03、どうやら竜王様を召喚してしまったらしい
目を覚ますと、知らない天井だった。
どうやら僕はいつの間にか寝てしまっていたらしい。
それも当たり前か。
昨日は聖法騎士達に狙われ、昼から夜までずっと逃げ回っていたのだから。疲れてしまい、体力が底をついてしまったのだろう。
「どこだここ」
毛布をはぎ取り、ふかふかのベットから身を起こす。
「昨日、何があったっけ」
聖法騎士に追われていたのは覚えている。
その理由は召喚の失敗。
その場に居た神官様いわく『竜王様を怒らせたから』とのことだ。
ん、竜王様?
「あ、そうだ!」
「おやおや、やっと起きたかい」
台所だろうか。
そこからひょっこり顔を出す女の子。
頭から角が生えていて、尻尾がゆらりゆらりと揺れていた。
白いワンピースの上にエプロンを付けている。料理中だったのかな?
「目を覚ましたのなら食事にしよう。安心しなよ、ここは私の家だ。それに聖都の外にあるから聖法騎士は近づいてこない」
「は、はぁ」
ベットの前に簡素なテーブルを置いた女の子は、なんだか良い匂いのする料理を一つ、どんと置いた。
ぐぅ、とお腹が鳴る。
女の子はくすりと笑って、料理を掬ったスプーンを近づけきた。
なんだろう。
とても良い匂いがするんだけど、いかんせん色が……。スプーンの上には緑色のドロドロとした液体が乗っている。
「ほうら、あ~ん」
「え!? いや、あの、その……!」
「お腹が減っているんだろう? はやく食べなよ」
「あ、はははい!」
「はい、あ~ん」
女の子にあ~んされるのは初めての経験だ。
顔が熱い。
きっと茹でタコの様に僕の顔は赤くなっているに違いない。
いや、でもなぁ。
この緑色の液体はなんだ?
食べられるのだろうか?
「早く口を開けなさいな」
「うッ!?」
躊躇していると、無理やり口の中にねじ込まれてしまった。あまりに唐突な事だったので、思わず飲み込んでしまう。
「で、お味のご感想は?」
正直に言ってまずい。
シンプルな感想が頭に浮かび上がる。
と同時に、竜王様を怒らせると天地がひっくり返るという噂も思い出す。
「……美味しいです!」
「ふふ、口にあって良かった。私はあんまり美味しいとは思わないんだけどね。なにしろ、料理って苦手だから」
なんだと。
じゃなくて!
こんな事をしている場合じゃないだろう!
竜王……。
そう、竜王メルフィーヌ様だ!
「き、君は、違う。あなた様は……!」
「ん、昨日も言っただろうに。私の名はメルフィーヌ。君たち人の子が竜王と呼ぶあれさあね」
「やっぱり……」
あの光景は夢じゃなかったんだ。
目を閉じればその姿をすぐに思い出す。
白銀のウロコを持つ竜王メルフィーヌ様の姿を。
聖都が誇る聖法騎士達に囲まれていたあの状況の中、こうして無事に翌朝を迎えられている事実。
この女の子が助けてくれたのだろう。
とやかく言う必要はない。
昨日、見たドラゴンと同じ翼と尻尾、そして目を持つこの女の子こそが、やはり竜王メルフィーヌ様なのだろう。
「ん、なんだい。まぁだ疑っているのかい?」
「あ、いえ、信じてます、はい」
ちょっと半信半疑なのは、目を瞑っている間に変身されたからだろうなぁ。
でも、すごい。人の姿になれるのか。
背丈は僕よりも小さい。
それに、見た目は随分と幼い印象を受ける。
今年で14歳を迎える僕と同じか、それよりも下か、そのくらい?
「あ、あの、えと……」
「ん? ああ、メルゥって呼んでよ。友達にはだいたいそっちの名で呼ばれてるからさ。うん、そっちの方が慣れてるし」
「そんな、無理ですよ! あだ名なんて!」
竜王様をメルゥだなんて。
なんて恐れ多いんだろうか。
僕にはとても無理だ。
「う~ん、全く難儀だねぇ、人の子は」
困ったように苦笑するメルフィーヌ様。
う~んと唸りながら沈思し、無意識なのか緑色の液体をスプーンで口の中へと放り込んでいく。
あ、間接キ……。
「うん、もういいや。じゃ、命令ね」
「え?」
「命令、私の事はメルゥと呼ぶこと。いいね?」
「わ、分かりました。メルゥさ……メルゥ」
「うむ、よろしい」
にかっとメルゥ様、いや、メルゥは微笑んだ。
次に「あっ」と漏らして、ずいっと顔を近づけてくる。
「そういえば君、名前は?」
「僕はリュイって言います」
「そうか、リュイ君か。で、そのリュイ君は何でまた聖法騎士に追われてたんだい?」
「それにはちょっとした訳がありまして……」
僕は、これまでの事を説明した。
大聖堂にて召喚を一方的にキャンセルされたこと。それに対し、神官様にメルゥの怒りを買ったと言われたこと。
それが原因で聖法騎士に追われていた――というもろもろの事情を話した。
気が付けば、緑色の液体が入った器はカラになっていた。半分はあ~んされて僕のお腹の中へ。もう半分はメルゥのお腹の中へ。
全ての話を終えると、メルゥはくっくっくとお腹を抱えて笑い出しそうになるのを堪えていた。
「幸い、僕は逃げ足だけは早かったんで、どうにか森にまで逃げ切れたんですよ」
「くっふふふ……。そうかい、ああそうかい……くっふふ」
「ちょ、なんで笑ってるんですか! けっこう危なかったんですよ!」
それでもなお笑いを堪えているメルゥ。
僕の何が彼女の琴線に触れてしまったのだろうか。
「くっふふ、いやいや、君がヘマして命を狙われた事に笑っているんじゃあない。これは私自身の問題なんだよ……くっふふふ」
「どういう意味ですか?」
「くふふ。はぁ、おっかし。いやはや、まさかまさか、この私がこんな子供に召喚されてしまうとはねぇ。そうか、やっぱり君だったか」
子供って。
メルゥも見た目十分、子供じゃないか。
……ん?
いや、今この人、なんて言った?
「あの、メルゥ。今、何て言いました?」
「ああ、召喚のこと? うん、そうだよ。君の召喚、一方的にキャンセルしたのは私さ。だって、とつぜん召喚されそうになるんだもん。忙しかったらそりゃぁ、キャンセルしちゃうさぁね」
「ま、待ってください、よく分かりません!」
待て待て。
なんだ、なんだ!?
僕は、あろうことか竜王様を召喚してしまった?
「そもそも竜王祭、だっけ? その召喚の儀式に私がどうこうは一切関係ない。だから私が怒ろうがなんだろうが、失敗なんてあり得ないのさ」
「失敗はあり得ないって、でも実際に召喚は……」
「だから失敗じゃない。安心しな、契約は破棄されていない」
契約は破棄されていない?
それって、
「つまりは、どういうことですか?」
メルゥはそっと胸に手を当て、僕の目を見て言った。
「うん、リュイ。君がこの私、メルフィーヌのご主人様ってことだ。私は君の使役獣になってしまったってことさあね」