ずっと見守って(4)
「え?」
「ごめん、って何が?」
――もうここにはいられなくなる。
真っ先に浮かんだセリフは、なぜかなかなか口をついて出てこない。
きょとんと無垢な表情で振り返られると、なおさらに。
「いや……おまえら、知ってていろいろ気ィ遣ってくれてただろうに。こっちは平気で隠し事……してたワケだし」
「平気じゃねえだろ? 実際めちゃ大変だったと思うし」
「……」
「あたしたちにくらいぶちまけて楽になったらいいのに、ってずっと話してたんだよ。二人して」
入学したてのころなんて慣れなくて本当に苦しかったでしょー、と気づかわしげに隣から見上げられた。
え、なんでさらしの苦しさまで知ってるんだ?と一瞬訝しんだものの、ああ精神的な苦痛とか居たたまれなさのことを言っているのだろう、と睦月は納得しておいた。
けど、そうか。
そんな表面上の……表情の変化まで見抜かれていたのだとしたら――
「あ、でもね? 他のコたちには全然気付かれてないと思う。そこは安心して。大丈夫!」
「……ほんとに?」
現に二人には早い時期から察知されていたらしいし、他にも気付いていたヤツがいたのでは?と今さらながら心配になってきた。
まあ、体育教師の福山にバレた時点でもう後の祭りだが。
「けっこうフォローして動き回ってたんだからね! 哲くんも! 覗きとか隠し撮りの妨害したり嫌がらせの阻止とかさ。どっからバレるかわからないから」
「――」
やはり、この二人には頭が上がらない。
知り得た秘密を守ってくれていただけでなくそうとう、想像以上に陰で助けられていたのだ。
申し訳なさから数歩先をちろりと窺うと、哲哉はわずかに顔を背けたまま静かに佇んでいる。
軽男らしく褒めろとばかりにヘラヘラとドヤ顔を振りまくかと思われたのに……。
「で、なんで男の子のフリなんてしてたの?」
「あ……それは――……実はオレもわからん。ってか聞かされてない。とにかく最初っから男として育てられてて」
わけを訊いても教えてはもらえず、義理の姉の路代でさえ聞き出せなかったことだ。
もしかしたら、そのこともまた関係あるのだろうか? ずっと伏せられていた出自に。
「えー……なんだろう。柾貴さんの趣味? 男の子が欲しかった、とかかな? じゃあその銀色は? 目と髪の色」
「さっぱり……」
これこそ最大の謎だ。
なぜ染めていたはずの黒色がこうも簡単に落ちたのか、というのも引っ掛かるが。それ以前に。
なぜ自分だけがこんなふうに生まれついたのか。
伸びない髪。他人とは違いすぎる色彩。
柾貴や血が繋がっていると判明したあの兄たちだって髪や目の色に関しては普通、なのに。
上の兄三人に至ってはほとんど隠されていたし暗がりでしか見てないため定かではないが。
何にしてもそのせいで災いだ滅びの種だ、と身に覚えのない敵意を浴びせられて――
いや。逆か?
やはりそういう……厄災めいた何かを宿しているからこそ、こんな姿かたちに?
(何も……わからない)
柾貴はなぜ突然故郷とやらを飛び出してきたのか。
それもなぜ身重の……よりによって兄嫁を伴って?
そんな疑問に関しては後で柾貴を問いただして何がなんでも聞き出してやるにしても、こればかりは――。
こういった生物学的――というか超自然的?――な何かについては、おそらく彼も……というか誰も答えられないのかもしれないが。
「でも綺麗だねえ。去年のハロウィン仮装も染めてたんじゃなかったんだね!」
地毛かあ全然気付かなかったよー、と無邪気に洋海は言うが、当事者からしたら意味不明すぎて不気味でしかない。
「気味悪く……ないのか? こんな……」
「どうして? こんなに綺麗でサラツヤなのに」
満足そうに微笑んで躊躇なく髪に触れてくる洋海。
「…………」
綺麗――どころか禍々しい、普通ではないものとして十七年鏡の中を見続けてきたのだ。
どう反応したらいいかわからない、というのが正直なところだ。
「あ、そ……そういや二人ともなんでここに? 授業……は?」
もう性別も色彩についても知られてしまったため「寄るな」「引っ付くな」と振り払う必要はなくなったが、どうにも落ち着かない気分になってしまった。
「授業なんて受けてられるワケないでしょ? 『スマホ借りてったっきり睦月が戻ってこない。足のケガもヒドくなってた』って哲くん焦りまくってたから一緒に学校中探して回ってたんだよ!」
そしたらあのエロ福山がっ……と思い出したらしく、洋海が眉をつり上げ小さな手をわなわなと震わせた。
「そ、そか。悪かったな」
すべて自分のせいではないにしても、そこまで心配かけてしまったことを素直に申し訳なく思う。
「ああああもうっ! 意識ない間に一発殴ってくるんだった! まだノビてるよね、きっと? 行ってこようかなあ」
「……ヤメとけ」
そういえば、と少し前からめっきり口数が少なくなっていた哲哉のほうをそろりと見遣る。
空洞ブロックの山から一人だけやや離れた場所に立ち、常とは違いどこかよそよそしさをも感じさせる雰囲気。
しかも気のせいでないのなら、先ほどからまともに目線さえ合わせてくれていないような……。
「哲……」
怒って……いるのかもしれない。
かなり心配をかけてしまったようだし。当然だ。
ブロックから立ち上がって、おずおずと彼の方へ踏み出そうとする。
と。
「す、ストップ! 頼むからそれ以上寄るな!」
何やら切羽詰まったように掲げられた手のひらと悲壮な声が、睦月の歩みを止めた。
「?」
見ると、こちらを制する手のひらとは裏腹に、なぜか冷や汗だくだくになっている哲哉。
必死に反らそうといている(らしい)顔や首の裏までほんのり赤い。
寄るな、とは。
「お、おまえっ……自分の格好を自覚しろっ」
「え?」
ズタボロに破かれて汚れた自身のワイシャツ、Tシャツは共に脱ぎ去り、すでにさらしの上から哲哉のシャツを着込んでいる。
どうせ内履き片方ないのだから、と両方靴下ごと脱いで裸足のまま。ズボンも結局あの暗がりから発掘できずに……
(あ)
借り物シャツからナマ足が出ている、この状況が問題――――ということなのだろうか。
(パンツ見えそう、とかそういう……?)
「ああ大丈夫。上にほら、念のためいつもトランクスもはいてんだ」
「めくるなあああああ!!」
何考えてんだ?!という声付きで怒られてしまった……。
何、って……ショートパンツだと思えばいいじゃん、という反論も浮かんだがあまりの迫力に気圧されてしまう。
ヘラ男で軽男かと思っていたが、実はなかなか純な男だったのだろうか。
しばらくの間そんな二人を見て、傍らでは洋海がけたけたと笑っていた。
「で? 何がどうなってんだよ?」
「……え」
ケホリと申し訳程度に咳払いしながら哲哉が核心に触れてくる。
まだほんのり赤みは差しているものの、ようやく顔をこちらに向けてくれるようになった。
「ここんとこぜってー何かおかしいもんよ睦月。もう隠し事なんてイミねーだろ。洗いざらい吐け」
抱えてるモン全部ぶちまけろ、と真顔の哲哉に、洋海も力強くうなずいている。
全部ぶちまけ――たところですでにどうにもならない状況になっているうえに、まともに説明できるほどわかっていることなんて、ほとんどないのだが……。
もしかしたら二人ともこれで最後かもしれないしな、という感傷が後押ししてくれる。
そう、何もわからない。
知らなかった。ずっと……。
「オレ……親父の子じゃないんだってさ」
気付いたらため息まじりに話し始めていた。
「ん? んんん? で、結局その黒い奴らは何者なんだ?」
「わからん。どっかの……山奥の――時代遅れの、ボンボン?」
頭を抱えだした哲哉に、申し訳ないとは思いつつ「たぶん」という言葉をさらに乗せてやる。
兄妹らしい、としかこちらもわかっていないのだ。まだ柾貴に確かめてもいないし、そこは許してほしい。
「緋架って女については、完全に謎」
さすがに彼女とも血が繋がっている……というような口ぶりではなかったが。
龍のために、と人を殺すのも厭わない様子だった美しい黒ずくめの女を思い出す。
「でも、暗殺しにきたはずの睦月を結局助けてくれたんだよね? お兄さんの一人が」
「……たぶん?」
いや、たぶんどころか――そこは本当にそうなのだろう。理由までは定かではないが。
本気で殺そうと思えば殺せる機会がいくらでもあったのだから。
(それに……)
動揺した自分を見られたくなくてつい突っぱねてきてしまったが、「必ず守る」と言ってくれた。
現に盾になって炎の塊から守ってくれたし、この身を案じて見つめてくる黒々とした瞳も静かで真っすぐな――
「睦月? どしたの? ぽやーっとして」
「あ、ああいや、えっと……そ、そう。なぜかあいつだけ兄妹ってわかってたみたいだったしな、うん。やっぱやめようとか思ったんじゃねえ?」
いつの間にかやや活発になっていた鼓動に焦りつつ、極力平静を装ってみせる。
「で、これからどうするの?」
どうって、まずはやはり柾貴にきちんと向き合って、それから……。
不安そうに見上げる洋海に、どうやって別れを切り出そうかと考えあぐねていると。
「もちろん、死んでもらうわ」
突如、背後から浴びせられた冷ややかな女の声。
「!?」
屋外倉庫とは反対側の敷地内を取り囲む高い塀の上に、緋架が再び姿を現していた。
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【いただきものたち】
桃原カナイさまより。顔だけ描かせて企画。睦月☆
涼し気でキレイ色のむっちゃんをありがとうございました!
倉河みおりさまより。塗り絵師当て企画の副賞。
豪華にトリオ。じんわりほっこり和やかな三人……(泣)ありがとうございます!
堺むてっぽうさまより。顔だけ描かせて企画。睦月と緋架さま。
どっちもクールビューティ! 艶っぽい! ありがとうございました!




