ホントはさ(1)
「あんた……」
いつから背後に――?
縛り上げてもなお長い髪をなびかせ、薄く笑んだまま泰然と外壁に腰掛けていた緋架。
蔑むようにこちらを見下ろしているものの、まるで獲物への狙いが定まったかのように切れ長の目には力が宿る。
こんな殺気立った――危険な存在に気付かなかったとは。
猛省しながらもすっくと睦月は立ちあがり、気持ち哲哉と洋海を倉庫、校舎側へ下がらせる。
「っ……!」
二人を庇うように前に踏み出したとたん、右足首に激痛が走った。
「おい、無理すんな足……」
「睦月……!」
一瞬のふらつきにすかさず心配の声があがる。
和やかな雰囲気から一転して突如緊張一色になったにもかかわらず、節度を失った言動をしない二人。それどころか、まずこちらを気遣う余裕すらあるとは……。
直前に洗いざらい話しておけたことで、状況をすんなり把握してくれた、というのもあるのだろうが。
(さすがというか何というか……やっぱこいつら普通じゃねーな)
大物感にむしろ感心する。
だが――
二人を守れるだろうか? こんな足で。
そんな不安を押し殺して目の前の女を睨みつけてやる。
「ひとりか。……龍は?」
龍とは違って彼女のほうは最初から手を下す気満々だった。あきらめずにまた狙ってくるだろうとは踏んでいたが、まさかこんなに早い再会になるとは思ってもみなかった。
「教えてやる義理などない。おまえに何の関係があるの?」
「関係……って」
「ああ、妹だったわね」
「……」
先ほどよりいやに刺々しくなっている気がする。気のせいだろうか。
「そして、討ち果たすべき我らの敵。龍の妹である前にね」
見下し憐れむように眉根を寄せたまま、緋架はゆったりと赤い口の端を吊り上げる。
やたら「妹」を強調しているが、何だと言うのだ。
「……で? あんたは何者? さっき叱られてなかったか? 『何勝手なことしてんだ?』的に」
懲りずにこんなことをしていて、いいのか?
「私は龍の許嫁」
「――」
許嫁…………婚約者ということか。
よくぞ訊いてくれたとばかりに、さらに勝ち誇ったように緋架は笑んだ。
「おまえを討ち果たして龍が『長』の座についた暁には、夫婦となることが許されているの」
「え……」
誰が睦月を手にかけるかで争っているのだと、確かあの上の三兄弟は言っていた。その流れでいうと――
「……オレを殺せた誰かと結婚、じゃないのか?」
「継ぐのは龍よ」
かすかに眉をひそめる睦月をぴしゃりと一刀両断する。
「長がはっきりとそうお認めくださった」
断言する様子からすると、緋架の単なる願望や盲信ではないらしい。
だが――――そうか。婚約者……。
血縁でもないのに、彼女が目上の立場にあるはず(?)の龍に対してやけに近しい……気安い言動をしていたのは、そういう理由だったのか。
まあ、そればかりではなく他人の目がないなど時と状況にもよるのかもしれないが。実際、仲が良いのかも……しれないし。先ほどのやり取りからは垣間見れなかっただけで。
いろいろ合点がいったが……と睦月はあらためて緋架に訝し気な目線を向けた。
まるで恋敵か何かに向けるようなそのカオは何だ?
妹に対してそれは意味あるのか?
(けど、なるほど。それならこうやって……何がなんでもオレを殺しにかかってくるワケだ)
龍にどんなに止められようと対象を消してしまえば済む話だ。そして無事彼との結婚を、と喜び勇んで単独で再来したのだろう。
わかりやすい女だ。
それにひきかえ――
水面下でそんな確約が成されていたとは。
龍はそれほどまでに長とやら――父親に期待されていたということなのだろう。兄たちと争うまでもなく後継とみなされていたのなら。
上の三人が知らなかっただけで、『長』の座は安泰ではないか。
末っ子なのに?という微かな疑問は掠めたが、圧倒的な何かを彼は持ち得ているのかもしれない。現に対峙してとてつもない力を感じたし。
それゆえ……何をやっているのだ、あの男は?と思えてならない。
きっちりそんな約束をされていたにもかかわらず、この自分を殺さないことにした?
条件を果たせなかったら『長』の座とやらに就けず、彼女と一緒になることもできないのでは?
なぜ……? それでいいのか?
自分を殺せず、それでどうするつもりだったのか。
「だから緋架が代わりに殺りにきたってところか。肉親はやっぱ殺せません、って甘々で不甲斐ない婚約者の代わりに?」
膨らみすぎた疑問。思わずなげやりになって緋架をひと睨みする。
どこぞの知らない土地の因習などしょせん他人事だし、どこまで行っても何を聞いても「だからってなぜ自分が犠牲に?」という怒りは消えない。
「――確かに……」
一瞬押し黙った後、意外にも緋架が視線をさまよわせた。
「確かに……彼は人一倍情け深いが、それだけではない」
遠い何かに想いを馳せてでもいるのか、少しだけあきらめたように……迷うように、言葉を選んで。
「龍に……人を殺めることなどできないわ」
シンプルな一言ながら、えらく納得してしまった。
それでか。
あれだけの能力を持っていながら、いつもどこか辛そうに向かってきていたのは。
そんな情に厚い人物ならなおのこと、兄妹と知りつつ葬り去るよう命を受けたのは苦痛でしかなかった……のかもしれない。
「はい。はいはいはい。質問」
これまで黙って後ろで聞いていた哲哉がひらりと手を挙げた。
本当にたいした度胸だ。
緋架も、これまで眼中になかった人物が唐突に会話に入ってきたことで、驚きつつもわずかに身構えたように見える。
「結局その兄ちゃん……あー、アンタが好きな男さ、いろいろ全っっ部承知で睦月を守ろうとしてんだよな?」
「…………」
「だったらそっちの意思を尊重すべきなんじゃねえ? 勝手に睦月をどうこうしたらむしろ嫌われるんじゃ? 婚約破棄とかまで行ってさ。……いいの?」
黙って哲哉のセリフを聞いていたものの、終盤で切れ長の美しい目が忌々し気に細められた。
「――――我らを滅ぼす種となるなら消すまで。正しい行いをしたのだと、いつか龍も認めてくれるはず」
言い伝えとやらか……。
こりゃダメだ会話が噛み合いまセーン、と肩をすくめる哲哉の横で、苛立ちを抑えることなく睦月も向かう。
「だから……っ、なんもする気ねえって言ったよな?」
「一族にとっては敵でしかないが、おまえを『龍神』だなどと崇める者たちもいるのよ。大勢ね。彼らを勢いづかせては面倒でしょう?」
「龍神? ……何言ってんだ?」
話が一気にぶっ飛んだぞ……と思いながら、さらに聞きなれない言葉が飛び出してきて眉をひそめる。
言い伝え……滅ぼす者……災いときて、『龍神』?
どうやら明かされていないことがまだまだあるらしい。
「さあ、さっさと片付けましょうか。早くしないと龍がここに気付いてしまう」
さらさら答える気はないとばかりに、刺客の女はスッと立ち上がる。性急さを感じさせずに、だが無駄な動きなど一切なく。
「……まだ暗くなってねーぞ? 人の目があったら何もしないんじゃなかったのかよ」
「その目を共に潰してしまえば同じこと」
落ち着き払った低い声が響き、後ろから取りすがってきていた洋海の手がびくりと震えた。
「どうも我らは噂に踊らされすぎたようね。こちらの人間はさほど脅威ではないとわかったしね」
向けられる殺意。
龍のために消し去るのだと豪語していた。罰は甘んじて受けるという覚悟も本当なのだろう。
(この女は――)
妖しく口の端を上げる緋架を精一杯睨みつけながら、一歩踏み出し身構える。意識は後ろに集中させたまま。
「……逃……げろ」
緊張で声が掠れる。ギリリと奥歯を噛みしめて突破口を探す。
悠然と塀の上に佇んだ緋架が、胸の前に手のひらをかざした。
そして火焔を生みだすのだろう。先ほどのように。いや、おそらくは先ほど以上の――
赤い唇から笑みはすっかり消えていた。
「逃げろ、二人とも……」
(龍もいない今、この女はためらうことなくオレを殺す……!)
「オレを置いて! 早く! 走れ!」
ゆらりと形成されつつある焔を見ながら叫んでいた。
「で、でも睦月」
「おまえも……!」
「いいから! おまえらが居なきゃどうにでもなる! 頼むから……!」
取りすがる洋海を無理やり哲哉に託す。
正直この足では何を試みようがたかが知れている。今はこの場を切り抜ける自信さえない。それなら二人だけでも――
彼らをとにかく自分から遠ざけなければ、という一心だった。
「早く! 行け!」
校舎側を指差し叫んだ瞬間、行く手を遮るように哲哉の足元から炎が立ち上った。
「う……わっ」
「きゃああ!」




