第四話 煽ル
第四話 煽ル
2055年8月1日
「神谷さん! 待ってください!早すぎますよぉー」
特殊犯罪捜査課、新人捜査員の角田は捜査資料を両脇いっぱいに抱えながら、同課の先輩捜査員である神谷を追いかけている。
「あなたそれー、車に置いてきなさいよぉ。ったく……」
神谷は姉が弟を窘めるように優しく後輩を叱責した。
台東区で女性の変死体が見つかった同じ日の早朝、筑波市内にあるNACI(国立高度電子機器研究所:National Advanced Cyber Institute)に特課の捜査員である神谷と角田 の姿があった。
「あー、研究員の騎崎さんと面会したいのですが」
角田が受付ロボットに面会要請をする。すると、すんなりと機械音声で案内が開始される。
「わたくしがごあんないたします。どうぞこちらに」
流暢な音声。二人は騎崎の研究室へと誘導されていった。
吹き抜けのロビーを抜け、多くの研究員が雑然と行き交う中、長く広い廊下を進んでいく二人。案内ロボットに先導されながらアイコンタクトを交わす。
耳にはインナートランサー(内耳型思考送信機)が装着されている。これは、思考の中の『言葉』を特定の端末間で送受信できるというもので、テレパシーのように頭の中で文章を思い浮かべると相手に送ることが出来る。特課では、このインナートランサーを標準装備としていた。
《角田、いいわね。打ち合わせ通りに》
神谷はうなずきながら角田を見つめる。角田も合わせてうなずいた。
《でも、先輩、どこからNACIの内部情報仕入れたんですか?》
《言わなかったかしら?三日前に私宛に直接タレコミがあったのよ。相手の素性は不明だけど情報の精度からみて内部リークだと思ってるわ。NACIは、政府によってqAI(量子人工知能)の研究開発を目的に作られた施設でしょ。内部リークするならもっとやり方があるはず。情報統制も徹底してるでしょうね。でも、2kmしか離れてない場所に世界的B-SABotメーカーであるデュボット社の本社兼研究施設がある。実は、NACIとデュボット社は公にこそしていないけどB-SABotの共同開発をNACI内部で行っているのは前から知ってたわ。だから、今回、“ヤマ”を張りにね》
《それは分かりましたが、今年、日本で例の大会開かれるから、関連施設は軒並み警察でも入館規制あって、入館許可取るのにめちゃくちゃ苦労したんですよ!先輩が急に聴取取りたいって……もうちょい前もって教えてくれても……》
《ごめんごめん。帰りに宇都宮寄って餃子でも食べてく?》
《マジですか?!やった!ゴチになります!》
《誰がおごるって言った!調子に乗るな!》
目的の部屋らしき前に到着した神谷は、徐に扉横のインターフォンに語りかける。
「失礼します。警視庁、特殊犯罪捜査課、神谷と申します。よろしいでしょうか?」
音も無く磨りガラスの自動ドアが開いた。
「どうもはじめまして。捜査員の神谷と言います。お忙しい中どうもすいません。あっ、こっちは角田です」
「角田です。宜しくお願いします」
その部屋は、研究室というよりオフィスのような小綺麗さがあり、整然と何も無い応接間のような空間に二人は違和感を覚えた。さらにそこに立っていた人物にも同様の感覚を覚え、入室と同時にやや動きを止めてしまう。
背広を着た男が一人。二人のあいさつに軽い会釈で返し、コーヒーメーカーに溜まったたっぷりのコーヒーを2つの紙コップに少な目に注いでいる。
「何ですかご用件。忙しいんで手短にお願いします」
あからさまに眠そうなあくびを二人に見せつる。
「いやー、最先端のB-SABot研究をされている騎崎さんにいろいろとご意見を伺おうと思いまして……昨今の物騒な事件についても……」
神谷は公にされていないB-SABot研究に対する探りを込める。
その探りに、騎崎は即座に反応した。
「うちはB-SABotなんか研究してませんし、私の専門は当然qAIで、ここはNACIですよ!専門外のことは分りませんよ。しかも、私のような一介の研究者には……」
神谷はすぐに切り返す。
「いやいや、東大の大学院で助教授までされていた騎崎さんだし、NACIという最先端の施設でいろいろ情報も集まってきていると存じますが……。B-SABotの件は、まあ、我々も国家組織ですんで、大体は把握しているんですよ」
「……」
怪訝にうつむく騎崎。
「お時間取らせてもあれなんで、単刀直入に。こちらを見て、心当たりありませんか?何でもいいです」
神谷は角谷に目くばせをしする。角田は身に着けていた腕時計から立体ディスプレイを展開させ、2枚の映像を騎崎の眼前に映し出す。
「まず、こっち。写っている物に心当たりはありませんか?」
神谷は2つの内、一方の画像に騎崎の目を誘導する。そこには、1本の日本刀が写っていた。
「刀ですね……」
騎崎は素っ気なく返答をして黙り込む。その様子を見ながら、神谷は無表情で間髪を入れずさらに付け加える。
「ここ、ここを見てください。文字が書いてあるでしょ?見えますか?」
「ああ、ええ、小さいけど書いてありますね。それが?」
騎崎は文字を見つけると、とっさに目をそらす。その見てはいけないものを見てしまったという一瞬の挙動を神谷は見逃さない。
1枚目の画像に写る日本刀。その刀の柄の金細工を拡大すると、
『ADOSTIA』
と、アルファベットで彫り込まれているのがわかる。その文字を指さし、騎崎の顔をジッと見つめる神谷。目線を合わすことなく、神谷の圧に焦る騎崎は口を開いた。
「それがどうかしましたか?アドステイア?何ですかそれ?初耳ですね。聞いたことが無い。それにもう1枚の方、そっちも全然意味が分かりませんよ。私の研究に何の関係のないじゃないですか!?」
そう言いながら2枚目の画像に少し目をやるとすぐさまその画像から顔を大きくそらしてしまう。とても凝視していられないといった怪訝な表情を浮かべながら。
たしかにそれは目を背けたくなるような内容であった。そこに写っている映像は横たわる生気のない人間に無数の虫?のようなものがへばり付いているものだったからだ。
神谷はつぶさに騎崎の表情を観察する。
「あー、これ。これですねぇ……角田、拡大して!これ、虫じゃないですよ。よぉく見てください。ほらっ」
騎崎はもう一度確認したいという欲求にかられていた。(虫)以外には見えなかったからだ。徐に目を細めながら2枚目の画像に視点を置く騎崎。指摘の通り、(虫)に似ているが(虫)ではない物だと騎崎にはすぐにわかった。それを理解した途端、青ざめ、焦りを隠し切れない様子で立ち上がる。
憮然と騎崎を見上げる神谷。
爪を噛む仕草で焦りや恐怖といった感情が隠しきれない騎崎は、その場に立っていられないと言わんばかりに窓の方に向い歩き出す。その一部始終を見ていた神谷は何か確信したように畳み掛けた。
「ご存じの通り、これは医療用に開発されたマイクロマシンですが、まだ臨床では使用されていない治験段階の代物です。SABotの技術が応用されてるらしいんで、何かご存じではないかと思ったんですがねぇ……。わかりました。しょうがない。体調も優れないようですし、今日はこのくらいで帰りますが、何かわかった事があれば直にお教え下さい。いやー、私たち実は、今回、例の東京で起きている猟奇連続殺人の件をいろいろ調べていましてね。この小さいのが血液の件に関係していると断定して追っているんですが。手掛かりが無くてこま……」
っと、いきなり、言葉を切るように大きく神谷の方に振り向く騎崎。その顔、表情には凄まじい狂喜が宿っていた。
「そんなものと一緒にしないでほしい!(あれ)はもっと!……」
騎崎は突如、我に返り言葉を飲み込んだ。
「(あれ)はもっと?何ですか(あれ)というのは?」
神谷は策にはまった騎崎に白い歯をこぼしながら詰め寄る。
「だ、だ、だから、血が無くなったのはそんな(虫)のせいじゃないんじゃないかって思っただけですよ!考えてみてください。あんな小さい(虫)が血を吸ったところで血液が無くなるはずがない。何匹いようと・でしょ?!」
騎崎は何とか冷静になろうと取り繕うことに必死だ。しかし、その一言は彼にとって致命的なものとなってしまった。
「あなた、(血が無くなった)とおっしゃいました?なぜ、遺体から(血が無くなった)って知ってるんですか?……それ、捜査関係者しか知らないことですよ?」
騎崎の動きが完全に停止しする。遺体から血液が抜き取られたという事は確かに捜査関係者しか知らない事実だった。
騎崎は下唇を噛みしめる。ヤバい……どうする……この窮地を逃れる術は……。
追い込みを掛けようと立ち上り、騎崎の方を向く神谷。ふと、騎崎の背後の窓奥にある建物から黒い煙が立ち昇っているが見えた。
——ん?!
次の瞬間、突如として発生した外部からの爆音と衝撃派で窓ガラスが吹き飛び、粉々になったガラス片と爆風が室内に飛び込んできたのだ。
神谷たちは瞬間的に両腕で身を守りその場に伏せ込んだ。
すさまじい爆風は、おそらく、先ほど一瞬目に入った煙の立ち昇った建物からであろうと神谷は伏せながら推定する。
爆風は直に収まり、窓枠の外から轟音が軋めいている。
粉々に散り、室内に散乱するガラス片。灰色の煙と粉塵。何かが焦げた臭い。服を振り払いながら立ち上がる神谷と角田。いろいろな物が吹き飛び散らばった室内を見渡し、神谷は大声で叫ぶ。
「角田!追って!!」
その声に反応した角田は、すぐさま廊下に飛び出た。
30mであろうか、長い廊下の向こうにアタッシュケースを胸に抱えた騎崎が必死の様相で走っている。角田は大声で騎崎の名前を呼びその跡を追いかけた。しかし、足に傷を負ってしまった角田はすぐに追うのをあきらめてうずくまってしまう。
若干、頭部を打った神谷は目を細めながら周囲を観察している。
――痛ってて、何なのよ!一体……
神谷は衣服に着いた埃を丁寧に振り落しながら割れた窓ガラス越しに煙の立つ方を眺めてみる。そこには建物が爆発で吹き飛んで一部倒壊した様がはっきりと見えた。しかし、何が起こったかまでは容易には分らない。
ふと、神谷の目は自分の居る建物と爆発のあった建物の間の中庭に走る。眼下には避難する者や消火に向かう者が入り乱れている。その目まぐるしい中、動かない人影がある……ん?……悠然と現場を眺めて動きのない車いすに乗った1人の少年……周囲の状況との対比……違和感……。
その現場にはあまりにも似つかわしくない情景。
——あれって……
少年の青碧の髪だけが色鮮やか映し出される。
息を飲むような感覚を覚えしばらく時を止め眺めていた神谷だが、腕に付けたウェアラブルフォンの着信を知らせる強い振動で、はっと我に返った。
ウェアラブルフォンをタップすると、インナートランサーを通して脳内に直接着信が流れ込む。
《神谷さん、今いいですか?後藤です》
《今ダメ……。忙しいわ。で、どうしたの?》
《ははっ、すいません。要件だけ言います。また被害者が出ました。台東区なんですが僕はこれから現場に向かいます。同一犯の線で間違いないと思います。妙なタレコミがまたありまして……。神谷さんもすぐ来てください》
《んー、分った。こっちが片付き次第すぐ向かうわ》
《ありがとうございます。失礼します》
神谷は後藤との通話を終えると、先ほどの中庭に急いで意識を戻す。が、先ほどの車いすの少年の姿はすでになかった。
——あれは何だったの……
違和感だけが神谷にへばり付く。
っと、神谷の目にボロボロの白衣を引きずり息も絶え絶えの老人が飛び込んできた。爆発のあったビルの一階エントランスから這い出てきた老人。神谷は違和感を振り払い、すぐさま向かいのエントランスへと急ぐ。
「ったく、インナートランサー調子悪いわねぇ……まあいいわ。角田!聞こえる?!すぐ本部と連絡を取って。東京でまた例の新しい遺体が見つかったって。何やってんの?!!男でしょ、しっかりしなさい!」
駆け抜け際にうずくまる角田に声を掛けた神谷。角田も気合とともに立ち上がり神谷の後を追う。
向かいのビルのエントランスに辿り着いた神谷はボロボロの白衣を着た老人の姿を探した。逃げ惑う人々の中、柱にもたれ掛った老人を見つけた神谷はすぐに駆け寄る。
「大丈夫ですか?聞こえますか?すぐ搬送しますので頑張ってください」
神谷がウェアラブルフォンに手を掛ける……すると、老人は神谷のその手をギュッと握りしめ断末魔の声を振り絞って言った。
「も、もう、いいんだ……。それより、これを……」
片方の手に固く握りしめられくしゃくしゃになった1枚の写真を神谷に渡す老人。
「わ、わしは長い間、け、研究している……い、いつか迎えに来ると、や、やつは……。でも、だ、だめなんじゃ。やつをとめ、止めてくれ……。た、たの……む……」
老人はその言葉を最後に神谷の腕の中で絶命してしまった。
「やつって誰です?この爆発は……」
神谷は投げかけた意味の無い言葉を飲み込む。
老人が絞り出した文章の意味はさっぱり分からない。でも、何か引っかかる……この爆発に関係があるの?……徐に渡された写真。ふと、そのくしゃくしゃを開き、写されたもを覗き込む。配色の劣化などから古い時代に撮られたであろうことが伺える。そこには、全員が白衣を着た若い科学者であろう3名の人間が写っていた。
肩を組み笑い合う青年2人と真ん中で、カメラ目線でほほ笑む女性1人。
神谷はその写真から視線を外さず、ゆっくりとウェアラブルフォンをタップしたのであった。
《神谷です……》




