06、再び竜王様の自宅へ
その後。
オルムさんからお父さんの腕輪を受け取り、大聖堂を後にした僕は、メルゥに『暇なら私に家においでよ!』と誘われ、竜王様のご自宅に訪れた。
座ってと言われて僕が椅子に腰を掛けると、その隣にメルゥが座る。
「リュイ君、その腕輪は?」
「あ、これですか?」
手首に着けられた腕輪に興味津々と聞いてきたメルゥに、僕はこの腕輪を受け取った経緯を話した。
「へぇ、君の両親は白銀だったんだ?」
「そうなんですよ! 僕びっくりしちゃって!」
「じゃ、君のその青い腕章も、もしかしたら白銀の腕章になるかもしれないねぇ」
それオルムさんにも言われたなぁ。
「僕には到底無理ですよ。だって弱いですし」
なんて弱音を吐いてしまう。
白銀だなんて、雲の上、そのまた向こうの存在だし。
けれどもメルゥは自信満々にこう言い出す。
「だいじょぶ、リュイ君には私が付いてるからね! 迷宮に居る魔物なんてへっちゃらさ!」
「ええ!? いや、確かにメルゥは僕の使役獣になっちゃいましたけど……、竜王様が迷宮まで付いてきたら、色々とまずいんじゃないですか?」
そうだ。
迷宮へ行くには、管轄する聖法騎士団に許可を貰い、冒険家としてじゃなきゃ行けない事になっている。
メルゥならそこは強引にどうにか出来そうだけど、僕と行動するなら色々と厄介な事になってしまいそうだ。
「そこも大丈夫! 既にジャシーを通して、リュイ君が在籍するギルドへと話は伝わっているからね!」
い、いつの間に!?
「それじゃあ、メルゥも迷宮へ?」
「ああ、そうさ」
「でもどうやって?」
「人の姿でリュイ君の使役獣ですって言っても信じて貰えないだろうし、ましてや竜の姿でなんて問題外、大騒ぎになってしまう」
だからね~? とメルゥはもったいぶって続けた。
「ギルドの新人冒険家、青の腕章として迷宮へ行くことにしたんだ! くっふふ、これなら怪しまれないだろう?」
「ほ、本気ですか!?」
「本気だとも!」
ふふんとドヤ顔のメルゥは『これが証拠さ』と言って【青の腕章】を取り出しだ。それを腕に巻いてさらにドヤ顔をかます。
「未来の【白銀】リュイ君のパートナー、それが私メルゥさ!」
バァーン!!
と効果音を背後にしてドヤ顔にドヤ顔を乗せるメルゥ。
かっこいい!
って違う!
「メルゥを冒険家になんて……。怪我でもさせちゃったら、僕は心配ですよ」
「ん、じゃあ君が守ってくれ。私も君を守る。それがパートナーってもんだろう?」
「それもそうですけど」
「何やら腑に落ちない顔をしているね? 私がどうしてリュイ君と一緒に迷宮へ潜りたがるのか……、その訳を聞きたいのかい?」
「は、はい」
「くっふふ。それはだねぇ……」
意味深な笑みを浮かべたメルゥはつつーと体を横に滑らせ、僕に密着してくる。どきんっ、と僕の胸が跳ねた。
ちょ、密着し過ぎ……。
「君のか細いこの体のどこに竜王を召喚し、従えるに至った力があるのか。気になるのも当然のことだろう? 観察したくなるのも当然のことだろう? 調べたくなるのも当然のことだろう?」
そっと、メルゥの白くて小さい手が僕の体に触れてくる。
「~~~ッ!」
なんだか一線を越えてしまいそうな気がした僕は、メルゥを振り解いて話を脱線させることにした。
「そ、そそそういえば、メルゥはジャシー様やオルムさんと仲が良いんですか!? なんだか初めましてって感じじゃなかったし!」
「可愛いなぁ君は」
「は、早く答えてください!」
「ふむ」
ちょっと無理やり話を捻じ曲げたけど、これは本当に思っていた事だった。誰も見たことがないと言われる竜王様の正体。まやかしだって言う人もいる。
それなのに、ジャシー様やオルムさん、そしてヘルヴ神官様、果てはあの場に居た聖法騎士達も皆、メルゥを知っているような感じだった。
「まあ、ジャシーは私の元弟子ね」
「え、弟子?」
「オルムは私の友達ね」
「友達?」
「けっこう大聖堂には遊びに行くから、割と私の事を知っている人は多いと思うなぁ」
あ、あれ?
なんだか僕の聞いていた話と違うぞ。
「でも、竜王様の姿を見た者は居ないって噂が」
「あくまで噂でしょ? まあ、それにだ、私の事を知っているのは一部の人間達だけ。ジャシーとその直属の聖法騎士達、そこにオルムが含まれる。そして神官達かね、私メルゥが竜王と知るのは」
「そ、そういう感じなんですね」
「だからさ、この人間の姿で聖都を出歩いても、他の人はただの小娘としか思わないだろうね。思ったとしても、この角とかを見て亜人としか思わないさ。そのための姿だし。バレると面倒だから、私が竜王だって事は皆に隠しているんだよ」
ああ、それなら納得だ。
現に僕もただの女の子としか思わなかった。
そうか、隠していたから、竜王様の正体をほとんど誰も知らないのか。
そんな隠し事をメルゥは「もちろん、リュイ君も秘密にするんだぞ」と僕に念を押し、椅子の背もたれに寄り掛かって、
「でさ、今後、君はどーすんの?」
と、話を変えた。
僕としては、
「明日は迷宮に潜ることになってるんで」
そう。僕は冒険家だ。
迷宮に潜ることを生業としている。
ゆくゆくは白銀になれたらな~って思っていたりもして。
今の僕には正直言って無理だろうけど……、
「ち~が~う~で~しょ!」
「うわっ!?」
耳元でメルゥに叫ばれた。
きーんと鼓膜が響き、じんじんと脳が揺れる。
「な、何がですか?」
「聞いたのは私とリュイ君の今後の生活についてだよ!」
こ、今後の生活?
もしかしてまだ結婚がどうこうの設定続いてる?
「…………」
僕は考える。
も、もしもだ。
僕が将来、お嫁さんを貰ったとする。
その子は僕と今後を共にする、使役獣的な意味じゃない文字通り生涯のパートナーになるんだ。
もしもだよ。
その女の子がメルゥみたいに可愛い子だったら嬉しいなって思ったり……。
「あ、今リュイ君へんな想像しただろ?」
メルゥがにやにやと笑っている。
またからかっているな。
くそう、まったくこの竜王様め。
ちょっとはお返しでもしてやろうかな。
「メルゥがあまりに可愛いから、つい」
「ぴっ」
「ぴ?」
メルゥの顔が爆発した。
いや、それは比喩なんだけど。ほんと爆発したんじゃないかってぐらい一気に顔が真っ赤になったんだ。ドラゴン特有の特技かなにかだろうか?
「あああああんまりぃ! 竜王をか、からかうもんじゃあないよぉ!」
「えぇ!? 突然どうし痛った!」
メルゥが目じりに涙を浮かべながら両手を振ってポカポカ殴ってくる。
「ちょ、やめてください!」
「君が私を冗談なんか言うからだ!」
「えぇ!?」
自分もやっておいて僕はダメってひどい!
ああああでも僕もすいませんでした!
冗談で可愛いって言ってごめんなさい!
「ごめんなさい! 正直に言いますと本当に可愛いと思ってます!」
これは本心で言った。
初めて見た時も、綺麗で可愛いと思ったんだ。
でも、
「ダメえええええ!」
「えぇ!?」
「ひぃぃいいい!」
メルゥの繰り出す打撃に猛が付いてしまう。
なんだか地雷を踏んでしまったみたいだ。
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
ひとしきり僕をボカボカしたメルゥは取り合えず落着きを取り戻したみたいだった。今は息を切らし、肩で呼吸している。
「お、落ち着きました?」
「す、すまない。あんなことを言われたのは初めてだったんだよ、取り乱してしまったようだ」
「あんなこと?」
「き、君ってやつは……!」
ほんっとうに乙女心が分からない奴だな! とそっぽを向かれてしまった。く、くそう、何がいけなかったんだろう。
「ご、ごめんなさい」
「…………」
き、気まずい……!
「……………………」
「……………………」
僕が間違いをしたお陰でしばらく無言になってしまった。
どうにか話題を出そうとしどろもどろしていると、意外にもメルゥが沈黙を破る。
「せ、せきにゅい」
「ちょ」
メルゥが舌を噛んだ。
うわ、痛そう。
しばらく口元を抑えると、回復したのかゴホンと咳払い。メルゥが続ける。
「責任を取るんだ」
「へ」
「だから責任だ! 私をからかった事と! 私を下僕にした事と! その他色々のなんやかんやの責任を賠償するんだ!」
「いや、下僕って!? なんですかそれ!」
主従の契りを下僕って!
「罰として、今日は私の部屋にお泊りしろ!」
「えぇ!?」
「逃がすかぁ!」
逃げ出す間もなく僕はメルゥのお縄に掛かってしまう。
有言実行とばかりに、結局今日は強制的にメルゥの家にお泊りすることになってしまい、夜から朝までずっとメルゥのお喋りに付き合うことになってしまった。
メルゥは「人の子とお泊りなんて初めてだ」って嬉々と言っていた、竜王だなんて微塵も感じさせない年相応の笑顔で。
年相応ってのも、メルゥに限っては良く分からないんだけどね。
でもさ。
僕、明日は仕事なんだけど……。
夜は長そうだ。