第1話『俺、学生になります!』
「巳禄、お前学校行け」
事の発端は、上司のそんな言葉だった。
俺は「は?」という表情でデスクから上司を見上げた。
一応言っておくと、俺は引きこもりなわけでもニートなわけでもない。
バリバリ働いてるしバリバリ稼いでる。
俺はこの異界都市・東京の治安を守る『東京騎士団』の第10師団所属の立派な騎士だ。
まだ17歳だけども。
「なんスか藪から棒に。ノブさん、どっかで頭打ったんスか?」
「団長様に向かって減らず口たぁいい度胸だなコラ。その首ぶった斬ってやろうか」
「おっさんの暴力は普通に罰ゲームですー。どうせぶった斬られんなら女の子がいいですー」
直後。
俺の首と胴体がオサラバした。
目にも留まらぬ団長の一閃によって、俺の首が出血ひとつ無く地面に転がる。が、俺は死ななかった。
そして俺(の首)は床に転がったまま叫ぶ。普通の人が見たら泣き叫ぶようなホラーな絵面だ。
「おおおい!? ホントにぶった斬ったよこの人! 鬼! 悪魔! 冗談通じねえのかよ、このアラフォー侍!」
「うっせえ、見苦しいからさっさと再生しろ。話はそれからだ」
「自分がぶった斬ったのにこの言いよう……やっぱ鬼だ!」
俺は転がった首を拾い上げ、胴体にくっつける。俺ってばマジ不死身。再生力のバケモンだわ。
それから何事もなかったかのように、上司であるノブさん――第10師団団長・小野屋信明に向き直った。
「で、マジで何なんスか? まさかさっきの冗談じゃねえんスか」
「下らねえ冗談は言わねえよ。マジだマジ。お前には渋谷第三魔道学園に監察官として通ってもらう」
「監察官……? 俺が?」
監察官とは、その名の通り潜入先に異常が無いかを監視し、有事の際にはそれに対処する者。
この異界都市・東京では魔法が発達してるほか、いわゆる「魔人」や「亜人」と呼ばれる人種も多いため、それらの特性を悪用する輩が出ないように監察官が必要なのだ。
ちなみに俺の不死身の再生力も、俺の「魔人」としての特性だ。
ぶっちゃけ監察官なんて、いてもいなくてもあんまり変わらない。
このカオスをカオスで煮詰めたような空間を監視したところで、何が起こるかなんて予測不可能だし。
対処するっつっても単純に武力でゴリ押しするのがほとんど。弱肉強食、コレ東京の掟。
「それ俺が行く必要あるんスか?」
「無かったらお前みたいなのに命令しねえよ。1年前に潜入先で暴力沙汰起こしたお前にはな」
「あーあー聞こえない聞こえないー! っつーかそれがわかってんなら尚更俺に頼むなよ!」
「上司には敬語使え馬鹿者」
「ぎゃあっ!?」
今度は片刃剣の峰で思いっきりチョップされた。
何なの。ほんと何なのこの人。ゲンコツ感覚で殺しにくんなよ。良心とか痛まないのかね。いくら俺が死なないってわかってても限度があるよ。
「生徒として潜入できるフリーの奴がお前しかいねえんだよ」
「え、10代全滅っスか」
「お前以外は全員監察官やってんだよ。なんなら一部の20代前半の奴らもサバ読んで高校行ってんぞ。30代でセーラー服着させられてる奴もいたな」
「うわぁ痛々しい……」
「やめてやれ、本人も死ぬほど恥ずかしがってた」
基本的に死んだ目のノブさんが珍しく哀れみの目をしている。俺もこれには同情せざるを得ない。合掌。
ノブさんは煙草の煙を薫せながら短い黒髪をガシガシと搔き、
「そんな死ぬほど恥ずかしい思いをしてる奴がいるのに、お前と来たら」
「いやいやその分めっちゃ働いてるじゃないスか! 今じゃ第10師団のエースっつっても過言じゃねえ程っスよ!?」
「それとこれとは話は別だ。お前は来週から渋谷第三魔道学園の生徒。拒否権なんざねえぞ」
ですよね、知ってた。
ノブさん唐突な無茶振りしかしないし。
文句言ってもしゃーないから何も言わないけどさ。
それに今回は30代の尊い犠牲者もいることだし、その人のためにも重い腰を上げてやるとしよう。
「はぁ……了解っス。でもなんでこのタイミング? もう6月っスよ?」
「時期的には中途半端なんだけどな。最近、その学園の近辺で事件が多発してんだよ。魔物の月間出現量も増加傾向。見張っといて損はねえだろ」
「あー、そういや物騒っスよねあそこ。でも魔物まで増えてるなんて知らなかった……」
この東京では、たまに空間を突き破って、その狭間から魔物が出現する。
これがただの雑魚ならいいけど、強い個体だったり、ゴブリンみたいにやたら統率が取れてると面倒くさいことになる。
その魔物を討伐するのも東京騎士団の立派な仕事だ。むしろ本来はこっちがメインかな。
住民側の方がぶっ飛んでるから忘れがちだけども。
「それに最近お前、慢心してんだろ」
「慢心?」
「ああ。確かにお前の実力は高い。不本意ながらお前のことを第10師団のエースと認めなきゃならねえほどにな。非常に不本意だが」
「そこまで不本意かこの野郎」
「ま、とにかく今のお前は周りをナメくさりすぎなんだよ。どこかで自分は絶対負けないと思い上がってやがる。だからその天狗の鼻をボッキリ折ってやろうと思ってな」
えぇ……そんなに慢心してるつもりないんだけど。
それに俺が強いのは事実なんだし、自信持ったっていいじゃない。これは慢心ではなく余裕というのだよ。
「監査官として学校に行ったところで、俺の自信が折れるとは思えねえんスけど」
「折れねえまでも、意識は変わるだろうよ。最近の学生はレベル高ぇからな。油断してたらすぐ追いつかれるってことを思い知らせてやろうかと」
「うへぇ……そこまでレベル高いんスか。逆にちょっと興味わいてきたかも」
まぁ、それは薄々感じてたけどね。
最近の一般人は強すぎてもはや逸汎人だし。
出現した魔物が東京騎士団到着前に民間人に殲滅されてるとかザラにある。
でも学生だろ? 流石にそこまでぶっ飛んだ奴はいないだろー。もしかして身体能力が高いとか? それもたかが知れてるな。
んー、考えれば考えるほど微妙……いや待て。学園ってことは周りにはJKがいっぱいいるということじゃないか!
合法的に女子高生とお近づきになれるチャンスなんて今しかない!
「行きたくなってきました、学校」
「そりゃ結構。今度は問題起こすんじゃねえぞ」
「わかってるっスよ! 今度はドン引かれる行動は取らない! そして夢の現役JKハーレムを作るんスよげへへへ」
「……俺は責任取らねえからな」
呆れたように溜息をつき、ノブさんは俺に背中を向けた。
それから何かを思い出したように振り向いて、
「ああ、ちなみに転入試験今日の昼からだからな」
「はぁ!? おまっ、急すぎるわ! 監察官なんだからその辺免除されるんじゃねえの!?」
「俺がやらせるように手配した」
「なんでだよ! 嫌がらせばっかかよこのクソ上司!!」
「上司には敬語」
「ぬわああああッ!?」
今度は剣先で顔面ぶっ刺された。
もうやだこのパワハラ上司。
だがしかーし!
そんな日々も今日で終わり!
夢の学園生活が俺を待ってるんだぜ! 後から僻んでも知らねえからな!
……転入試験合格したらの話だけど。