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低ランク冒険家は竜王様を召喚してしまいました  作者: ラストシンデレラ
第1章 竜王、白竜のメルフィーヌ
15/24

15、身剥ぎのヴァン・ベルシオン



 【身剥ぎ】

 その名をヴァン・ベルシオン。


 聖都に拠点を置く賞金稼ぎの集団、ギルド《夜更けの星々》に身を置き、Aランクの冒険家【黒の腕章】として活躍していたヴァンは気づいてしまった。


 冒険家を殺した方が良い金になると。


 賞金稼ぎはその名の通り『賞金首』を狩って得た賞金が大本の収入源となる。しかしギルドに身を置く以上、収入の2割はギルドに収められてしまう。


 だからこそ思ったのだ。

 そこらの冒険家を殺した方が金になると。


 殺めた冒険家の装備を剥ぎ取り、てきとうな店に売れば良い稼ぎになった。おまけで皮なり内臓なりを闇市に売り出せば、これまた良い金になる。


 こうして、賞金稼ぎ(ヴァン)は賞金首となった。


 

 今回もそこらの冒険家を殺し、身包みを剥ぐ。

 

 餌食となったのは迷宮に夢見た哀れな子供。

 その傍らで、冷たくなっていく仲間を必死に呼びかける亜人の少女が一人。

 

 どちらも腕には【青の腕章】を巻いていた。


「ひ、ひぃあああああああああ!」


 その一方、豪華な鎧を装備した男は、二人を置いてにどこかへと逃げ去っていく。救援に駆け付けたのだろう子供達を置いて、自分だけ。


 あの金色の鎧。

 売れば良い金になっただろう。


 そう思う。


 ただ、ヴァンが今、気にしているのは仕留めた少年が腕に着けている『腕輪』だった。

 

 大層な装飾の施された腕輪には穴が3つ空いており、その内2つには既に宝石と思しき石がはめ込まれている。


 長いこと【身剥ぎ】としてやっていた経験が言っている。あれは良いものだと。


 そして亜人の少女。

 彼女が頭から生やす角は、その筋で高値で売れる。


 そして顔の造形もまた良い。 

 

 やや幼いが、生け捕りして売れば変態共が高値を付けてくれるだろう。あの勇気ある少年が庇ってくれて、本当に良かったとヴァンは思った。


 こちらを睨みつける少女の赤い目は涙で霞んでしまっているが、まるで宝石のように綺麗だ。金の臭いがする。


「抵抗は止せ。俺は【身剥ぎ】だ、冒険家をやっているのなら知っているだろう。青の腕章であるお前との実力差は明らかだ。なあに、大人しくしていれば、痛い目は見ないさ」


「…………」


 少女は無言だ。

 

 ので、ヴァンも無言で腕に装着したクロスボウを構える。先ほど、子供を一人殺めて見せた凶器だ。


 なるべく傷付けない方がいいだろう。

 その方が高値で売れる。


 抵抗はしてくるだろうが、所詮はただの青の腕章。


「……ん?」


 亜人の少女が、少年の胴体に突き刺さった刃を引き抜いた。傷口から噴水のように溢れる血が、服を赤く染めていく。


 何をするつもりだろうか。

 治療でも施すのだろうか。 


「何をしている。無理だ、その少年は直に死ぬ。諦めろ」


 少年の傷は見るに明らか致命傷だ。

 数多くの冒険者を殺めてきたヴァンには分かる。あれは死ぬ。紫色になっていく唇がそれを物語っている。


 もはや治療がどうこうという問題ではな




「黙れよ。人間が私に指図するな」




「――――ッ!?」


 戦慄が走る。


 無意識の内に、ヴァンは後方へと飛び退いていた。


 遅れながら、一拍の間を置いて自覚する。

 自分は、あの少女を恐れたのだと。


 嫌な汗が大量に噴き出てくる。


「なんだ、俺は何を見た……?」


 本能が激しく警鐘を打ち鳴らしている。その原因は全くの不明だった。自分があの少女の何に対して恐れを抱いたのか理解出来ない。


 しかし体が、心が、頭が言っている。

 あの少女から今すぐに逃げろ! と。


 ヴァンは今までにそのような状況に何度か遭遇している。一番近いので10年前、【白銀の腕章】ウーラミュウスと遭遇した時だったか。


 あの時はそうだ、彼女の何に対して恐れたのか、原因はハッキリと分かっていた。それはウーラミュウスが操る『触れると消滅する謎の魔法』に対して。


 原因が分かれば対処は容易。


 ヴァンはウーラミュウスの仲間を人質に取り、毒を塗り込んだ刃を使って白銀の腕章を仕留めて見せた。


 けれども今回は、あの少女の何に対して恐れを抱くのか、まったく分からない。


 細い手足に力はありそうにない。

 現に【青の腕章】を腕に巻いているではないか。


 やはり、ただのガキ。


「……なんだ?」


 少女が、少年の傷口に両手を重ねた。


 興味を覚えたヴァンはしばし亜人の少女の動向を見守る。


「リュイ君、ごめんね。私が居ながら、なんて体たらくだ」


 少女は呟き、両手に力をこめる。 

 

 するとどうだろうか。優しく暖かな緑色の光が広がり、一瞬で傷が塞がっていく。みるみる内に少年は生気を取り戻していくではないか。


 あれがただのガキ?


――訂正。

 ただのガキではない。 


 ヴァンは認識を新たにする。


「っち。厄介そうなガキだな」


 一瞬で傷を塞ぐ魔法。

 聞いた事がない。


 それもあれは無詠唱だった。

 聞いた事がない。


 ヴァンが毒が塗られた刃を装填すると、鋭い音と共に凶器が放たれる。


 発射されたのは4本の刃。

 倒れた少年を巻き込むそれを、亜人の少女はどう捌く。


「邪魔をするな!」


「なッ……!?」


 少女の叫びと共に、突如として地中から突き出したのは氷の盾。それは容易にヴァンの刃を防いで見せた。役目を終えた途端、一瞬にして宙に霧散していく。


 あれは魔法なのだろうか。

 だとしても、あれを魔法だと言うべきなのだろうか。


 少女はこちらを睨みつける。


「人間、楽に死ねると思うなよ」


「っち。こいつぁ生け捕りなんて考えてる場合じゃないな!」


 一旦、距離を置く。

 無詠唱で放たれるアレを相手に、接近戦は無謀だと考えたからだ。


 しかし、判断が遅い。


 亜人の少女は一瞬にして間合いをゼロにする。何をどうやってか恐ろしく早い。気が付けば赤い眼光が目の前で光った。


「っく……!」


 ヴァンは腰の挿してある鞘から短剣を引き抜く。この距離でクロスボウはない、なら短剣で奴えお

 

「ブルゥアッ!?」


 視界が爆ぜた。

 少女の拳が真下から放たれ、ヴァンの顎を鋭く打つ。

 

 くらりと揺れる視界が定まらない。


「っ……!」


 まるで支えを失ったかのように倒れそうになる。対処せねば、対処せねば、対処せねば。次の攻撃が……!


「おゥッ!?」


 視界の端に少女の尻尾が流れた。


 腹に衝撃を走った次の瞬間には、ヴァンは木の幹に叩きつけられていた。休む間もなく氷の雨が横から降り注ぐ。


「くぁ!?」


 次々に繰り出される速攻に手も足も出ない。


「ああああああああああああ! 痛ってえええええええええええええええ!」


 氷は致命傷を避けていた。

 ただ苦痛を与える事だけに特化した魔法。血に濡れたヴァンはあまりの激痛にのた打ち回り、絶叫を上げる。

 

 一つ一つの攻撃が、とてもあの少女から放たれたモノとは思えない。


「ぐおおおおおおおおおお!」


 攻撃を受けたのは久しぶりだった。


 普段なら獲物の前に姿を見せる事無く、視覚はおろか冒険家が持つ能力(アビリティ)の及ぶ範囲外から致命的な一撃を持って、即座に殺していた。


 相手が【青の腕章】だと油断したのが運の尽き。


「うあああああ! こんのバケモノがああああああ!」

「お前に言われたくはない」


 こちらを見下ろす少女にクロスボウを向け、刃を放つ。が、少女はそれを掴み、投げ返してきた。


 命中したヴァンの左腕から血飛沫が上がる。

 クロスボウが地に落ちる。


「うおぉ、うおぉぉぉおお!?」

「痛いか? でもリュイ君はもっと痛かった」

「こんのクソ野郎がァ!」


 ヴァンが残った右手を少女に向ける。

 展開された魔法陣から、光の弾丸が放たれる。


 少女は片手でそれを払う。

 魔法は彼方へと飛んでいく。


「クソがァ!」

「どうした? それで終わりか?」


 少女はこちらを見下ろしている。

 全く敵わない。


 大体にして身体能力が違い過ぎる。

 

 魔法を手で払うってなんだそりゃ。

 魔法を無詠唱で使うってなんだそりゃ。

 クロスボウで撃った刃を掴むってなんだそりゃ。


「あああああああああああ! てめぇ! 身体能力強化の魔法を使ってやがんな! そうに違いねぇ! ああ、そうさ!」


「は?」


 ヴァンが右の手の平に魔力を集めると、魔法陣が展開されていった。そして、その手で取った短剣を少女へと投げつける。


 短剣は当然のように空を切った。少女には当たらない。だがそれで良い。それは揺動、本命は魔法陣から放たれる魔法だ。


「『魔を払う(ディスペル)』!」


 その魔法は対象に掛かったあらゆる魔法を打ち消す性質を持つ。


 例えれば敵が自身に使用した『強化効果(バフ)』の強制的な解除、仲間が受けてしまった『弱体効果(デバフ)』を打ち消したりと、その用途は幅広い。


 今回の目的は『強化効果(バフ)』の解除。

 あの少女の異常はそこにあるとヴァンは考えた。


 その予想はどうやら当たったようで。

 確かな手応えがあった。


「うッ……?」


 少女が苦しそうに胸を抑える。


「は……ははは。やっぱり身体強化を使ってやがったか。だが、それももうこれまでだ!」


「ぐ……、うぅ!?」


 少女がうずくまる。


「へはは! こ、今度こそ殺してやる!」


 少女の体が光に包まれる。

 その光は巨大化していく。


「俺を傷付けた罰だ! てめぇをどんな拷問に掛けてやろ……うか?」


 光はやがて形を作った。

 角を突き出し、翼を伸ばし、尾を生やしていく。


「おぉぉぉぉ? は、はぁ!?」


 やがて、それは、こう言い表せるモノへと巨大化していった。


――竜


「ま、まじかよ……」


 ヴァンの眼前で竜がこちらを見下す。

 全身に生え揃う白銀の鱗は、ヴァンの頭にとある名を思い起させた。


「くふふ。まさか『人化の術(デバフ)』を解除させられてしまうとはね……」


 竜王、白竜のメルフィーヌ。


 間違いない。

 聖都で言い伝えられる竜王。


「おいおいおいおい……なんだよそりゃあ。反則じゃあねぇか」


 竜王の口から漏れる冷気が、辺りを凍りつかせていく。


 凍結していく地面、木々に草々。

 世界が凍てついていく。


 どうやら、あの少年だけは例外なようだ。

 少年だけを避ける氷はやがて、ヴァンの足元へと到達した。足が動かない。感覚が奪われていく。


「まいった。ははは、許してくれねぇかな」


 降参と手を上げる。

 竜王はただこちらを見下ろしている。


「知らなかったんだ、お前が竜王様だったなんてよ。だってそうだろ、人の姿してんだから、分る筈なんざねぇって……」


 竜王はただこちらを見下ろしている。

 氷が腰まで上って来た。


「なあおい、聞いてんのかよぉ」


 竜王はただこちらを見下ろしている。

 氷が全身を覆いつくそうとしている。


「おいてめぇ、トカゲ野郎! 許せつってんだろうが! 知らなかったって言ってんだろうがよ! つーか死ねよマジで!」


 竜王は顔を近づけてきた。

 開く口からは鋭利な牙がこちらを睨みつけている。


「……、もう何を言っても遅い。お前は、私のリュイ君を殺そうとした」


「な、なんだよ。あのガキがそんなに大事か……」


「あの子は、私を召喚した召喚術士だ」


「おいおい、まじかよ……っは、あっはははァ! じゃあ守ってみせろよォ!」


「なに?」


 ヴァンは高らかに笑った。

 この絶望的な状況、確かにもう無事ではいられない。


 どうせ死ぬのなら、同じだ。

 爆弾でこの身が木っ端微塵になろうが。


 ヴァンの右手が発光する。

 その光は手の平に埋め込まれた石から発せられていた。


「くっくくく! これは極限まで魔力を凝縮させた爆弾だぁ! 起爆すればこの場一帯が吹き飛ぶ代物さ! 飛んで逃げようとも無駄だ!」


「この魔力は、貴様……!」


 歪んだ竜王の表情を見て、ヴァンは晴れやかな笑声を惜しみなくもらす。そして、直ぐに対処しようとした竜王を止めた。


「おっと、何もするな。衝撃を与えても起爆、魔法を使っても起爆するのが俺特性の爆弾だ。おめぇはただ、そこのガキを守ってればいい」


「くそっ!」


「はっはァ! 流石のお前でも、確実に体のどっかは持ってかれるぜ!」


 ヴァンが右手にはめ込む爆弾から発せられる光が強くなる。


 直に爆発する。

 それを悟った竜王は翼を広げた。


「……、リュイ君!」


 あの竜王の、慌てる姿が愉快で堪らない。

 耐えようにも耐えられず、笑みが口角に浮かんでくる。腹筋がひくつく、舌が躍る、心も踊る。


 何をしても無駄。

 この爆弾は衝撃を与えても起爆する。

 魔法で吹き飛ばそうにも魔力に反応して起爆する。


 もう、どうにもならない。


 竜王の白い翼が、少年の体を覆いつくそうとしたその時だ。


 眩い光が一直線にヴァンの右手を捉える。


「っな!?」


 ヴァンは以前にも、この光を見たことがあった。それは10年前、同じく迷宮エリア1『森』で遭遇した【白銀の腕章】ウーラミュウスが使用していた。


 消滅魔法。


 気を失っていた筈の少年が、こちらに杖を向けている。


「『果が行く光(デルケモス)』!」


「うォっ!?」


「メルゥに、手を出すな!」


 魔法がヴァンの右手を貫いた。

 爆弾が起爆する様子はない。

 

 それもその筈。


 消滅魔法は何もかもを消し去る魔法だ。衝撃にも魔力にも反応する起爆装置さえも、消滅させられてしまったのだから。


「うおあああああああああああ! てめぇクソガキ! なんで、なんでお前がその魔法をおおおおおおおおおお!」


 お陰で爆弾が台無しだ!


 くそうくそうくそうくそう!

 ちくしょうちくしょうちくしょう!


「死ねよ! 頼むからもう死ねよクソガキ共がァ!」


 暴れるヴァン。

 しかし下半身が氷ついていて動けない。


 竜王と少年は叫ぶヴァンを気にもとめない。


「り、リュイ君! 大丈夫なのか!?」


「無事で、良かったです。メルゥ……」


 再び、少年は意識を失った。

 カランと音を立てて杖が倒れる。


「リュイ君、また、助けて貰ったね。ありがとう」

 

 安心したように竜王は翼を折りたたんだ。そして、ぐるりと首が回り、赤い眼がヴァンを覗き込む。

 

 殺意の籠った目に、背筋が氷つく。


「ほ?」


「許しは乞うな。もう、終わりだ」


 竜王がろうそくを吹き消すように、息を吹く。

 

「お、おぉぉぉぉ……」


 ヴァンは、完全に凍結した。


 

 



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