14、黒尽くめの男
木の幹に刻んだ目印を頼りに、元来た道を辿っていくと迷宮の出入り口が見えてくる。
空けたこの広間には特殊な結界が張られていて、魔物が一切も寄り付かない。そして中心には聖都へ戻るための転移結晶が浮いている。
それに触れると僕達は帰還できるという訳だ。
なんだけど、この広間でちょっとした問題が起きていた。
「ああ? ライツのパーティが戻らねぇだと!?」
迷宮の出入り口という事で、これから帰りだろう冒険家達が少しばかり混雑する中で切羽詰まる声が聞こえてきた。
【赤の腕章】を腕に巻いた男の人が慌てた様子で仲間の人数を確認している。
「ちくしょう、あと1時間ばかしで夜だぞ。まさか『泉』の方まで行った訳じゃあねぇよな……」
空は様子は暮れに近い。
……僕としては、同じ冒険家として放っておけない。そう思った。
夜の迷宮は危険だ。
視界は悪いし、夜行性の魔物が活性化する。
ヴェッジさんが言っていた。
『夜の『森』に潜るのは自殺行為だ』
って。
すぐに連れ戻さないと危ない。
けどだ。
流石に竜王様を連れ回すのもまずい。迷宮まで付いて来て貰ってるのに、これ以上迷惑を掛ける訳にはいかない。
「メルゥ、帰りましょうか」
僕はメルゥの手を取る。
「ん、なんでだい?」
しかし、逆に手を引かれてしまった。
「なんでって、そろそろ夜で――」
「リュイ君は放っておけないって顔してるぜ?」
「…………」
メルゥには、感謝ばかりだ。
「私としても、聞いてしまったからには見過ごせないしね。どうせ行かないって言ってもリュイ君一人で行ってしまいそうだし、私も付いていくよ」
「ありがとうございます」
一言例を言って、僕はメルゥの手を握り返した。
「よし、手分けして探索だ! あのバカを連れ戻してこい!」
赤の腕章を腕に巻いた男の人が指示を出し、仲間らしき冒険家達が駆け足で森へと向かっていった。
人数は合計で7人程度。
広大な『森』で人探しするには、明らかに人手が足りないのは確かだ。
「あの、僕もお手伝いしましょうか?」
「んん? そりゃ願ったり叶ったりだが、どこのどいつだ?」
「ギルド『野郎の墓場』のリュイです」
「それとメルゥだ」
僕達は腕に巻いた腕章を見せる。
腕章にはそれぞれが在籍するギルドを象徴する紋章が刻まれている。それを見せればどのギルドかが一目で分かるという仕組み。
ギルド『野郎の墓場』の場合は杖と剣が交差した紋章だ。
「お前達、ヴェッジさんのギルドの奴か。そうか、奴ん所のギルドメンバーなら腕は確かだな……」
顎に手を当ててぶつぶつと呟いている。
しばらくすると納得を付けたのか、僕達の方へ向き直った。
「すまねぇ、恩に着る。人手が足りねぇんだ、是非ともお願いしたい!」
「はい! 困った時はお互い様です!」
これはヴェッジさんの受け売りだけどね。
『迷宮じゃあ己が唯一の頼りだ。だからこそ、助けを求める奴が居たら手を差し伸べろ。困った時は時はお互い様だ』
なんて言ってたっけ。
『そうすりゃあ、今度は向こうが手助けしてくれるさ。たっぷりとお返しを持ってきてな、げへへ』
とも言ってたけど……。
「俺の名はホープスだ。よろしく頼むぜリュイ君とメルゥちゃん」
握手を求められ、僕は応える。
こうした助け合いがギルド間の良好な関係に繋がっていく事もあるんだ。
「既に人手は呼んであるが、駆け付けるまでに時間が掛かる。だからお前達にはそれまでの捜索をお願いしたい、くれぐれも夜になる前には戻ってきてくれ」
「分かりました。それで、探し人はどんな人ですか?」
するとホープスと名乗った男の人が、すらすらと紙にペンを走らせていく。渡された紙にはライツと書かれた男性の特徴が綴られていた。
僕達は探し人ライツさんの特徴を頭に叩き込み、迷宮へと再び足を踏み入れることにした。
〇
薄暗くなっていく迷宮『森』を歩く最中、メルゥはホープスさんから貰った紙を見て僕に聞いてくる。
メルゥは指で示したのは、ライツという男の装備品についての項目。
「金ぴかの鎧ってなんだい」
「いやぁ、僕に聞かれても」
殴り書きされる『金ぴかの鎧』から更に視線を下げると、大きな字で『成金野郎、一目で分かる』と書かれていた。
私怨を感じる。
それから更に10分程してか、少し開けた空間に出ると、空気が変わった。
それは風向きが変わったとか、何か嫌な予感がするといった漠然とした感じではない。空気にピリリと確かな緊張が走ったんだ。
「リュイ君」
メルゥがぼそりと呟く。
彼女も何かに感づいた。
「メルゥ、でも《索敵》には何も反応がありません」
僕は森に足を踏み入れてから、アビリティ《索敵》を切っていない。この能力の範囲は僕を中心とした半径30メートルまで機能し、敵を探索してくれるというモノ。
付近に敵意を持った生き物は居ない。
「……、おかしいですね」
それどころか、この森に足を踏み入れてから魔物と一度も遭遇していない。
大量の魔物が跋扈するのが迷宮だ。
だというのに《索敵》に反応は一切なし。
けど、前方に視認出来る影が見えてきた。
いや、影じゃないな。
なんか光ってる。
「なにあれ」
「いや、うん……?」
僕達が警戒していると、やがてそれは人影と認識出来るまでに距離を縮めてきた。なにやら光るそれはガチャンガチャンと喧しい音を響かせながら僕達に迫ってくる。
「あ」
と、メルゥが漏らした。
「金ぴか」
姿を現したのは金ぴかの鎧を装備した男だった。
一目で分かる。探し人ライツさんだ。
ぜぇぜぇと息を切らしながらライツさんはこちらまでたどり着くと、僕達を確認するや否や慌てた顔して飛びついてくる。
「た、助けてくれェ! 出た、出たんだ!」
「え、え? な、何が?」
「あああああいつだよ! あいつだよ!」
「だから何が?!」
混乱している。
何をそんなに慌てているのだろうか。
メルゥが「君がライツかい?」と聞けば、金ぴかの人はぶんぶんと頭を上下に振るう。確定。
「じゃ、戻ろうかリュイ君。急いでここから離れた方が良さそうだ」
「そそそそそうだ! 今すぐ離れた方が良い! 仲間が3人やられた! 逃げよう! 今すぐに逃げよう! お、俺を守ってくれェ!」
「え、ちょ、ちょ!? あまり引っ張らないでくれ!」
ライツさんがメルゥの手をしきりに引っ張っている。まるで何かに怯えているようだった。
その時だ。
――――……
――――……
「……ん?」
微かに音が聞こえた。
何かが射出された……空気が抜けるような音。
しかし《索敵》には反応がない。
しかし、確かな危険が迫ってきていた。
ギラりと光る薄鈍色の、凶器がメルゥとライツさんを目掛けて!
「っ……!?」
気が付けば、僕は二人の庇っていた。
飛んで来たのは2本の刃。
それは確実にメルゥとライツさんを狙っていた。僕の《索敵》が及ぶ範囲外から飛んで来た刃は、二人の命を狙って飛んで来たんだ。
だからこそ、僕の体は勝手に動いてしまったのかも知れない。
「……! り、リュイ君!?」
メルゥの悲鳴が聞こえてくる。
お腹が熱い。
視線を下げれば、鋭利な刃が僕の胴体と胸を貫いていた。
意識が遠のいていく。
気を失うっていうのは、こんな感じだろうか。
「うああああああ! か、勘弁してくれよォ!」
「きゃっ!?」
ライツさんがメルゥから手を放し、突き飛ばす。
なんてことを……。
薄れ行く意識の中で僕が最後に見たのは、こちらに歩み寄る、黒尽くめの男の姿だった。