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怪談蒐集家の記録(仮)  作者: 狸森
4/7

「首斬り椿~奇妙な音の話」

――都内某所、大衆居酒屋「ももんが」。


僕がコラムを掲載している雑誌の担当編集の人と、打ち合わせに来ていた。

まあ打ち合わせとは名ばかりの飲み会なのだが。


「椿の花ってさ、首からぽとりと落ちるもんで縁起悪いって言うじゃない?あれって本当かね?」

「ええ、特に武家の間では斬首を連想するって言うので嫌がったって言う俗説がありますね。でもそれ言われ始めたのが明治以降で、実際はかなり好まれた花みたいですよ。百椿図ひゃくちんずって色んな椿を描いた絵巻物もありますし、品種改良なんかも盛んだったらしいですね。」


がやがやと騒がしい居酒屋の店内で、僕とオカルト雑誌「かすかくしび」編集部の伊崎さんはカウンター席に並んで座っていた。

伊崎さんのコップへビールを注ぎ足しながら、僕は質問に答える。


「実はさ、なんか妙な話聞いてね。」

「なんです?」


店員が運んできたアツアツのコロッケにソースをかけ、さっそく頬張る。

サクサクした衣とじゅわっと広がるソースの味を堪能しつつ、僕は伊崎さんの方を向いた。


桃井さくらいちゃんさ、K県の海沿いにあるO町の廃寺の話聞いたことある?」

「あー、あれかな?近年そこの住職になった者は首の骨を折ったり、夜にそのお寺にいった若者が獣に首を食いちぎられたりと変死が続いて、だれも居なくなったって言う。」

「そうそう、それそれ。」

「確か、そこに肝試しに行った若者が首を切断されて発見されたが首が見つからない、なんて都市伝説的な話もありましたよねぇ」


そこまで言って、残っていたコロッケの一欠片を口に放り込み、ビールで口の中の油っ気を洗い流した。

伊崎さんはメニュー表を開いて、揚げ出汁豆腐と出汁巻き玉子のどちらを頼むか迷い、空いた皿を下げに来た店員に結局両方頼んだ。

店員が奥へ行ったのを見計らって、僕は伊崎さんに訊ねてみた。


「ところで何です?妙な話って。」


僕の方へ向き直った伊崎さんは、「うん」と頷き言葉を選んでいるようだ。


「椿・・・なんだよな。」

「椿ですか?」


妙な話の切り出し方に、眉をひそめる。

長い付き合いだが、伊崎さんがこういう話し方をする時は、決まって碌でもない事と相場が決まっていた。

主にオカルト的な意味合いでだ。


「さっき話した寺さ、結構立派な椿の木があるらしいんだよ。樹齢ン百年とかの。」

「ほほ~。国内の椿ってたしか、樹齢600年とか1200年とかの所もちらほらありますよねえ。それでその椿がどうしたんです?」


伊崎さんは再び「うん」と言って、運ばれてきた出汁巻き玉子に醤油をかけ、口に運ぶ。


どうやら何から話せばいいか迷っているようだ。


僕は取り敢えず、伊崎さんの言葉を待ちながらビールをちびちびと呑む。


「――首塚。多分首塚なんだろうな。」

「首塚ですか?」


どうにも要領を得ない。


「最初にその話を聞いたのがさ、戦後にその寺の住職をしていた人の親類って人なんよ。」


頭の中で話を組み終わったのか、やっと本題を離し始める伊崎さん。


「その住職さん、寺の裏にあった大きな椿の木の前で、首の骨を折って死んでいたんだと。」

「ふむふむ。」

「ただ、その時の話がかなり奇妙でさ。」


そう言って伊崎さんは、亡くなった住職の親類に聞いた話を語り出した。



――――――――――――――――――――――――――――――



戦後、空襲により住む家を無くした私達家族4人は、親類のつてを頼りにしばらくの間そのお寺に住む事になりました。

本家筋でもあった御住職はとても優しく、私たち家族だけでなく近隣の住人からも慕われていました。


椿寺


古くは鎌倉時代からあるというこのお寺の裏には一本の大きな椿の樹があり、そう言う愛称?とでも言うのでしょうか、畏敬の念交じりにそう呼ばれていました。


ただ一つ、御住職からは住み始めたその日にきつく念を押された事があったのです。


「深夜、妙な物音がしても決して部屋から外には出ないように。特に裏手の椿の樹には昼間でも決して近寄ることが無い様に。」


何の事かと尋ねれば、御住職は渋い顔をして決して語ってはくれませんでした。



お寺での生活にも慣れ、戦争で擦り減っていた心も徐々に取り戻しつつあり、戦後あまり笑顔を見せる事の無かった息子と娘も元気よく境内で遊ぶ姿に、私たち夫婦も平安が訪れたと心から御住職に感謝をしていました。


そんなある日の朝、娘が奇妙な事を言い始めました。


「あのね、夜に目が覚めるとお外で変な音が聞こえるよ?」


娘の言葉に、私たち夫婦は顔を見合わせましたが、多分風の音か狸か狐でも外を徘徊してる音なんだろうと笑っていました。


その横で、いつもは穏やかな笑顔を絶やさない御住職が、なにか難しい顔をしていましたが。



それから数日経った日の夜。


私は深夜、主人に揺り起こされました。


「ん・・・何?」

「なぁ・・・あの音は何だ?」


主人に言われ耳を澄ますと、



シュッ・・・


ぼとん


シュッ・・・


ぼとん



何か風を切る音と、何かが落ちる音が交互に聞こえています。


「――御住職とあの子が言っていた音ってこの音かしら?」

「多分な。外にも出るなと言っていたし、気にはなるが放っておこうか。」

「・・・そうね。」


そう言って頷き、私たちは再び布団を被りましたが、その音は明け方までずっと続いていました。


その日から、夜に目が覚め明け方まで続く奇妙な音を聞き続けると言う事が1か月ほど続いたのです。


それと同時に、息子と娘が変な夢を見たと毎日言い始めました。


「夜寝てるとね、障子がすーって開いて、見たら赤いお花がいっぱい咲いてるの。それでね、そのお花がぽとんぽとんって地面に落ちていくの。」

「あ、それぼくも見た!それでお花の所に白い着物を着た人が座ってるんだよね!」


私たち夫婦は顔を見合わせ、今度は笑えませんでした。


事情を知っていそうな御住職も口が堅く、音についても夢についてもまったく分からないままでした。



そしてとうとう、私もその夢を見る様になったのです。


夜中ふと目が覚めると障子がすうーっと開いていき、そちらに目を向けると満開の赤い椿の花。


そしてその椿の樹の袂には、白装束の男の人が茣蓙敷の上に俯いて正座しています。


よくよく見ればその男の人は縄で縛られ、ざんばらの髪の毛を一つに結んでいます。


開き切った赤い椿の花が一つ一つ、ぽとん、と音を立てて落ちていき、地面がその花で真っ赤になる頃に私は目を覚ましました。


何か、見てはいけない物を見てしまったかのような、そんな気分で汗をびっしょりかきながら茫然としていました。


それからも毎日、これも一か月ほどでしたが、その夢を見る様になったのです。


勿論、私だけではなく主人も、息子も、娘も。


堪り兼ねた私と主人は、御住職に問いただそうとしました。


一体あの夢は何なのか。

音は。

椿は。


すると御住職は重い口を開きこう言いました。


「貴方がたは、もうこの寺から出た方が良い。儂は責務があるから耐えられるが、あの椿に魅入られない内に急ぎ出た方が無難じゃろう。」


そう言い残して去ってしまいました。


何が何やら分からない私たちでしたが、取り敢えず言われるまま寺を出る準備をしました。

このお寺に来てからの数か月で、ある程度の生活基盤は整えられましたし、追い出すような形になって心苦しいからと御住職から少しのお金と当面生活出来る場所の当てを貰い、奇妙な音と夢以外では御住職の親切に心から感謝しておりました。



しかし、それは引っ越しの前の晩に起こってしまったのです。



夜中にふと目が覚めると、やはりいつものあの音がしていました。


シュッ・・・


ぼとん


シュッ・・・


ぼとん


もうこの音ともおさらばだな。

そう思いながら布団の中で寝返りをうつと、丁度寝返りをした私の視線の先の障子が、まるで夢で見ていた時の様にすーっと開いていったのです。


声も出ず唖然としてその様子を見ていると、やはり障子の向こう側には満開の椿。


そして白装束の男がいました。





いいえ、今度は違っていました。



俯いて座っている白装束の男の後ろに、袴にたすきをかけた――まるで武士の様な男が、刀を斜に構えていたのです。


呆気に取られ、でも目を離す事が出来ずにそれらを見ていると。


シュッ・・・


武士の男が刀を振り下ろしました。

そして、


ごろん


白装束の男の首が胴体から離れ、茣蓙敷の上に転げ落ちたのです。


あっと声を上げそうになり、目を瞬いた瞬間。


斬り落とされたはずの白装束の男の首が元の位置に戻っており、再び俯いて座っていました。


するとまた、


シュッ・・・


武士の男が刀を振り降ろします。


ごろん


白装束の男の首が落ちます。


シュッ・・・


武士の男が刀を振り降ろします。


ごろん


白装束の男の首が落ちます。



背後では赤い椿の花が、まるで落ちる男の首に合わせるかのように、一つ一つ落ちていきます。


動くこともできず、恐怖感よりも何が起こっているかも分からないまま、ただ茫然とその光景を見ていました。


と、白装束の男が、つい、と顔を上げたのです。





主人でした。



主人は、まるで恐怖に怯えるように私を見て、何かを言っています。


しかし、声が聞こえません。


その背後で落ちていく椿の花の落下音は聞こえていると言うのに。


私も何か声を出そうとしましたが、出ませんでした。




そして、武士の男が主人の首に向けて刀を振り落そうと構えました。



もうだめだ。


主人は目を瞑り、必死にぶるぶると震えています。





と、その時、



「その人は駄目だ!」


御住職が飛び出し、主人に覆いかぶさりました。





そして刀が振り降ろされたのです。





そこで意識は途切れました。


翌朝、目を覚まして飛び起きると、主人は私の横でうなされながら寝ていました。


――ああ、夢だったのか。


そう思い、主人を起こさずに布団から離れ、それでも何となく気になったので寺の裏手の椿の樹の元へ向かいました。






御住職は、落ちた赤い椿の花に埋もれ、首を奇妙に曲げて亡くなっていました。




――――――――――――――――――――――――――――――


「――んで、その後に御住職の葬式を済ませた後、逃げるようにその寺から出て行ったんだってさ。それからその寺がどうなったかは知らないらしい。」


居酒屋の暖かい喧噪の中、僕の背中には薄ら寒い物が上ってくるようだった。


「でも、もしその話が本当だとして、なんでその御住職の首は斬られてなかったんですかね?」


コップに残っていたビールを、ぐいっと煽った伊崎さんは僕の質問に微妙そうな顔をする。


「俺もよく知らんけど、斬首ってさ少しでも角度が不味いと綺麗に斬れないらしい。失敗すると、ただの打撲、もしく首の骨が折れるだけなんだってさ。ただし、失敗した者は、斬首にされた者と同様に刑罰を受けるんだと。」

「へぇ・・・」

「つまり、御住職が覆いかぶさったことで角度がずれたんだろ。」

「なるほど。」


伊崎さんは店員を呼び、会計を頼んだ。


店を出て歩き出そうとしたその時、伊崎さんがとんでもない事を言い始めた。


「んでさー、桃井さくらいちゃん。この話、もうちょい調べてくんない?」

「え?僕がですか?嫌ですよ!怖いじゃないですか!」

「頼むよ~。桃井さくらいちゃんぐらいしかこういうの調べてくれそうな気合い入った奴居ないのよ~。」


手をすりすり擦り合わせて、まるで拝むように纏わりついてくる伊崎さん。


「ぐ・・・タダじゃ行きませんよ?ボーナス!出してくださいね!?」

「オーケーオーケー!んじゃ任せた!」


そう言って手をひらひらさせて、タクシーに乗って帰って行った。


こうして僕は、「首斬り椿」に纏わるあれこれに巻き込まれる事になった。



この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

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