01、竜神祭
この世界では、齢14にして成人となる。
その14という数字には《召喚術士》にとって特別な意味を持っているらしく、例に漏れず召喚術士である僕、リュイは聖都へと招集された。
招集されるのは今年に成人を迎える召喚術士の子供たち。
魔物と呼ばれる異形の生物を操る術士は、大聖堂と呼ばれる聖域にて特別な魔物を召喚し、主従の契りを交わすことになる。
「さあ! 未来の誉れ高き白銀達よ! これから君達には、生涯のパートナーとなる魔物――つまりは《使役獣》との契りを結んでもらう!」
聖都の中心にある聖域〈大聖堂〉にて、白銀のローブに身を包む神官様が手を広げて叫んだ。
ワッと期待のこもる歓声が起きる。
僕を含めて、この大聖堂に居る人達は皆、今年で成人を迎える子供達だ。
「今回、君達が召喚する魔物は、通常とは異なる強力かつ特別な生物達だ!」
神官様は特別と言ったけど、今回召喚されるのは、迷宮に潜む魔物となんら変わりはない。
違うのは、生涯のパートナーになるといった点。
通常、召喚術士が召喚する魔物は役目を終えると、元居た場所へと戻っていく。
けれども、この召喚で呼び出された魔物を《使役獣》と呼び、彼らは役目を終えても元居た場所に戻ることはない。
文字通り、生活を共にする事になる生涯のパートナーという訳だ。
「強力な魔物、すなわち使役獣が呼び出されるは、この大魔法陣! 君達の身内に召喚術士は居るかな? 彼らが使役する使役獣達は皆、ここから呼び出されたのだ!」
そうだ。
僕の両親も召喚術士だったけど、物心を覚える前から既に他界してたから何を使役していたかは分からない。
けど、僕を育ててくれたおじいちゃんはゴブリンをパートナーにしていた。
そんなおじいちゃんも寿命を迎えて死んでしまった。後を追うように老いたゴブリンも息を引き取った。
孤児となった僕は、とあるギルドに引き取られることになった。そこで僕は召喚術士として働くことになったんだ。
ギルドに居る召喚術士達は、皆すごい魔物を使役獣にしていた。
キマイラ。
ケルベロス。
ゴーレム。
サイクロプス。
そんな使役獣を見ていると、僕もこんな魔物達と契約したいなって嫌でも思ってしまう。
そして迎える僕が成人する今年。
聖都が毎年開催する『竜神祭』に僕も呼ばれることになった。その祭りで僕も晴れて使役獣と契約を結ぶことになるんだ。
「我らが竜王、白竜のメルフィーヌ様の祝福によって、私たちは今年も竜神祭を開催することが出来た。君達が使役獣と契約出来るのも、すべては竜王様のお陰である。ともに、感謝の祈りを捧げようではないか」
と言って、神官様が手を合わせて空を拝む。
彼も毎年開催されるこの儀式に飽き飽きしているのだろう。祈りは一瞬で終わっちゃったし、竜神祭についての説明が一切ない。
竜神祭。
って聞けば近所のおじさん曰く『この世界を見守る竜王メルフィーヌ様に感謝する祭りだ』とのこと。
竜王メルフィーヌ様の名前を知らない人なんてこの世には居ない。なんでも太古の昔に世界を救った救世の竜神なんだとか。すべての竜の祖先って伝説もある。
その姿を実際に見たって人は誰も居ないらしいけどね。
僕だって見たことないし。
竜王なんてまやかしだって言う人も居る。
すべては伝承、言い伝えだ。
まあ本当か嘘かはさておき、今日は待ちに待った竜神祭だ。今日で僕も使役獣と契約を結ぶんだ。
どんな子なんだろう。
想像するだけでワクワクしてくる。
誰がどんな子と契約するかは完全にランダム。
人によっては超小型の虫型使役獣なんて事もありうる。
僕はどんな子が来ても全然ばっちこいなんだけどね。
『やっべぇ、ワクワクしてきた』
『もし虫なんかパートナーにしちまったら村中で笑いもんになっちまうな』
『俺の父さんなんか白アリだったぜ。家中穴ボコで困ってるよ』
『捨てちまえよそんな使役獣』
『あー、俺の使役獣ってどんな奴だろう、まさかのドラゴンだったり?』
『それはねーよ』
僕の周りに居る人達もワクワクが隠せない様子で、心ここにあらずといった感じだ。
僕たちの視線の先、床の中心には大きな魔法陣が光り輝いている。そこで祈りをささげると使役獣が召喚されるという仕組みだ。
あの魔法陣からドラゴンが召喚された例は少ない。今までの歴史の中で、たった二人と僕は聞いたことがあった。
「うぅ……、緊張するなぁ」
僕は全然、どんな子が召喚されても大丈夫なんだけど。やっぱりどんな魔物がと考えてしまう。
「おお!」
考え事をしていると、再びワッと歓声が上がった。どうやら一人目の召喚が終わったらしい。
魔法陣の中心には、今まさに召喚された使役獣――ワイバーンがその大きな翼を広げて空を舞っていた。
レア度の高いモンスター筆頭の使役獣だ。
周囲の人達はそんな使役獣を見て興奮していた。ワイバーンは強いし、空も飛べるしとそう意味でもレア度が高い。
思わず僕もと期待が込み上げてくる。
「さあ次は君の番だ」
「は、はい!」
最初の一人目からどれくらいの時間が経った頃か。やがて僕の順番が回ってきて、神官様に手招きされて魔法陣の前へと立つ。
「では、始めろ」
こくりと頷き、目を閉じて祈りを捧げる。
ここで竜王メルフィーヌに祈りを捧げると、生涯パートナーとなる使役獣が召喚されることになっている。
……筈なんだけど。
「馬鹿な、まさか……こんな事になるとは」
不吉な声が聞こえてきて僕は目を開けると、顔を真っ青にしてワナワナと震える神官様の姿が視界に入った。
当の本人、僕は何が起きたか全く分からない。
だって、何も召喚されなかったのだから。
魔法陣は光り輝くばかりで、何を呼び出すそぶりも見せない。
一体何が起きているんだろう。
「し、召喚が一方的に、キャンセルされた」
神官様が僕の疑問に答えを出す。
なんだって?
キャンセル?
意味が分からない。
でも、僕の置かれた状況については、なんとなく察しはついた。
だって、神官様が声を上げると、ガチャガチャと金属の擦れる音を鳴らしながら、聖都の守護者――聖法騎士達が剣を引き抜いてこちらに向かってきたのだから。
もしかしなくても、やばい。
「え、え? 僕、なにかやっちゃいました?」
「この不届き者めがァ! 貴様、竜王様に何をしでかした!」
「えぇ!?」
神官様が怒り狂う。
顔を真っ赤にして合図を出すと、聖法騎士達が僕を目掛けて走り出す。
「ちょ、僕は何もしてませんってぇ!」
「黙れ! 貴様は竜王様の逆鱗に触れたのだぞ!」
そういえば、僕は聞いたことがあった。
以前、成人を迎えたばかりの若者が興奮を抑えられずに何かやらかしちゃった事があったらしい。
竜王様を怒らせたその若者は、召喚の契りを一方的にキャンセルされた。
それにだ。
竜王様は生きとし生けるもの全ての頂点。
怒ると天地がひっくり返ると言われている。
以前の若者の際には、聖都は前代未聞の災厄に見舞われたとのことだ。
神官様が怒り狂うのも無理はないのかも。
「僕は……」
何もやっていない。誓って言える。
けれど、
「黙れ、貴様は死罪だ!」
「……くそう!」
逃げ出すしかなかった。