クラスメート(2)☆
「……なぜだ? こんなに冷たいのになぜモテる!? 大谷睦月!」
冷たい一言に青ざめて固まった一年女子を昇降口に残し、二年生の教室へ向かう階段を上り始めた矢先。
我慢ならんとばかりに桜井哲哉が吼えた。
「俺様のほうが背もあるし優しいしイイ男なのにっ!」
「ホントにな。趣味悪いよな」
後ろで雄叫びをあげている哲哉に、背を向けたまま睦月はしれっと同意してやる。
隠しているとはいえ中身は女。
どんだけ見る目がないんだ……と毎回「超」がつく程の呆れ顔で、ドでかいため息をこぼしそうにもなる。
よほど完璧に「男」に成りきれているということだろうか。
「努力と苦労の賜物」と喜ぶべきところなのだろうが、女にモテてもな……とやや複雑な思いがするのもまた事実なのだ。
けどこの状況で男にモテたらそれはそれで困るか……と薄ら寒さを覚えて苦笑したところで、いつの間にか追い付き追い越していた哲哉が振り向いた。
「いや、確かに格好いいんだよおまえは。小せえけど……。そのクールっぷりに女子がキャーキャー騒ぐのもわからなくはない。小せえけど!」
「小せえ小せえ、言うな」
これでも162センチは越えたのだ。男子としては……そりゃあ確かに低いほうかもしれないが。
憮然と抗議する睦月に構わず、哲哉が何やかやと熱く訴え続けていた。
「だがしかしっ……冷たすぎるっつーの!」
またその話か……と気付かれないようそっとため息をもらす。
能天気で軽いヤツと思いきや、時々妙に説教じみた言動に走るのが鬱陶しい。
やれシカトするな、睨むな、と――――
おまえは親か?というのだ。
どうも睦月がこれ以上敵を作らないようにとの気遣いらしい。……のだが。
「少しくらいにこやかにしてあげてもバチは当たらんと思うぞ? いやいや笑わなくてもいい。せめて心のこもったプレゼントは貰ってやれ? 女の子にはだなあ、もっと優しーく……」
「そういうの興味ない。つか、その気もねーのに下手に期待持たせるほうが酷いと思うけど?」
「そうか、女子は駄目か。じゃあ男に向かうか睦月」
「…………てめえ、殴られてーか」
「う、嘘です、冗談です……!」
やはり鼻と口を塞いでおくのだった。
普通なら軽い冗談ですむ話も、周囲の目に過敏にならざるを得ない睦月にとってはそうではない。
「じゃ、じゃあさっ、せめてもう少しだけ優しく……愛想よく、な? な? 俺らにしたみたいに」
「……おめーらにも愛想良くした覚えはこれっっっっぽっちもねえけどな」
睨んでやる気力も底をつきかけ、只々げんなりと肩が落ちた。
どんだけ振り払っても勝手に付きまとってきたのはどこのどいつだ!?と声を大にして言いたい。
いや……別に言いたくない。
勘弁してくれ、もう放っておいてくれ、と白旗を揚げかける背後で――。
「っていうか睦月っ!! あれじゃあたしが誤解されちゃうでしょ!? そのまま柾貴さんの耳にでも入ったらどうしてくれんのっ」
こっちはこっちで軽く目眩を起こしそうな発言が、狼煙として上がっていた。
どこをどう噂が巡ったらうちの親父の耳に入るというのだ……。
「……つーか洋海……『柾貴さん』って――」
この洋海はなぜかあの飄々とした父親に何らかの憧れを抱いているらしい。
まさかマジ惚れではないと思いたいが……。
父親を名前呼びされるのはどうも、なんというか、妙な気分になってしょうがない。
「あの親父のどこがそんなに……」
「全部っ」
寝起きは悪いし好き嫌いは多いし、剣持ってなきゃただの思考回路のよくわからないとぼけたオッサンだぞ?
そう脚色ゼロの実態まで幾度となく伝えてきたはずなのたが。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
「ていうか睦月、昨日だったの? 誕生日」
はっと思い出したように洋海が見上げてきた。
「そういや去年からいくら訊いてもダンマリだったもんな睦月。あの子たちよく調べたな」
「ねー? 言ってくれたらお祝いしたのにー」
わずかに口を尖らせたその表情に軽く視線を向けてから、うーん……と少しだけ宙を仰いで睦月は再び階段を上り出す。
「……要らね」
「なんでー? お家行ってさ、お料理いっぱい作ってパーっと」
「母親死んだ日だぜ? そんなにめでたくもねーし」
「――」
両手をバンザイしたまま洋海が目を瞠る。隣の哲哉も同様に。
ふいに途切れた会話と足音に、何気なく振り返る。
と――
洋海が真っ赤な顔で肩を震わせていた。
見開いた目にはみるみる涙が溜まっていく。
「な、何泣いてんだよっ! うっざ」
「ごめん……」
「べ、別に――」
別にそういうつもりで言ったわけではない。
死んでからもう十七年も経つのだ。
記憶や思い出といったものも皆無だし、父親や伯母がいるから孤独なわけでもない。
自分としてはまったく気にしていないワケで――。
それどころか、やたらめったら秘め事の多い家だ。
打ちひしがれている余裕などなかった、と言ったほうが正しいかもしれない。
「ごめん……! ごめんね睦月!」
「わ、わかった! わかったから……だから、おま……っ! す、ストップ! くっついて来んなー!」
(ば、バレる……いくらさらし巻いててもバレる……!)
泣きじゃくって抱きついてこようとする洋海を、両手で必死に押し留めている横で。
「よしっ。じゃ今日寄るか、洋海!」
哲哉がポンと手のひらを打ち鳴らした。
「どうせ今日は遅くなるし、ちょうどいいじゃん? 親父さんも安心するっしょ」
「あ、そ……そっか。体育祭準備あるもんね。ちょうどよかった。睦月本番全部見学だから、今年もクラスの準備は手伝ってくれるでしょ? 応援グッズ作りとか」
涙を拭いながらとたんに顔を輝かせる洋海に、逆に目が点になる。
「……それはするけど……ちょうどいい、って何――?」
(しかも何……? 親父が何だって?)
イマイチ流れが読めず、不思議そうに哲哉に目線を移したところで。
「暗くなったら送ってくれ、ってこないだ言われたんだ。親父さんに」
ヘラリと人懐こい(軽いとも言う)笑みを浮かべて、能天気男は親指を立てて見せた。
「……はぁ?」
帰宅部であり、家事や稽古その他諸々の事情が家で待ち構えていることもあって、日ごろ確かに明るいうちに帰途についてはいるが。
「何だそりゃ……ガキじゃあるまいし――」
夜道を一人で歩くな、とは過保護もいいとこではないか。
伊達にいろいろ鍛えられてるわけではないし、そもそも男のナリをしている自分にその手の心配は不要では?と思ってしまう。
訝しげに眉根を寄せる睦月に気付きもせずに、二人はケーキだ唐揚げだ、と指折り買って帰るものリストを諳じている。
「あ。急すぎて今日は用意できないけど、プレゼント! 何が欲しい?」
スマホを片手に、洋海がはたと顔を上げた。
どうやらこの場でケーキの予約までしようとしているらしい。
この変わり身の早さと行動力は嫌いではないが、
(涙も乾かねえうちにこの楽しそうな顔……)
ため息混じりに思わず苦笑がもれる。
「別に要らね」
「親父さん、何かくれたか?」
「特に……」
「えーじゃ携帯とか買ってもらいなよ。睦月持ってないでしょ」
「親父も持ってねーし別に必要ない……っつか。おまえらヒトの話聞け……。誕生日なんてウチじゃ別にめでたくも何ともないんだって」
信じろよ……とげんなり肩を落とす睦月の姿に、二人が一瞬だけ顔を見合わせた。
「そりゃ、お袋さんのことは残念だけど……」
珍しく困ったような笑顔を向けて、哲哉が続ける。
「けどやっぱり、俺らは祝いたいって思うぞ。睦月が生まれてきた日なんだからさ」
「――」
正面から見下ろしてくる、少しだけはにかんだ笑顔。
涙の乾ききっていない洋海も、横で一生懸命ウンウンとうなずいている。
(おまえら……なんでそんなに――)
引き結んだ唇と握り拳が震えそうになる。
「あれ? 俺イイこと言っちゃった? 睦月クン感動の涙?」
「ばっ……だ、誰が泣いてんだよ!」
結局は軽薄なニンマリ顔に落ち着いた哲哉に、ホッとしつつ、つい噛み付いてしまう。
「まーたまたあ、素直じゃないねえ。でもそんな睦月クンもステキよっ」
軽口とともにぺちぺちと頬を叩かれた瞬間。
「痛……っ」
予想外に感じた痛みに、つい大きく身を引いてしまっていた。
「え、悪い。強かった!?」
「いや違う……何か……」
焦って左頬を覗きこんで来ようとする哲哉からあわてて一歩分後退り、軽く首を振ってみせる。
「あー……切れてるっぽい。朝から何かヒリヒリすんなーとは思ってた……」
左頬の下方、というよりは顎下の域。探り当てた微かな筋をなぞるように触ると、再び痛みが走った。
原因はもちろん、髭剃りなどではなく――
「あーあれじゃね? 夕べの稽古でついた傷とか――」
「バッ……! 哲っ!」
とっさにびたんっと口を塞いで再度壁際まで追い込んでやる。
教室間近の階段の踊り場。静かな職員室周辺と違ってそれなりに生徒の往来もある。どこで誰に聞かれているかわかったものではない。
「……だから言うな!っつってんだろ、こんな学校で……っ!」
「ご、ごめん」
可能な限り声をひそめて凄んでみせるものの、自分より高い位置から、塞がれた口のままモゴモゴと謝罪してくる緊張感のない笑顔を見せられ――。
「……」
ホントに秘密にしてくれる気があるのかコイツは……と軽い目眩と妙な脱力感に襲われた。
「え、睦月どこ行くのー?」
そのまま回れ右をし、せっかく上ってきた階段をよろよろと下り始めた睦月に気付いて洋海。
「保健室……。カットバン」
短く応えて、付いて来るなとばかりにヒラヒラ手を振ってやる。
「付き合うぞー?」
「うぜえ、来んな」
「もうすぐ五限だよー。早く戻ってねー」
「伯母さ――路代先生によろしくなー」
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☆いただきものイラスト
天界音楽さまより、睦月・洋海・哲哉
『青春の境界線』
長岡更紗さまより、オシャレ哲哉
お二人とも、とっても素敵なイラストありがとうございました!(*- -)(*_ _)ペコリ