10、迷宮、エリア1『森』
迷宮。
魔物がはこびる奇妙な空間。
それはいつ、どこで、なんのために生まれたかは分かっていない。
転移結晶を通した先にある謎の空間には、僕達が住む世界となんら変わりない景色が広がっている。
空もあるし、地面もある。
水だって、空気だって。
唯一違うのは、魔物が存在する点か。
その魔物が生まれてくる原因も聖都の学者は解明に至っていない――
「――つまり迷宮は、何一つとして分かっちゃいないんです」
ここは迷宮、エリア1『森』
魔物がわんさかと居る森の真っただ中だ。
僕は魔物を探す道すがら迷宮について力説していた。
何故、こんな森が『迷宮』と呼ばれるか。
それは侵入した人々を迷わせる入り組んだ地形、行けども変わらない森の景色にあるということ。
ではどうやって帰還するか。
それは木々に特殊な魔力で刻んだ目印を付け、辿ることによって元来た所へ戻ることが出来る。
などなどと。
メルゥは「ほぇー」と時たまに相槌を打っている。
「ふーん、リュイ君たち人の子には、迷宮ってそういう認識なんだね」
「認識と言うかなんというか。迷宮は僕たち冒険家にとってはロマンの塊なんですよ」
そう。
冒険家はあえて危険の中に飛び込んでいる。何故、そこまで彼ら突き動かすのか、その原動力は未知への探求心故に。
まあ、これはヴェッジさんの受け売りなんだけどね。
「ほぇ、ロマンか。私はあんまり分からないなぁ」
「まあ人それぞれですからね、こればっかりは」
ロマンだけで冒険家が生きていく事は出来ない。
もう一つ。
彼らを動かす原動力は、魔物にある。
「……リュイ君」
「分かってます」
何かを察知したメルゥ。
それは僕にも認識できた。
正面から断続的に響く一つの羽音。
距離は遠く、音は小さい。けど、それはやがて大きくなっていく。
「来ます!」
魔物が来たのは正面。
……違う、背後だ!
「グイイイイィイいい!」
奇声。
振り返れば、茂みから姿を現す魔物の姿。臀部から突き出す巨大な毒針が最大の特徴かつ最大の武器『キラー・ビー』と呼ばれる蜂型の魔物だ。
熟練の冒険家すら毒針で餌食にするコイツは、死角からの攻撃を得意とする。
正面から聞こえてきた羽音は恐らく囮。
仲間と連携し、正面へと気を向けさせたところを背後からブスリ。それがキラー・ビーの常套手段。
けど、作戦が割れていれば、なんてことない。
僕はコイツの手口を知っている。
「……ッ!」
振り向きざま、向かってくる毒針を避ける。
毒針は背面を通過。
「うおりゃぁ!」
そのまま回転に身を任せ、手にする杖で魔物を殴打する。
ぐちゃりと鈍い音がし、緑色の液体が地面に飛び散った。体を震わせながらもまだ生きている魔物にもう一度杖を振り落とし、止めを刺す。
しかし、これで戦闘は終わりではない。
周囲にはまだ魔物の気配が、
「メルゥ、まだ……!」
掛け声は要らなかった。
僕の視界の隅に映るメルゥは既に臨戦態勢。
左右の茂みに両の掌を向けて氷のつぶてを放つと、草木を掻き分けて緑色の液体が飛散する。
身を隠していたキラー・ビーは自慢の毒針を見せる事なく、無詠唱の魔法によって哀れな末路を迎えた。
「残りは一匹だね」
メルゥは人差し指を前方へ構える。
そして放たれた氷弾が森の奥へ消えていくと、羽音が消えた。
それを確認すると、メルゥ一息ついて、その場に座り込んでしまった。
「はぁ、疲れるねぇ」
「そんなお年寄りみたいな」
「既に君の数倍は生きてるよ私」
その見た目で言われても説得力ないなぁ。
僕は懐から取り出した粗末なナイフでキラー・ビーの解体に取り掛かる。バラバラに粉砕しちゃったけど、お目当ての毒針は傷一つ付いていない。
「でもメルゥ。油断しないでくださいね。この森はどこから魔物が襲い掛かってくるか分からないんですから」
「んん、そだねぇ。って何をやってるんだい?」
「何って解体ですけど」
『見れば分かるよ』とメルゥは顔をしかめる。丁度、魔物の臀部から毒針を引きちぎったからだ。どうやらこういう光景は苦手らしい。
まあ僕も好きでやってる訳じゃないけどね。
だって虫苦手だし。出来る事ならやりたくない。
「なんでもこの毒針には魔力が蓄積されてるらしくて、聖法騎士団が換金してくれるんです。けっこう良い値が付いたりするんですよね」
「そ、そうなんだ」
「どの魔物にもこういった部位があるらしくて、それを換金してお金を得るのが冒険家なんですよ」
これが冒険家を迷宮へと誘うもう一つの原動力。
一攫千金を狙って冒険家になる人は多いそうだ。
先ほど言った通り、どの魔物にも魔力が詰まった部位が存在し、聖法騎士団が迷宮から出た際に買い取ってくれる。
で、その部位を買い取った聖法騎士団はどうするかというと、ため込んだ魔力を抽出し、色々と技術の発展なんかに役立てているそうだ。
夜になると街灯が点くのも、この魔力を動力にしているお陰なんだとか。
ちなみに換金する際、ギルドに所属する者は換金額から一定の割合で差し引かれ、ギルドへと自動的に納められる仕組みになっている。
「……なあリュイ君」
「? なんですか?」
淡々と僕はキラー・ビーの毒針を解体していると、ふとメルゥは僕が背にぶら下げる杖を見て言う。
「君、召喚術士なんだろ? どうして魔物を杖なんかで撲殺してたんだい?」
確かに。
いや、たしかにって僕が納得するのも可笑しな話なんだけど。これにはちょっとした訳がある。
以前、僕は亡くなったおじいちゃんが使役していたゴブリンと主従の契りを交わし、召喚獣として使役していた。
けど、ゴブリンもけっこうな歳を重ねていたようで、すぐに息を引き取ってしまった。それからは、特に他の魔物と契りを交わそうだなんて、特には思わなかった。
その事を伝えるとメルゥには「不思議な子だなぁ」なんて淡泊な返事をかえされてしまった。
「竜神祭で使役獣を召喚出来るからって、心のどこかで思ってたかもしれませんね。ほとんどソロでしたから、お陰で杖術が随分と上達しちゃいましたよ」
「ふーん、まあいいけど。そのお陰で私はリュイ君を独占出来る訳だし」
「ちょ、やめてくださいよ」
また変な事言ってる。
「浮気したら嫌だからね」
「ほ、ホントにやめてくださいよ!」
「照れちゃって、可愛い奴め」
うりうりとメルゥが僕の脇腹をつついてくる。
と、とにかくだ。
浮気かどうかは分からないけど。使役獣は一生に一度しか得られないから、浮気だなんて出来っこないんだ。
通常、召喚術士は同時に5体までしか魔物を使役出来ない。
その5体の内訳としては、
一般的に『通常枠』と『特殊枠』からなる。
野良の魔物と契約を交わす『通常枠』で4体。
成人を迎える年に召喚する『特殊枠』で1体。
上記が5体の内訳だ。
特殊枠は俗に言うメルゥの様な『使役獣』の事を指す。
そして使役獣との主従の契りは一旦、契約を結べば勝手に解除する事は出来ない。どちらか片方が死ぬことによって初めて契約が解除される仕組みだ。
おさらいすると、
『通常枠』――召喚獣は、普段は各々で別行動しているけど、必要な時が来たら召喚。役目を終えると魔物は元居た場所へと戻っていく。
途中、既存の魔物と契約を破棄し、新たに魔物と契約を交わすことが出来る。
『特殊枠』――使役獣は、一旦召喚してしまえば元の場所に戻す事は出来ない。つまり、生涯のパートナーという訳になる。
これは成人を迎える年に竜神祭にて交わす特殊な契約だ。通常枠とは違い、新たに魔物と契約を交わす事は出来ない。
一生に一度しか、使役獣を得ることが出来ないという訳だ。
「とまあ、大雑把に説明するとこんな感じなんですよ、召喚術士が使役出来る魔物って」
「私、召喚術士ってもっとぽんぽんと魔物を召喚出来ると思ってたよ。まさか5体までって、意外と厄介な制限があるもんだねぇ」
まあ、無限に魔物を召喚出来たら今頃、冒険家は召喚術士だらけだろうなぁ。
「ですが、まだ一つ。召喚術士にしか出来ない事があるんですよ!」
そう、召喚術士にはもう一つ特徴があるのだ。
メルゥの口から「ほう」と薄く期待が漏れた所で、僕は説明を開始する。これがなくちゃあ召喚術士は語れないってくらいの特徴を。
「それはですね、召喚術士のみが持つ特有のアビリティ《育成》です」




