戻りこそすれ(2)☆
予想に違わず一段と厳しさと激しさを増した「修行」。
その只中にありながらも、普段とは大分かけ離れたその内容と飛んでくる指示に、睦月は戸惑いを隠せずにいた。
念のためにと持たせられた刀は、だが絶対抜くなと言われ、鞘付きのまま。
ずしりと重いそれを駆使してどうにか応戦しようとするも、
「無理に反撃しようとするな。どうしたら完全に防ぎきれるかを考えろ」
あっさり攻撃を禁止される。
いつも以上に目まぐるしく変わる立ち位置と猛攻に気圧されつつも、次々と繰り出される手を読み、身を躱す。
取るべき行動をいちいち予測して考えていたら間に合わない。直感的に反射的に、本能で動いているようなものだ。
逃げ損ねたら大怪我は必至であろう高速で重い柾貴の剣筋を器用に避けながら、あらためて感じ入っていた。
(やっぱり……)
この父親に比べたら、先ほどの三人の動きなど格下に思えてならない。
いきなり複数に取り囲まれて本物の殺気を浴びせられ、つい動揺はしてしまったが。
鞄で受けたあの衝撃も、今目の前で繰り出されている斬撃に比べたら遥かに軽微なものだった気さえしてくる。
四人目のあの青年については…………わからない。
スピードは柾貴以上だったような気もするが――。
あまりにも一瞬のことだったし、定かではない。
(とにかく柾貴は強い)
それだけは――その認識だけは昔から変わらない。
この先どんな苦境に陥っても何があっても、この父とともにある限り大丈夫だと、呑気な時の彼の口癖どおり本当に「何とかなる」と思ってしまうほど。
大らかさとともにその強さに、安心感を覚えていた。
いつも守られていた。
親子二人きりの生活に時折ふと寂しさを感じることはあっても。どれほど厳しい修行に身を置いても。
揺るぎない信頼の源であり続けたその能力は――強さは、四十を超えても何ら衰えることなく保持されている。
そんな父が余裕のない様子を漂わせてしまうほどの――ここまで来たら隠すつもりもないのかもしれないが――切迫した事態とはいったい……
思わず考え込みかけ、迫り来る白刃に気付くのがわずかに遅れた。
「つっ……!」
白い頬に朱の線が走る。
「気を抜いたら一巻の終わりだ。防いでみせろ」
そうは言われても……と睦月は胸中で高らかに舌打ちする。
躱すことしかできない身にもなれというのだ。
攻撃を封じられてから小一時間。余計な感傷に浸ってしまうほどそろそろ集中力もヤバいかもしれない。
そもそも、ここにきてなぜ反撃が禁じられるのかが甚だ疑問なのだ。
防戦一方だとていずれスタミナも尽きるし、決定的な打撃を与えられないまま、ただ逃げているだけでは何も――
「違う。避けるだけでは駄目だ。防げ!」
「……って――え?」
何を言われたのかわからず、睦月は一瞬固まりかけてしまった。
「助かりたくはないのか! 己で身を護るのだ」
思考は止まっても動きを止めるわけにはいかず、既のところで鋭い一振りから逃れ、そのまま右へ左へと後ずさって避け続ける。
避けるな攻撃するな――では、あとは何をしろと言うのだろう。
(受け止めろ?)
いや……それだって違う、はず。
『どんなに完璧に男に成りきろうがそこらの男より腕が立とうが、所詮は非力な女。凄腕の男相手では力負けするに決まっているだろう馬鹿者』
という冷静なダメ出しとともに、ほぼ一方的に――それこそ容赦なく――竹刀で打ち込まれ、完膚なきまで叩きのめされた記憶は新しい。
では、いったい――?
混乱と疲労が、明らかに反射を鈍らせ始めていた。
「防げ……!」
一段と凄みの増した柾貴の声。
鋭く空を切る音がさらにひっきりなしに響き渡り、その勢いと速さに押され、わけがわからないままあっという間に壁際まで追い込まれてしまう。
「護れ!」
「!!」
鈍く重い金属音とともに、両者の動きが止まった。
乱れきった呼吸音が場を占めるなか、思わず眼前に突き出した鞘で柾貴の一刀を受け止めていた。
もう後がなく他に為す術もなく、気付いたら顔面すれすれでとっさに防いでいた、と言ったほうが正しいかもしれない。
渾身の一撃を受けた鞘が、勢いを殺しきれずに未だ小刻みに震えている。
力負けすると指摘されただけあって、柄と鞘を握る両腕はしばらくの間、驚くほど痺れたままだった。
肩で大きく息をしながら、父の顔を見上げる。
今度ばかりは柾貴の息も荒く、どれほど本気で睦月に何かを習得させたがっていたのか、が窺える。
強力な一撃を一応は受け止め防ぎきったにもかかわらず、そんな我が子を見下ろす父の表情には、なぜか落胆ともあきらめともつかない鈍い色合いが浮かんでいた。
やはり……これも違うということだ。
それとも、思った以上にダメすぎて幻滅されたか。
「……防ぐっ……て、どういう――?」
指示どおり上手く立ち回れないどころか、何を望まれているのかがまず理解できない。
こんなことは初めてだった。
(――護る……?)
いつの間にか固く閉じられていた目をゆっくりと開き、例によって何も答えず、柾貴がそっと刀をひく。
そのまま無駄のない所作で鞘に収めながら、細く短いため息をこぼした。
「――しばらく学校は休みなさい」
「!」
やはりこんな程度では襲撃に耐えられないと、奴らに太刀打ちなどできないと――そういうことだろうか。
だから側にいておとなしく守られていろ、と。
「……オレが言うこと聞くと?」
「聞かねば命はない」
いつになくピシャリと言い放たれ、目を瞠る。
握り込んだ拳が微かに震えた。
「…………ちゃんと全部話してくれんなら……考えないでもない」
驕るつもりは毛頭ない。確かに自分は未熟だ。
柾貴の側にいればとりあえず安全かもしれない。
――でも。
何も知らされないまま、ただじっと守られて嵐が過ぎ去るのを待つなんてごめんだ。
他でもなく自分のことだ。知る権利くらいあるはず――。
真剣な表情で柾貴を見上げ、黙って応えを待つ。
真っ直ぐに見交わされたままだった視線を不意に断ち切り、柾貴がおもむろに踵を返した。
「――よいな? 家から出るでない」
「!? 親父!」
「…………食事にしよう。二人が待っている」
どうあっても話すつもりがないらしい。
振り返ることもなくすでに母屋に向かっている背中に固い意思を見てとり、さらに愕然とする。
「親父……」
揺れながらしばらく宙をさまよっていた視線がやがて力なく足元に落ちる。
やりきれなさと悔しさに、睦月は強く唇を噛んでいた。
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☆いただきもの
このページのものはすべて遥彼方さまよりいただきました☆企画イラストです。
遥さま、素敵な親父どのと睦月をありがとうございました!(´;ω;`)ウゥゥ