05、ご主人様
オルムさんに案内されるまま廊下を歩いていくと、やがて辿り着いた先は一つの狭い室内だった。
なんだろうここ。
色々と物はごちゃごちゃしてるし、剣や盾、鎧なんかも置いてある。
武器庫かなにかだろうか?
「ここは俺の部屋だ。適当にくろいでくれ」
「あ、はい」
言われて、付近にあった椅子に腰を下ろし、
「どうして僕をここに?」
と聞いてみる。
なんでオルムさんの私室に案内されたのだろうか。
それも僕だけを指名して。
少しばかり警戒してしまう。
だってオルムさん聖法騎士だし。
その聖法騎士に僕は昨晩追われていたんだ。
「まずは、俺達の勘違いで君に危害を加えようとしたことを、全聖法騎士に代わって謝ろう。本当に申し訳なかった。どうか、許して欲しい」
「え?」
僕が警戒している事に気が付いたのか、オルムさんは深々と頭を下げてきた。
「ちょ、そんな、やめてください!」
「いいや、こればかりはそうはいかない。聖法騎士は竜王様を怒らせたと、君を指名手配し、その首に賞金を懸けてしまった」
「え!? 僕って今賞金首なんですか?」
「すまない。だが、それは不備だったと既に取り下げてある」
「わ、分かりました。でもいいですよ、だって僕、怪我一つしてないですし」
「申し訳ない。そしてありがとう、感謝する」
再度、頭を下げた。
十秒程経って、オルムさんは頭を上げる。
この人、これだけのために僕を呼び出したのだろうか。
いや、違う。
謝罪だけならあの場で出来た筈だ。
そうあれこれ考えていると、オルムさんはこんな事を言い出した。
「それにしてもだ。リュイ、久しぶりだね」
「へ?」
え、なに?
久しぶりだねって言われても、僕はこの人の事は何も知らないし初対面の筈だ。以前、どこかで会ったことがあるのだろうか?
僕が不思議そうにしていると、オルムさんは口に手を当てて笑みを漏らす。
「ははは、覚えていないのも無理もないか。俺と最後に会ったのは、君がまだ3才の頃だったからね」
と、僕の頭をポンポンと撫でるオルムさん。
「いやぁ、あの頃と比べたら随分と身長が伸びたもんだな」
「あの、失礼ですが、どうして僕の事を知っているんですか?」
「なあに、リュイの両親と俺が友達だったってだけさ」
「へ、お父さんとお母さんの友人?」
「ああ、そうさ」
オルムさんはニカッっと軽快な笑みを浮かべた。
友達……?
本当なのだろうか?
「あれ、そういえば」
朧げな3才の頃の記憶。
なんとなく、僕は覚えていた。
確か、誰かが良く家に訪ねてきていたような……?
あ。
「え、あのオルムさん!?」
「どうやら覚えていたようだね」
「いや、すんごくギリギリな記憶なんですけ!」
そうだ。
オルムさんって人が、よく家に来ていたんだ!
だから、僕の事を知っていたのか。
両親が命を落としたと聞いてから何年経つだろう。あの時は、その意味も分からずキョトンとしていたっけ。
「そうか、そうだったんですか。オルムさんは亡くなった僕の両親と知り合いだったんですね」
「残念だったよ。召喚術士として有力だったリュートとアリア……、彼らが命を落としたと聞いた時は、俺を含め、みんな耳を疑ったもんだ」
「お父さんもお母さんも、そんなにすごい人だったんですか?」
「白銀の腕章だ」
「白銀! ほ、本当ですか!?」
「ああ」
それを聞いて僕は驚いてしまう。
この世界に存在する〈迷宮〉と呼ばれる魔物の巣窟に挑む者達――いわゆる『冒険家』には階級が存在し、それぞれの階級に因んだ腕章を身に着けている。
見習いのDランク【青の腕章】
その上のCランク【緑の腕章】
更に上のBランク【赤の腕章】
それら三つの上に立つAランク【黒の腕章】
そして英雄と呼ばれるSランク【白銀の腕章】
腕章にて区別されるのは『冒険家としての実力』だ。
与えられた腕章によって潜ることの出来る〈迷宮〉の種類が違ってくる。
青や緑、それと赤に黒とは一線を画すのが【白銀】だ。英雄と呼ばれる白銀達はこの世界に僅かしか居ない。
神と称される竜と、対等に渡り合えるとさえ言われているんだ。
「ははは、両親が白銀と聞けば驚くのも無理はないか」
なんてオルムさんは笑っているけど、僕としては笑いごとじゃなかった。
竜王様を召喚してしまったかと思えば、次に両親が白銀だったという事実を聞いてしまうなんて。
これじゃあ僕の心臓がもたないぞ。
おお落ち着けぇ、ドキドキが止まらない。
「そんな白銀の血が流れるリュイも、いずれが白銀になれるかもしれないな」
と、僕に左腕に巻かれる【青の腕章】をオルムさんは指でさす。
この腕章が示す通り、僕も聖都に数多く存在する冒険家の一人だ。迷宮へ潜る事を生業としている。
でも、まだ見習いDランク青の腕章だ。
「白銀だなんて僕には無理ですよ」
「謙虚だな。現にリュイは竜王メルフィーヌ様を召喚しているじゃないか」
「いや、これは……きっと何かの間違いです」
「血は争えないんだよ。竜王様を召喚してしまった君を見てそれは確信に変わった」
なにやら机の中をごそごそとしだすオルムさんは、目当ての物を見つけたようで厳重に鍵が三つ付けられた箱をテーブルの上に置いた。
解錠し、中からとある物を取り出す。
「腕輪、ですか?」
オルムさんが取り出したのは『腕輪』だった。
煌びやかな装飾が施された腕輪には3つ穴が開いており、そのうち2つには既に綺麗な宝石が嵌められている。
なんだろうか。
「なんですかそれ」
「これはリュイのお父さんから預かっていた物だよ。なんでも『リュイが成人を迎えた年に、もしも冒険家をやっているようなら、僕の夢を託して欲しい』とのことだ」
「は、はぁ」
夢を託す?
この腕輪がそうなのだろうか。
「俺はその腕輪について何も教えられてはいないし、詮索もしていない。よってリュイに聞くのは、受け取るか受け取らないかの二択だけだ」
真剣な眼差しで問われ、
「わ、分かりました。受け取ります」
そう答える。
僕は余計な事を考えずに、腕輪を受け取ることにした。お父さんが僕にこれを託すと言うなら、託されよう。
そう思っただけ。
「ありがとう。お父さんも喜ぶ筈だ」
「こちらこそ、ありがとうございます」
お父さんからの贈り物である腕輪はやけにズッシリとしていた。オルムさんは「夢でも詰まってるから重いんだろう」ってロマンチックな事を言っていた。
「じゃ、話は以上だ。リュイの愛しいメルフィーヌ様の所へ戻ろうか」
とかなんとか言いながらオルムさんは立ち上がった。
何を言い出すんだ。
僕は手を慌てて横に振る。
「愛しい!? 何を言い出すんですか!」
「ははは、良い反応だ。メルフィーヌ様が君をからかって楽しむ気持ちが分かるよ」
「えぇ……」
「あの厄介な竜王様を召喚したんだ。これから苦労はすると思うけど、これから彼女の事をよろしく頼むよ」
苦笑しながら言うオルムさん。
「厄介? わ、分かりました」
この人もメルゥの事で苦労してるのかなぁと思いながら、僕は返事をかえして立ち上がった。
「あの、今度、お父さんとお母さんの話、聞かせて貰えませんか?」
僕の両親の友人だったと言うオルムさん。
もう記憶があやふやで、どんな人だったかも思い出せない両親について尋ねる。
すると、
「ああ、もちろんだとも」
オルムさんは軽快な笑顔を浮かべた。
と、その時だ。
「き、貴様! ここで何をやっとるか!」
「いっ!?」
扉を開けて外へと出た僕達が廊下で蜂合わせたのは、竜神祭の召喚の儀にて、僕に聖法騎士をけしかけた神官様だった。
顔を合わせるや否や、表情を怒りに染める。
「竜王様の逆鱗に触れたクソガキめ。貴様がこの大聖堂に足を踏み入れる資格など無いのだぞ!」
うおあああ! と奇声を上げながら、今にも僕に掴みかかって来そうな神官様。
「お待ちを、ヘルヴ神官様」
それをオルムさんは静止させてくれた。
「竜王様は彼に対し怒ってなどいませんよ」
「戯言をオルム! おのれ何様のつもりで私に意見を!」
「聖法騎士団長としてです」
聖法騎士団長?
オルムさんが?
え、全然知らなかった!
聖法騎士団長って、聖都を守護する全聖法騎士の頂点の存在だ。
その上に神官、更に大神官。
これらが聖都を管轄する大聖堂における階級だ。
オルムさんもすごい人なんだけれども、この神官様の方が立場は上だ。大変な事になってきたぞ。
「彼、リュイについての疑いは既に晴れております」
「疑いがなんだ! それは貴様の意、今すぐにそこのガキの首を切り落とせ!」
「それはヘルヴ神官様の意。なんでも独断でリュイの手配書をばら撒いたそうですが、それを竜王様は望んでおられません。仮にです、リュイに危害を加えれば、聖都はかつてない災厄に見舞われるでしょう」
故に、とオルムさんは続ける。
「我々、聖法騎士がリュイに手を下すことはない」
その言葉にヘルヴと呼ばれていた神官様が青筋を立てた。
「オルム! 貴様がやらぬと言うのなら、私が直々に手を下すまでよ!」
ヘルヴ神官様は怒りで血管が浮かび上がった右手を開く。そして、空気が渦巻き、魔力が集まっていった。
展開されるのは魔法陣。
それは魔法を放つための詠唱だ。
もちろん、魔力のこもる右手を向けられるのは僕。
「くッ!」
僕は咄嗟に構える。
しかし、流石は神官様と言うべきか、込められる魔力は尋常じゃない。あれを受けたら木っ端微塵になってしまう。
かと言って神官様に襲い掛かれば、その後はどうなる?
オルムさんにも、メルゥにも迷惑が。
「竜王様の怒りを喰らえェ!」
あれこれ難しい事を考えている内に魔法が放たれてしまった。
赤く光るそれは魔力の塊。
人を殺すなんて訳はない。
「――ッ!」
「おっと、聖堂内で魔法は困りますね」
魔法は僕に届くことはなかった。
放たれた魔力はオルムさんの手に受け止められた。
「なっ!? す、素手で私の魔法を!」
「ヘルヴ、お前は魔法を放ったな。ならば聖法騎士である俺は罪無き子供を守るために、剣を取らなくてはならない」
受け止めた魔力を握り潰し、オルムさん威圧を持って剣に手を掛けた。
それは向けられていない僕でさえ身も凍るような威圧感。流石は聖法騎士団長という他ない。
「……っく。うぅ……」
神官様は膝を震わせて尻もちを突き、その体勢のままズルズルと後退していった。
しかし、口は塞がらない。
「お、オルム、誰に向かって口を聞いておるか」
「お前だ」
神官様は後退していく。
伴ってオルムさんも一歩進む。
「貴様、どうなるか分かっているのか。私は神官だぞ」
「それがどうした」
神官様は後退していく。
伴ってオルムさんも一歩進む。
やがて、オルムさんはふぅと一息吐いて威圧感を引っ込めた。それは、ヘルヴさんの背後に誰かが現れたからだった。
それに気づくや否や、神官様は助けを求める。
「竜王様! こ、こやつが、こやつが私に向かって剣を!」
現れたのは、メルゥだった。
「……、どうしたんだい? やけに遅いなと思って様子を見に来てみれば、何があったの?」
「オルムが! 私に剣を向けてきたのです! 私はただ、竜王様を怒らせたあそこのクソガキに罰を与えようと!」
迫るように僕へと指をさす神官様。
するとメルゥは僕を一瞥したあと、ずぃっと神官様に顔を近づけた。
「ん? 私のご主人様に、罰がなんだって?」
「へ? ご主人様?」
「うん、あの子は私のご主人様だよ」
「え?」
表情を青くして口をぽかんと開けた神官様が僕に『マジで?』と言いたそうな顔を向けてくる。
それに対し割って入ったオルムさんが、メルゥの説明に補足を入れた。
「リュイは竜王メルフィーヌ様を召喚した人物だ」
「な、なんたることだ……」
「で、さっきも聞いたけど罰がなんだって?」
追撃を加えるメルゥはわざとらしくオルムさんの手に視線を移す。先ほど、魔法を握り潰した方の手だ。
「あらら! オルムったら手に火傷しているじゃあないかい、こりゃ大変だ。一体この場で何が起きたと言うんだい?」
そんな芝居掛かった演技に、ブワッっと嫌な汗を流し始める神官様。目に見えて狼狽した様子で、
「わ、わわ私は何も知らん……!」
捨て台詞を吐いて去って行った。
僕として一つの修羅場に幕が下り、廊下が静けさを取り戻す。
「メルゥ、オルムさん、すみません」
僕は神官様を追い払ってくれたメルゥと、魔法から庇ってくれたオルムさんに頭を下げる。
「こちらこそすまない、頭を上げてくれリュイ。ヘルヴは前々から問題を起こしやすい人でね、あれを放っておいたこちらにも責任があるんだ」
なんてオルムさんは言ってくれる。
僕はそれを素直に受け止め、頭を上げた。
「ま、これは召喚をキャンセルした私も悪い。ごめんねリュイ君」
「いえ、大丈夫です。もう終わった事ですから」
「ありがとう。それじゃあ戻ろうか。ジャシーが美味しいお菓子を用意して待っているんだ」
僕はメルゥに手を取られ、ジャシー様の私室に戻ることにした。