一か八か(1)
前日に引き続き、放課後は体育祭準備であっという間に過ぎ去った。
なぜか今日も送ると言ってきかない哲哉と洋海を「路代のところへ行くから」とどうにか宥めて説得すること二十分。
やっとのことであきらめさせ、校門前で別れた時には、日はとっぷりと暮れていた。
この暗さならばコンビニをはしごして時間を潰す必要もないかもしれない。
さりげなく辺りに注意を払いながら、睦月はゆっくりと歩き出した。あえて人の流れとは逆方向へと。
向かう先に自宅や路代の家があるわけではない。
まずやるべきことがあったから、だ。
誰かと一緒にいれば襲われない、夜は絶対一人にするな――――この身を案じて、そう柾貴は言う。
だとしたらなおのこと、一人にならなければならない。
彼ら――襲撃者たちに会うために。
――『……オレが言うこと聞くと?』
――『聞かないと命はない』
「……」
我ながら、馬鹿なことをしているという自覚はある。
叱られるだけでは済まなくなりそうな無茶なやり方だということもわかっている。
それだけならまだしも命を落とす危険性だって……。
けれどどう考えても、柾貴が教えてくれない以上、やはりこの方法しか浮かばない。
ギリ……ときつく唇を噛みしめ、煌々と照る月を見上げる。
昨夜襲いかかってきた連中に直接訊くしかないではないか――。
幼少のころから続く裏の「修行」の意味と自身を取り巻く謎。
狙われる理由。
柾貴によって頑なに伏せられている何らかの事実とともに、それらすべてが繋がっている――――そうとしか思えないのだ。
あの黒ずくめの男たちがすべてを知っているという確信も語ってくれる保証も、当然あるわけではなかったのだが。
それでもあのまま何もわからない状態よりは、何かしらの手がかりでも得られれば……
と――。
(――――来た)
ふと感覚をかすめた気配に、睦月は歩みを止めずに目線と意識だけを辺りに巡らせる。
後方に二人、左方向に一人。
昨夜最初に現れたあの三人だろうか?
距離はまだある。
常人離れしたあのスピードを思い返せば油断はできないが。
人気がないとはいえ住宅地のど真ん中だからか、三人分の気配はつかず離れずの距離をとりながらただついて来ているだけ、のように思える。今のところは。
よほど人目が気になる――あるいは何かを恐れている?……のだろうか。
それならば……と、あえて民家が途切れ倒壊寸前の廃屋に続く細い砂利道へと入り込んでやる。
後をつけやすいようにゆっくりと、何も気付いていない体を装ったまま。
もしかしたら、そういった小芝居すらすでに見抜かれているのかもしれないが。
両脇から生い茂る背の高い雑草。
伸び放題のそれらに足をとられないよう、注意して間を進み行く。
表の舗装道路から視覚的に完全に遮られる廃屋の陰に差し掛かったとたん――
思ったとおり、瞬時に三つの影に取り囲まれた。
「――」
見覚えのある黒い忍び装束。
背格好からいってやはり昨夜最初に現れたあの三人らしい。
それぞれまた全身しっかりと黒に覆われ、物騒な光りものを携えている。
なぜ四人いっぺんに現れないのだろうか……?
呑気にもそんな疑問が頭をかすめた。
狙うなら数で一気にたたみ掛けたほうが圧倒的に有利だろうに。
(やっぱり昨日の最後のあいつ……仲間じゃないとか、目的が違う、とか……?)
眉を寄せ密かに考えこむ間に三人がジリジリと迫ってきていた。
ゆったりと深く呼吸しながら、睦月は注意深く間合いを測る。
(大丈夫。焦りはまるでない)
昨夜の動揺が嘘のようだ。
葉ずれの音に混ざって、緊張に満ちた彼ら――黒ずくめたちの息遣いさえ聞こえる気がした。
そう……むしろ襲い来る彼らのほうがなぜか緊張というか、恐れにも似た空気を纏っているような……。
ふいに月明かりを受けた閃きが視界の端で鋭く舞った。
同時に反対方向で風が唸り、背後からは力強く地を蹴る音。
殺気もあらわに猛スピードで斬りかかって来た一人目を身を捻って難なく躱し、ついでに獲物を拝借しようと――――するもさすがに失敗した。
が、想定内ではあったし大した問題ではない。
切り替え早く気分とともに体勢を立て直すなり、あえて大きく鋭く言い放つ。
「落ち着けよ! 話ぐらいさせろ」
続けて突っ込んで来ようとした二人目の前にピタリと右手のひらを突き出して制し、待ってましたとばかりに鋭く振り返って三人目をも見据えたまま。
動じるどころか牽制とも取れる睦月の仕草に、黒ずくめたちの動きが止まった。
相変わらずの目出し帽モドキな覆面と視界の悪さで、彼らの表情の変化まではわからない。
それでも、ここまでは計画通りだった。
無謀な策といっても決して自棄になっていたわけではない。
むざむざ殺されてやるつもりも毛頭なかったため、今日はローファーではなくスニーカーにした。鞄もほぼ空だ。
これだけでも昨夜より格段に速く走れるし高く跳べる。
――が。
いくら準備万端とはいえ、まるで聞く耳もたず突然バッサリ来られる可能性だって無いわけではない。
いつでも逃げ出せるよう、頭と目で彼らの隙となりそうなポイントだけは探りながらの――第一声。
「銃刀法違反って知ってっか? そんな物騒なモン持ち歩いてると普通は捕まるんだけど」
「……」
これまた予想どおり、三人とも睦月の言葉にはまったく反応しない。
が、別にいい。
本当に欲しい回答はそんなものじゃない。
「つか、そういうの眼中無さそうだな。見られなきゃ問題にもならんだろうしな。――ま、いいや。じゃさっそく本題な」
警戒は解かないまま右手を下ろし、順番にあえてゆったりと三人を睨みつけてやる。
「あんたら、いったい誰だ? なんでオレを狙う?」
――と。
「――」
一瞬の間をおいて迫りくる殺気。
「ちょ……」
構わず踏み出してきかけた斜め後ろの男を、すかさず左手で牽制しながら声を張り上げる。
「待てって!」
先ほども最初に斬りつけてきた奴だ。
一番血の気の多そうな男。猪突猛進なタイプだろうか。
それだけならまだしも――と、つい舌打ちしたい思いに駆られていた。
(まさかの言葉が通じないとかいうパターン……?)
そうなると何を言ってもどんな策を巡らせても無駄になる。
注意も引けず情に訴えることもできずに容赦なくあの世行きになるのでは……?という最悪の可能性がちらつき始める。
が、せっかくここまできたのだ。
知りたいのも本当だし、やるだけやってはみようとあらためて男たちに視線を向けた。
「反撃しねえから教えろよ。どうせ殺されるんなら理由くらい聞かしてもらいてーんだけど? 悪いけど心当たりってもんがさっぱりねえからよ」
「……」
「オレが言ってること、わかるか? 言葉通じてっか?」
すると。
どうする?とでも問いたげに、少しだけ離れた位置にいた線の細い男が、残る一人についと目配せする様子が窺えた。
残る一人――最初から最も近い位置で睦月の様子を探っていた、おそらくは昨日も一番初めに目の前に降り立った男。
こいつがリーダー格、ということだろうか。
そしてどうでもいいが制止もきかずに真っ先に突っ込んできた猪突猛進男が、昨夜も後ろからいきなり斬りつけてきた奴なのだろう。
後ろにも意識を向けつつ、リーダー格とおぼしき男を真正面から見据えてやる。
探るように睦月をとらえていた真っ直ぐな眼。
目を瞠るほどの長身というわけではないが、がっしりとした風格さえ感じさせるような体つき。
黒に覆われた顔の輪郭――口元の辺りから顎にかけて――が微かに動いた。
「――命を受けた。その方を葬るようにと」
くぐもってはいるが落ち着いた低い声。
それほど年齢を重ねているという感じでもない。
声だけだとそんな予想もハナからあてにならないのかもしれないが。
「メイ……って、命令……?」
なんだよ普通に喋れんじゃん……多少時代がかってはいるけど、と思ったが今は置いておく。
余計な口出しをしている間に気を変えられたら元も子もない。
とりあえず必要な情報だけは引き出させてもらわねば、と睦月は注意深く男ににじり寄る。
「誰に? なんでだよ?」
誰かの命令でこの黒ずくめたちは自分を殺そうとしている?
なぜ――?