02、竜王様
ガチャガチャと鎧の金属音が、夜の森に響き渡る。
「あのガキッ! 一体どこへ行きやがった!」
「まだ遠くには行っていない筈だ!」
「探し出せ! 竜王様の逆鱗に触れたあのガキを許すな!」
そっと茂みから辺りの様子を伺えば、堅牢な鎧を着た騎士達の後姿が森の奥へと消えていった。
僕は隙を見て走り出す。
「くそう、なんでこんな事に」
まさか聖都が誇る聖法騎士に狙われる事になるなんて。
幸い、日々魔物を相手にしている僕の逃げ足は折り紙付きだ。どうにか大聖堂から飛び出し、聖都付近の森に隠れる事は出来たけど……。
「まずいなぁ」
森のあちこちから殺気の篭った怒号が飛び交い、ガシャガシャと響く鎧の音はそれほど遠くはない。
いつ、見つかるかも分からない。
それなら、今の内に……、
「おいクソガキ、見つけたぞ」
「うっ」
その考えはどうやら甘かったようだ。
一人の騎士に見つかってしまった。
その隣には三つ首の猛犬ケルベロス。
僕と同じ、召喚術士だ。
くそう。
完全に気配はなかった筈。流石に聖法騎士というべきか。
「竜王様を怒らすとは罰当たりめが、捕獲しろ!」
「くそっ!」
騎士の指示に従ってケルベロスが飛び掛ってくる。
が、ケルベロスは飛び上がった瞬間、衝突音と共に地面に叩き落とされた。
何が起きたか分からない。
それは騎士も同じで、唖然として硬直していた。
「な、何者だ貴様ァ!」
何者……?
すぐに正気に戻った騎士は、慌てて腰からぶら下げる鞘に手を掛ける。
「ぐぉう!?」
しかし、鞘から剣が引き抜くことも叶わない。
その前に、騎士は膝から崩れ落ちてしまった。
「な、なにが……」
この場に立っているのは僕だけ、
……ではない。
「怪我はしていないかい?」
僕の正面にいつの間にか、とても綺麗な女の子が立っていた。
背丈は僕より少し低いくらい。
真白い肌に、白銀の髪が月光に反射している。
この女の子が、騎士とケルベロスを瞬く間に蹴散らしたんだ。
「あ、あなたは?」
思わず一歩後ずさる。
その原因はこの女の子があまりに可愛かったからって訳じゃない。
角と、翼と、尻尾が生えてたから。
『亜人』
その二文字が僕の脳裏を過ぎる。
「私かい?」
深紅の瞳の覗かれて、僕はうんうんと頷いた。
赤い瞳に浮かべる瞳孔は、垂直方向に縦長い形をしており、まるでドラゴンのような目をしている。
「私の名はメルフィーヌ。君達、人の子が竜王と言うあれだよ」
「な……、竜王だって!?」
あろうことか竜王様の名を語る女の子は、胸に手を当ててフフンと鼻を鳴らす。
「そう、私は竜王。まあこれらが証拠さ」
と、少女はその場でくるりと一回り。
背から延びる白い翼がハッキリと見え、白いワンピースのスカートがふわりと揺れれば、これまた白い尻尾が生える根本が見えては隠れた。
それらは確かに、竜が持つ特徴。
けど、竜王って言われても。
「むぅ……その顔、まだ信用していないね」
「え、いや、それはまぁ」
出来る訳がない。
助けて貰った恩はあるけど『私が竜王だ』と名乗られてもいまいち……。
「信用がって、えぇ!?」
女の子がワンピースを脱ぎ捨て全裸になった。
「わわッ!」
「おい、目を逸らすなよ、私を見るんだ」
慌てて目を逸らせばこっちを見ろと催促される。
痴女か何かだろうか。
「ほら、こっちを見なさいな」
「む、無理だ!」
「早く見てよ」
ぐっと目を閉じているものの、目の前に異様な気配を感じる。瞼を開ければそこに全裸の女の子が突っ立っているのだろう。
見てよと言われても、はい分かりましたとはいかない。
「早く見てってば」
耳元で囁かれた。
……なんだ? 気配が強くなっている。
それこそ猛獣のような……、猛獣?
「うわッ!?」
「くっふふふ。どうだ、見たか」
たまらず目を開ければ、奴はそこに居た。
見上げるほどに巨大なドラゴンが腕を組み、得意気に僕を見下ろしている。
月の光を眩く反射する白銀のウロコに覆われたその巨躯、尻尾、翼。鋭利な牙が何十本と生え揃う口はニヤリと笑っていた。
先ほどの女の子と同じ、深紅の瞳が僕を覗いている。
「これで信じたかい? そう、私が――」
実際、目にするのは初めてだった。
全身を白銀のウロコで装飾するその姿は、まさしく聖都に言い伝えられる、
「――竜王、白竜のメルフィーヌさ」
それが、女の子の正体だった。
「くっふふ。君だろ? あろうことか私を召喚しようとした召喚術士は」