第7話『留学生』
俺とジョージと羽多野は3人で頭を悩ませる。
どうすれば俺のイメージがアップするのか、見当もつかない。
「スポーツ万能なところ見せるとか?」
「……運動系は余計警戒させるだけだろ」
「じゃあ成績いいとこ見せる?」
「……お前、頭いいのか?」
「よ、よくない」
「……ダメじゃねえか」
「くっ……ほ、ほら! ふとした時に優しさが垣間見える的なイベントがあるかもしれないだろ!」
「……都合よくそんなイベント起こるか?」
って感じで、俺とジョージが思いついた案を羽多野がバッサリ切り捨てるというやり取りを、何十回も続けている。
何十回も付き合ってくれてるこいつらには頭が上がらんな。
「イベントってのはなぁ! 起こるんじゃねえ、オレらで起こすんだよ!」
「……例えばどんな?」
「だーかーらー! それを考えてんだろうが! お前もダメ出しばっかしてねえで案出せや!」
「……そうだな、例えばあの角から女子が出てきたとする」
俺たちのすぐ近くの曲がり角を指差して羽多野が言った。
「……その女子はお前に縋り付いてこう言った。奴らに追われている、助けてくれ、と」
「ほうほう、それで?」
「……その直後、その女子を追って数人の不良生徒が出てくる。そいつらはお前に「女を差し出せば痛い目には遭わせずに済ませてやる」って脅しをかける」
「おお!」
「……あとはお決まりのパターンだ。脅しに屈せず不良たちを圧倒。その女子はお前に惚れ、勝手に周囲の誤解を解いてくれる。その後はテンプレラブコメ展開がお前を待ってるって寸法だ」
「なるほど……!」
感心する俺に、羽多野がドヤ顔で鼻を鳴らす。
「で、その不良役をお前らがやってくれるってことだな!」
「……は? 俺はやらねえけど」
「オレも」
「ホワィ!? 完全にそういう流れだったろ今!?」
「バッカ野郎! それだとオレらがおこぼれに与かれねえだろうが!」
「……それに俺らが不良役とか不自然でしかねえよ」
ジョージはともかく、羽多野の言ってることは一理ある……というか真理だった。
不良か……そんな都合よく引き受けてくれる奴なんていないだろうしなぁ。仮にいたとして、そんなお人好しを悪者にするのは心が痛む。
それ以前に監察官として失格だけど。
「あーあ、空から不良降ってこねえかなぁ」
「……そこまで行くなら女の子を欲しろよ」
本末転倒。よくあることだ。
さて、下らん考えはやめて、そろそろ本気でイメージ改善方法を考えなきゃなぁ……と、溜息をついた時だった。
「ぐああああッ!!」
「え?」
曲がり角から男子生徒が吹っ飛んできた。
さっき羽多野が指差してた曲がり角から、女子ではなく男子が吹っ飛んできたのだ。
もう一度言おう、吹っ飛んできたのだ。
「……はい?」
ぽかんとして、3人で顔を見合わせる。
みんなジャージも羽多野も間抜けな顔をしていた。多分、俺もそんな顔をしてると思う。
あまりに突然すぎて唖然とすることしかできなかった。
が、異変はそれだけで終わらなかった。
「ぎゃあっ!?」
「ぐおおっ!!」
次々に吹っ飛んでくる男子。よく見るとみんな不良っぽかった。
降ってこないかなぁとは言ったけど、吹っ飛んでこいとは言ってねえよ!? 何これ!?
地面に転がる合計10人ほどの不良を見て首を傾げていると、さらに曲がり角から誰かが来た。
今度は吹っ飛んできたのではなく、普通に歩いて姿を現した。
現れたのは、1人の長身の少女だった。
軽くウェーブのかかった濃い茜色の髪をポニーテールにまとめ、その瞳は翡翠のように透き通っている。
顔立ちは整っているが、やや吊り目なのと横一文字に結ばれた唇が、どこかやさぐれた雰囲気を醸し出していた。
少女は俺たちの存在に気付いていないのか、俺たちには目もくれずに不良の山に話しかけた。
「何のつもり? 誰の差し金? ……なんて、どうせあのネズミ女だろうけど」
透き通った綺麗な声なのに、そこから感じられるのは圧倒的な威圧感のみ。
溜息混じりの呆れた口調ではあるが、相当不機嫌なのが感じ取れた。
「次、こんな真似したらこの程度じゃ済まさないから。アレにもそう伝えといて」
それだけ言い捨てると、少女はくるりと背を向けて歩き出した。
そこでようやく俺たちの存在に気付いたらしく、
「……何?」
「い、いや? 何も? ただ俺たちはたまたまここにいただけっつーか、その……うん、俺は何も見てないから」
「あっそ、別にどっちでもいいけど」
「見られたからには殺す!」的な不良少女かと思ったけど、特にそんなことはなかった。
少女はさして興味も無さそうに俺たちを視界から逸らし、そのまま立ち去って行こうとした――その時。
風通しの悪いこの場所に、一陣の風が吹いた。
梅雨の季節特有の生温い風はやや強く、この場所にそれだけの風が吹くのは奇跡にも等しかった。
そして、その奇跡の風は、生温さと共に1つの奇跡を運んできた。
彼女の短めのスカートが舞い上がり――その中に秘匿されていた、黒いレースの桃源郷が姿を現す。
「……っ!?」
バッ、とスカートを押さえる彼女の頬には薄く朱が差し、無機質だった表情に可愛らしい人間味が顔を覗かせる。
「……見た?」
「……いや、俺は何も――」
「ご馳走様でしたァ!!」
無難にやり過ごそうとした俺を突き飛ばしてジョージが叫ぶ。羽多野は「パンツ降臨……」と拝んでいた。
すると少女は羞恥の表情からゴミを見るような絶対零度の視線へと切り替え、
「……死ね」
とだけ言って立ち去っていった。
やべえ、完全に怒らせた……あ、でもパンツも罵倒もご褒美でした。ありがたや。
「あの子は……」
「ああ、そういや九頭龍は知らねえよな。あれ一応オレらのクラスメイトなんだぜ」
あれ、とはさっきの茜色の髪の少女のことだろう。
確か今朝のホームルームでは教室にいなかった。何となく朝弱そうな印象はあったなぁ。完全に俺の主観だけども。
もちろん、俺はあの子のことも知ってる。
クラスメイトのデータは全部目を通してあるからな。
中でもあの少女は特徴的だった。
「……メアリー・サンプソン。魔法界からの留学生だ」
「あいつ、いっつもあんな感じなんだよ。無愛想っつーか冷めてるっつーか。美人だからオレは全然OKだけどな!」
「……あの脚線美は良い」
羽多野の足フェチが発動。
しかし、そうでなくてもいい脚をしていた。俺も踏まれるならあんな脚が……おっと、話を戻そう。
メアリーは俺が監察官として最も警戒を強めなきゃならない生徒の1人だ。
留学生というだけでも目立つのに、魔法の腕はすでにプロ級。あの美貌。そして周囲と壁を作る性格。
ファンもそれなりに多いが敵も少なくない。さっきメアリーが口にしていた「ネズミ女」は、その筆頭だ。
ネズミ女さんはその名の通りネズミ系獣人の魔人なので、対立が激化すると最悪の場合ストレスがマッハになって魔獣化する。
俺が現場で最も危惧している問題がそれ。よって、メアリーとネズミ女さんの監視は欠かせない。
「なんとかしてお近づきになれねえかなぁ……」
「やめとけ。ありゃ天性の一匹オオカミだ。そっとしとくのがあっちにとっても最善だろうよ」
「……女子ならもっと他にもいる。順序を間違えたらそこで終わりだぞ」
その忠告はごもっともなんだけどなぁ……俺が監察官じゃなければ。
なんというか、ままならない。歯痒い。この状況、何とかならないだろうか。
昼休みの終わりが近付き、俺たちはそんなままならない気分のまま教室に戻った。