04、だから彼女はそう言った
メルゥの話を要約するとこうだ。
僕が祈りを捧げても何も召喚されなかったのは失敗だったからじゃない。それは本人いわく『ちょっと忙しかった』からと、メルゥが召喚に応答しなかっただけ。
でも、召喚自体の契約は破棄されていない。
竜神祭の召喚は、契約そのものを破棄する事が出来ないらしい。身を持って体験したメルゥは『驚いたよ』と言って苦笑していた。
それらはつまり、あの竜王メルフィーヌ様が、僕の使役獣になった事を意味する。
だから、メルゥはこんな事を言うのだろう。
「私、リュイ君の一生涯のパートナーになっちゃった」
「は」
僕の眼前。
聖都で一番偉い大神官様があんぐりと口を開けてパクパクしている。
メルゥはこの状況を楽しむように、ルンルンと僕の腕に抱きついている。
「め、メルゥ? 何言ってるんですか?」
「いいじゃないか。だって本当の事だろう、ご主人様?」
ご主人様。
それを耳にした大神官様の側近である聖法騎士達。
中でもエリートと呼ばれる一級騎士達の彼らから漏れ出す殺気が、すべて僕へと向けられる。
僕自身、普段なら女の子に抱き着かれたとドギマギする場面なんだけど、とてもそんな気分じゃない。
だって、今にも聖法騎士達が斬りかかってきそうだし。
渦中の人物、メルゥは今だ僕の腕に抱き着いている。
「という訳だよジャシー、私はリュイ君の物になったんだ」
「は」
ジャシー。
大神官様のお名前だ。
年齢は87歳のご老人。
かつてドラゴンを召喚したと言われる召喚術士の一人で、魔物を使役するその腕前はそこらの術士とは比較にならない。
数多の魔法を行使し、竜を従え敵を薙ぎ払うその姿から、
魔帝の竜士、掃滅のジャシー
と、呼ばれている。
「君は私の友人だからさ、取り合えずその事を伝えに来たんだ、くっふふ」
「おお、なんということだ……」
そんなジャシー様が、青い顔をしてプルプルと震えているのだから笑えない。まったく笑えない。
現に笑っているのはメルゥだけ。
ジャシー様の立派な顎鬚がワナワナと震えている。
「と、とにかくだ。リュイ君だったか?」
「え? あ、ははい!」
突然、ジャシー様に名前を呼ばれて僕は素っ頓狂な声を出してしまう。
「わ、ワシの私室に来なさい。メルゥ、あなたもだ」
手招きされるまま、ジャシー様の後を追う。
メルゥは相変わらず僕の腕に抱き着いている。横目で突き刺してくる聖法騎士達の視線が痛かった。
僕は殺されてしまうのではないだろうか。
案内されたのはジャシー様の私室。
聖都の中心に建てられた〈大聖堂〉の最上階に位置する。
窓からは聖都が一望出来た。
まあ座りなさいと言われ、僕はフカフカのロングチェアに座った。その横でメルゥは器用に尻尾を折りたたんで腰を落ち着かせる。
「と、とりあえず、落ち着いて話をしようではないかかか」
声を震わすジャシー様。
「はははい、そそそうですね」
思わず僕も声が震えてくる。
メイドさんが紅茶を淹れてくれたので、落ち着くために僕は紅茶に口を付ける。
「で、リュイ君」
「?」
「メルゥと結婚したとは本当かね?」
「ブフゥッ!?」
紅茶を吹き出す。
何かとんでもない単語が聞こえてきたのは聞き違いだろうか?
「まあ、そう捉えて貰っても可笑しくはないね」
メルゥは呑気にそんな事を言っていた。
このてきとうさ。本当に竜王様なのだろうか。
また疑いが僕の頭に上ってくる。
「ほほほほほ本当かねね?」
ほら、あのジャシー様がおかしくなっちゃってるし。
「ち、違いますよ! 僕とメルゥは結婚してません!」
「な、ならば何故にメルゥは君とそんなにべったりなのだ!」
「それは分かりません!」
「そんなこと言うなよリュイく~ん。君と私は生涯のパートナーだろぉ? なあなあ、そうなんだろぉ?」
「メルゥも変な事言わないでください!」
またもメルゥが僕の腕に抱き着いてきたので、失礼だけど大慌てで振り解かせてもらった。メルゥは「つれないなぁ」と笑っている。
「まあまあ、長く生きると退屈なんだよ。ちょっとした余興に付き合ってくれてもいいじゃあないか」
「長く生きるって、メルゥと僕は見た目そんな変わりないじゃないですか」
「竜と人の子じゃあ、寿命が違うのさ。くっふふ」
そう言ってメルゥは、まるで年相応の女の子みたいに頬を赤らめて微笑んでいる。本当に楽しそうだった。
きっとこの状況は、メルゥにとって長く生きた者の娯楽なんだろうな。
その彼女に振り回されて、僕とジャシー様は青い顔してるけど。
「ですから、メルゥはこんな事言ってますけど、本当に僕たち結婚してる訳じゃないんです!」
「う、うぅむ」
困ったように、ご自身の長く白い顎鬚をさするジャシー様。なんとなく落着きを取り戻したようではある。雰囲気で判別出来た。
「わ、分かったわい。結婚してる、という事ではなさそうじゃな」
その言葉にホッと胸を撫でおろす。
「そうです。大聖堂に来てからメルゥの様子がおかしくて」
「昔からそういう奴じゃったよ。人をからかっては、心内でほくそ笑んでいるドラゴンなんじゃ」
紅茶に口を付けるジャシー様。
ぐいっと飲み干したかと思うと「で」と漏らして僕の真正面に立つ。
「え? なんです?」
「結婚は嘘にしてもだ。貴様の様な小童と竜王が何故に行動を共にしている。いつものイタズラ事に子供を付き合わせるとは、少し冗談が過ぎるな」
と、メルゥを睨みつけるジャシー様。
その問いはメルゥに投げつけているのなら、何で僕の真正面に立つのだろうか。そこはかとなく私怨を感じるのは気のせいかな。
「ま、私もそこまで性格がひね曲がってる訳じゃあないさ。結婚はジャシーの勘違いだけど、生涯のパートナーになったって所は本当さあね」
「それは真か!?」
ぐるりと首が回り、今度は僕が睨みつけられる。
こればかりは、
「は、はい」
頷くしかなかった。
ジャシー様は頭を抱えている。
それで、事の成り行きを詳しく説明して欲しいと言われ、僕は召喚の失敗からメルゥとの出会いを全て話した。
ジャシー様は困ったと言わんばかりに顎鬚をさすっていた。
「なんと、このような子供が竜王を召喚したと。こんな事は歴史上、初めてのことだ」
「くっふふ。私も長い間生きてきたけど、召喚される側になるなんて夢にも思わなかったよ、くっふふふ」
そこで「ちょっといいですか」と手を挙げる人物が居た。
「む、なんだねオルム」
「突然、失礼しましたジャシー様」
「まあいい、なんだ」
手を挙げたのは、聖法騎士の鎧を身に纏う金髪の青年で、左目に走った一本の切り傷が特徴的だった。名前はオルムさんというらしい。
さっきから気にはなっていたんだけど、喋りもしないし、誰も話題にしてないから、僕にしか見えてないのかなって不安だったんだよね。
オルムさんは僕と目を合わせるなり、
「ジャシー様、俺はリュイ君とお話がしたいと思いまして」
と言い出した。
「ただ、ここではなく向こうで」
ちょいちょい、とオルムさんが指を動かす。
このジェスチャーはなんだろう?
「付いてきたまえ」
あ、そういうことか。
メルゥに顔を向けると、
「言っておいで、なあに、オルムは君をどうこうって奴じゃないさ」
許可が下りたので席を立つ。
オルムさんが先にジャシー様の部屋を出た後、それに付いて行こうとした僕の背中にメルゥは言う。
「ま、これで君への疑いは晴れただろうから、もう大丈夫だからね」
一瞬、なんのことか分からなかった。
けど、すぐに思い出す。
僕が竜王の怒りを買ったと命を狙われた事を。
あ、だからあんなに、まるで見せびらかすようにべったりしていたのか。竜王様は僕に怒ってる訳じゃないとアピールするために。
確かに疑いは晴れただろうけど、別の意味で聖法騎士の怒りを買ってしまった気がする。
そこらへんはメルゥが言った通り、ちょっとした余興なのだろうか。
「メルゥ、ありがとうございます」
なんにせよ、助けて貰った事に変わりない。
僕はメルゥに頭を下げ感謝する。
そして、部屋を後にし、オルムさんの後を追った。