくなる。
女の子に守られるだなんて、男として恥ずかしい!
「ぼ、僕も戦います!」
「無理しなくてもいいよ。今は武器が無いんだろう?それに君、弱いんだろう?」
「うぐっ……! た、確かに弱いですけど、僕だってサポート出来ます!」
「へぇ、どうやって?」
その方法は《索敵》と呼ばれる『アビリティ』で。
僕みたいな力の弱い召喚術士達は、身を守る術に長けている。その術とはアビリティ、それは冒険家が持つ個々の《能力》のことを指す。
今回、僕が使用するアビリティ《索敵》は、敵の数と位置を把握する能力だ。
夜の闇でどんなに暗かろうとも、目を凝らせば良く分かる。
「メルゥ。正面に2人。左右にも2人ずつ。それぞれにウルフが4匹付いています」
敵の位置は随時伝えますと言うと、メルゥは「ほぅ」と漏らしてなんだか感心しているようだった。
「この暗がりでよく分かったね」
「そういう能力です」
「なるほどね、良い眼を持ってる。サポートとしては十分」
言ってメルゥは正面に向き直る。
僕が後衛、メルゥが前衛。
一応の定石だろうか。
召喚術士達はこういった陣を組むことが多い。
それぞれサポート能力に長けた召喚術士または使役獣が後衛、後ろに付く。反対に戦闘能力に長けた方が前衛、前に付く。
ただ、魔物であるウルフを4匹も連れた賞金稼ぎ達は正面に2匹、背後に2匹と亜種的な陣を組んでいるようだった。
でも、負ける気がしない。
僕にはあの竜王メルフィーヌ様が付いているんだから!
「さあ、君と私にとって初めての共闘だ!」
「はい!」