「足引隧道」 その1
「あなたが桃井さん?」
駅の待合室でストーブに当たりながら手を擦っていると、背後から初老の男性から声を掛けられた。
「はい、そうです。 真木 (仮名)さんですか?」
僕は立ち上がって握手を求めると、真木さんはにこやかに力強く握り返してくれました。
「お待ちしておりました。 早速ですが我が家へ向かいましょう。 わざわざこんな田舎まで、遠かったでしょう?」
「いえいえ僕も地方の出なんで、懐かしく思いながら景色を堪能してました。」
「ほう? どちらのご出身ですか?」
「I県の〇〇市です。 もっとも、沿岸部なので此処ほど雪は積もりませんが、何と言うか空気の味が、あ~懐かしいな~、って。」
「なるほどなるほど。 それは良く解ります。 私も若い頃は都市部に住んでいましたが、こちらへ戻ると空気が肌に合う感触はありましたねぇ。」
そう言って真木さんが駅舎の扉を開けると一気に冷たい風が吹き込んで少し煽られる。
外に出ると街が吹雪に覆われている光景が目に飛び込んできた。
「・・・あの、吹雪いてますけど・・・大丈夫です?」
「大丈夫大丈夫! 除雪したばかりなので今のうちなら車も走れます!」
「それって大丈夫なうちに入るんですか?!」
膝上までの雪をラッセルしながら吹雪の中を進むと、エンジンをかけたままの古びた軽トラックが止まっていた。
「さあ! 乗って乗って!」
僕は微妙に危険な臭いを感じながら、シートベルトをしっかりと締めたのだった。
「あらあら~。 こんな天気の中、大変だったでしょう?」
夕方になり真木さんの家に着き玄関に入ると、奥さんがパタパタとスリッパの音を立てながら出迎えてくれた。
「お邪魔します。」と土間に靴を揃えて上がり、年季の入った木造の廊下を歩く。
時折キシキシと音を立てるも、暖色系の蛍光灯の灯りと窓から見える薄暗い外の雪景色が相まって、中々の風情を醸し出している。
案内されたお座敷には、鍋の用意がされていた。
「寒かったでしょう?」と鍋の置かれたコンロに火を入れながら奥さんが訊ねてくる。
僕は「はい」と答えながらも、横に置かれた色とりどりの食材の数々に胸が躍る。
――カニ・・・
沢山盛られている食材の中でも特に主張が激しいカニに、僕は目が釘付けになってしまっていた。
「さあさ、どうぞ遠慮なく食べて下さい。 久しぶりのお客さんなもので、妻も張り切っていましてね。 どうです? まず一杯。」
と、上機嫌の真木さんにビールを注がれ、僕の胃袋も有頂天になる。
こうしてA県滞在の第一日目は温かに過ぎていった。
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――二日目
外はまだ吹雪いている。
僕は炬燵に当たりながら、郷土研究者である真木さんからこの付近の歴史や民話等を教えて貰っていた。
その中でも興味深かったのが、
「――隧道、ですか?」
「そう。 足引隧道と言ってね、明治の終わり頃に掘られたトンネルなんですが、昭和42年あたりまで自動車も通っていたんですよ。 老朽化が激しかった為に新しく掘り直して広くして、名前も足引トンネルとなったんですが、これがまた奇妙な構造になっていましてね。」
「と言うと?」
「新しく掘った新道と旧道が、内部でまだ繋がっているんですよ。 ぽっかりと開いた状態でね。」
元々足引隧道が掘られる前は、険しい崖道を命がけで通って行く様な交通の難所だったらしい。
毎年十数人、多い年で百数十人が崖から転落して亡くなっていたそうである。
それを当時の県政有力者が見かねて人足を動員して掘ったのが、足引隧道なのだそうだ。
だが、
「――隧道が掘られる前から奇妙な噂はあったらしくてね。」
「どんな噂ですか?」
「それがねぇ・・・、崖から手が伸びて来て、引っ張るんだと、足を。 故に足引峠、と名付けられていたらしい。」
「手・・・ですか。」
真木さんは茶を啜って一拍間を置き、「それとねぇ」と続ける。
「これは本当かどうか怪しいんだが、あの辺は鹿も寄り付かないような険しい場所でね。 唯一棲息しているのが猿だったらしいんだが・・・ここから先はちょっと気持ちのいい話ではないよ?」
「構いませんよ。」
「そうか、なら言うが。 その猿達は、喰ってたらしいんだな。」
「何をです?」
真木さんは眉を潜め、家事をしている奥さんには聞こえないようにそーっと顔を寄せて小声で話す。
「崖から落ちて死んだ人の、割れた頭から零れた脳みそをさ、掻き出して喰ってたって話があるんだよ。」
「うへぇ・・・」
あんまりな話に、思わず呻き声を漏らしてしまう。
「まあこれは眉唾だと思いたいんだけどさ、崖から伸びてくる手っての、人の味を覚えた猿だったんじゃないかって話もあるよ。」
「それで転落者が多かったんですか・・・」
「そう言う事なんだろうな。 だけど話はまだ続きがあるんだよ。 隧道の工事が始まってからすぐの事らしいんだが――」
真木さんはそこまで言うと、話の口直しをするように茶を啜った。
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足引隧道の工事は当時としては最先端の技術がつぎ込まれた、云わば国土開発事業の一環として行われた。
高い水準の技術を持つ欧米から招いた、所謂雇い外国人によって設計がなされ、全長700メートルの掘削には多くの土工が動員されたという。
だが、この工事に一番の難色を示したのが、足引峠を含む一帯の山をご神体とする山岳信仰の神社だった。
曰く、「霊山に穴を開けるなど、冥府に穴を開ける事と同じ事だ。」と。
だが、その反対を押し切って工事は開始された。
一人目の死亡者は、測量技師だった。
足引峠の崖から転落したのだ。
その様子を目撃していた同僚は、後にこう語る。
「――あの時、あいつは何かに足を取られて転んだんだ。 そこまではいい。 その後、まるで何かに足を掴まれて引きずり込まれる様に崖までずり落ちて・・・。 未だにあいつの最後の叫びが耳にこびりついているよ。 『足に! 足がぁ!』ってね・・・」
その後、測量も終わって山の中腹から隧道を掘る事になったのだが、作業に当たった土工員にも怪異が続いた。
夕方、作業が終わって帰る途中で、誰かに背中を押されて転倒して怪我をする。
杭を打つと、地面から血が溢れる幻覚を見る。
一人で掘削作業をしていると、闇の奥から数十人の笑い声が聞こえる。
突然、獣の様な形相になった土工員が、つるはしを手に暴れて怪我人が出る。
夜番が詰めている作業小屋の周りを、深夜になると姿の見えない何者かがうろつく。
流石にこれは何かあると、工事を始める前に行った地鎮祭をもう一度行ったのだが、効果はなかったと言う。
そして300メートルも掘り進めた所で、この足引隧道の工事で最大の事故が起こってしまったのである。
――続く
かなり久しぶりの更新です。
ちょっと話が降りて来たので書いてみました。
近日中に続きも投稿したいと思います。
一応色々調べながら書いていますが、作中のおかしな部分はスルーで・・・
なんせ怪談なので・・・w