「足引隧道」 その2
その事故が起きる発端となったのは、異常に固い大岩だった。
当時はまだ建機も無く、トンネル工事に爆薬を使う技術も未発達だった為、岩を削って掘り進む事は出来なかった。
その為、内部で大きく迂回して目標地点を変更せざるを得なくなったのである。
慎重に木枠を組みながら掘り、大岩から先五十メートル程も進んだ所で事故は起きた。
木枠に火が引火して火災が発生、同時に落盤が起こり十五名が生き埋めとなったのだ。
すぐさま救助に当たったのだが、結局その十五名は帰らぬ人となったそうだ。
出火原因も不明のまま、工事は一年もの間休止を余儀なくされたのである。
だが不思議な事に、工事再開後は今まで起こっていた怪異も事故もなく、事故から三年後ようやく完成に漕ぎつけた。
工事関係者は口を揃えてこう言ったそうだ。
「きっとあの十五人が人柱になったから完成できたんじゃないか。」
と。
だが大きくルートを逸れた足引隧道は出口付近が崖になっており、完成後もそこで事故が多発する事になった。
自動車が一台通るだけの広さの道ではあったが都市部までの最短ルートであった事もあり、信号機を取り付ける等して昭和42年までそのまま使われ続けた。
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そこまで話した真木さんは、ふと何かを考え込む様に手に持った湯呑を見つめていた。
「どうかしましたか?」
「ああ、いや、実はね・・・」
何かを言い淀む真木さんは、残った茶を一息に飲むと何かを決心したかの様に僕の方を見た。
「――行ってみた事があるんですよ。」
「どこをです?」
「新トンネルが開通した後、旧足引隧道に。」
そう言った真木さんは、まだ何かを思い出して言おうか言うまいか悩んでいた。
「何か、あったんですね?」
「そう・・・だな。 こんな話をしておいてなんだが、もう私は二度とあの旧道には入りたくない。 仕方なく足引トンネルを通るときも、中で隧道の脇を通る度に視線を逸らすぐらいだ。」
視線を宙に向けていた真木さんは、意を決して語り出す。
「あれは私が都内の大学に通っていた頃、春休みに友人二人を連れて帰省した時の事だ――」
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「――なあ、この辺ってボーリング場無いのか?」
「無い。」
「映画館もバーも?」
「ある訳ないだろ。」
田舎に帰って二日目。
春休みの間、何もやる事が無くて暇だという友人二人――川田と石井を連れて帰省したのはいいが、初日のハイテンションも何処へやら、既に飽きてしまったのか部屋の中をごろごろしながら不満を口にしていた。
「だってよー、まさかほんとにこんなド田舎だと思わないじゃん。 雪しかねえ。」
「若い素朴なねーちゃんとランデブーとか期待してたのによぉ、まず外に出る事すら命がけじゃねぇか。」
「そんな事ないよ。 そんなに暇なら近くに川があるから釣りでもして来ればいいだろ。 それに俺等くらいの年の奴はみんな出稼ぎに出てるから、この辺に居るのは爺様婆様と子供ぐらいなもんだぞ。」
「うえぇ~」と声を上げる二人に溜息を突くと、手元にあった専門書を投げて渡す。
「それでも読んで少し勉強しとけ。 お前ら留年ギリギリだったんだろ? 休みのうちに少し予習しとけ。」
「「嫌だ!」」
即答だった。
やっぱり連れて来るんじゃなかったかなと思い始めた時、石井が何か閃いたように「あ」と声を上げた。
「そういえばお前さ、こないだ新しいトンネルの話してたよな?」
「ああ、足引トンネルか?」
帰省する前にどんな場所に行くのかを聞かれ、少し珍しい所を幾つかピックアップして二人には聞かせていた。
その中に新道の中に旧道がある珍しいトンネルとして足引トンネルを挙げていたのだ。
もちろん実際に行く気は無かったのだが、
「なぁ、ちょっと行ってみないか?」
と言う事になった。
旧道――足引隧道の話もして、あまり良い場所ではないと引き留めたのだが、余計に好奇心が刺激されたらしく二人掛かりでせがまれた。
思えばこの時に強く拒否していれば、あんな目には合わなかったんじゃないかと酷く後悔したものだ。
「おぉ、結構立派なトンネルじゃないか。」
「そりゃあ、完成してまだ三年も経ってないからな。 この辺の人の主要道路だし。」
親父のライトバンを借りて足引トンネルの前まで来た俺達三人は、一先ず脇の空き地に車を止めて中に入って見る事になった。
旧道では一車線だった道も、二車線になった上で管理用の歩道まで付いてかなり広い。
オレンジ色の照明に照らされたトンネルはまだ日中と言う事もあり、昔話で語られたような恐ろしさは感じなかった。
「んじゃいこーぜ」
川田に促されて奥へと歩道を歩く。
時折車が通るが、田舎の道にしてはノロノロ走る車は無く、皆猛スピードで過ぎ去っていく。
中間付近まで来た所で、ふと違和感に気付いた。
照明が暗い?
いや、空気が変わったのだ。
今まで吸っていた故郷の空気ではなく、別の世界の空気、とでも言おうか。
川田と石井は感じて居なかった様だが、自分にははっきりと解った。
「なあ、もうそろそろ――」
「おい! あれじゃないか?!」
そろそろ帰ろうと声を掛けようとした所で、何かを見つけた石井が言葉を遮った。
石井が指差した方を見ると、なぜか道の脇が広場になっており、コンクリートから突き出た真っ黒い大岩とレンガ作りのトンネルが薄暗い明かりの中でぽっかりと深い闇を開けていた。
「おお、すげえ。 本当にトンネルの中にトンネルがあるぜ。」
「それにこの岩だろ、硬すぎて掘れなかったっての。」
石井が感嘆を漏らしながらペチペチと叩いている岩の袂を見ると、蝋燭や枯れた花束が散乱していることに気が付いた。
更によくよく見ると足引隧道の入口には、小さな祭壇もこしらえてある。
それを見た自分の心の中で、言い様の無い不安が渦を巻き始めた。
「なぁ、もういいだろ? 帰ろうよ。」
「何言ってんだよ真木。 せっかくここまで来たのに。」
「そうだよ、入ろうぜ。」
「入ろうって・・・」
「勿論、隧道の中。 面白そうじゃないか!」
何故か変な積極性を見せ始めた二人に引っ張られる様に、足引隧道の中へと足を踏み入れる事になってしまったのだった。
――続く