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怪談蒐集家の記録(仮)  作者: 狸森
3/7

「嵐の社員旅行」

「いやぁ~、あんときは参ったね。」


都内某所のスナックにて、ウィスキーの注がれたグラスを片手に語ってくれたのは、尾崎二郎さん(仮名)。

薄暗い店内の中、今日はあまりカラオケを使う人も居らず、皆それぞれおしゃべりに夢中になっている。


尾崎さんの勤める会社は、全国にチェーン店を展開している某企業である。

基本的に交代で休日を取り、盆正月も休まない店だ。

その為、毎年の楽しみである社員旅行も班分けをされて、忙しい時期をずらして行くのだそうだ。

大体お盆も明けた9月から10月ぐらいに、何人かの車に分乗して2泊3日の日程で行うらしい。


そして、半ばジンクスと化しているのが、「社員旅行になると台風が来る」と言うものだ。

まあ、時期的にしょうがない事なのだが。


ある年は、帰りのフェリーに乗ったら台風が来てしまい、大揺れの船内でほぼ全員が船酔いになったとか。

またある年は、台風が前の日に過ぎていたものの、洪水の為目的地へなかなかたどり着けなかったとか。


「帰り道が土砂崩れで埋まってて迂回する、なんてこともザラでさぁ。運転するのも大変だから、車だけ出して新人に運転させるのが恒例な訳よ。」

「なるほど。中々大変そうですねぇ。」

「そうなんだよ。でさ、その年は大きい車持ってる人が班に居なくてさ、部長が持ってる古いバンを貸してもらったんだよ。カーナビもついてるし、結構広くて良い車なんだがね。」


僕は手帳にメモを取りながら、ふむふむと頷く。


「でもさ、まさか社員旅行初日に台風とぶち当たった挙句に、あんな事が起こるなんて誰も思っていなかったよ。」


神妙な顔つきになった尾崎さんは、ぐいっとグラスを空けて話の続きを語り始めた。


「もう6年ぐらい前になるかなぁ――」



――――――――――――――――――――――――――――



「え!僕が運転するんですか?!部長の車を!?」

「毎年新人が運転することになっているんだ。たのんだぞ。」

「まじですか・・・」


がっくりと項垂れる新人くん。

因みに今回の班では新人君は彼一人なため、2台に分かれたうちの1台は、運転が得意な課長が担当することになっていた。

部長の古いバンには6人、課長のセダンには4人が乗り、バンを先頭に終業後の午後6時にに出発した。


その年の行先はA県の温泉地。

そしてその年もやはり、台風が来る日に当たったのであった。


バンの助手席に乗った尾崎さんは、台風情報を聴くためにラジオをつけていた。


「こりゃー、台風と一緒に北上するっぽいなあ。」

「まじすか・・・。大丈夫ですかねぇ。」

「毎年の事だし、大丈夫だろ。それより運転気を付けろよ?今回の台風は結構強いみたいだからな。」

「了解です・・・」


新人君はハンドルを握り直して、緊張の趣で運転を続ける。

一方後ろの席では、すでに酒宴が始まっていた。


「尾崎さん、何飲みます?」

「んじゃお茶をくれ。なにかあると悪いから、俺は呑まないでいくわ。」


そう言ってお茶のペットボトルを受け取る。



そうこうしているうちに数時間が経ち、高速のパーキングエリアで休憩を取ることになった。


「ほい、おつかれさん。これでも飲んで少し休め。」

「ありがとうございます。・・・しかし雨強くなってきましたね・・・」

「まだ風はそれ程でもないけどなぁ。この感じだと、高速を降りたあたりで一番強くなるかもしれないな。」


そう言って尾崎さんと新人君は、外の景色を見ながら一息入れていた。


雨と風はどんどん強くなっていき、目的地のまでの距離が近くなるにつれて視界も悪くなっていった。


「新人君、部長が目的地を入力して置いたらしいから、カーナビの指示で行った方が良いかもしれないぞ。」

「そうですねえ、どこから降りるのかも全然わからないので・・・」

「あと10キロってとこかなぁ」


そう言って、カーナビのモニターを見始めたのだった。



叩きつけるような雨の中、高速から降りてしばらく走ると、ようやく町が見えてきた。


「ここまでくれば大丈夫だろ。んじゃ俺も1本貰うわ。」

「はい、どうぞー」


目的地まであと30分ほどの所まできたので、尾崎さんは後ろの席からビールを貰って呑み始めた。

そして、すでに出来上がっている後ろの座席の人たちと、楽しく雑談を始めたのだった。


ポーンと言う音がして、カーナビの矢印が動く。

その指示通りに新人君はハンドルを回し、左へ曲がっていく。


またポーンと言う音がして、バンはまた左へ曲がっていく。



尾崎さんが一缶呑み終わり、もう一缶呑もうか思案したところで、ふと異変に気が付いた。


「ん?まだ着かないのか?」


車の周りを見ると、ごうごうと吹き荒れる風と雨の中、まったく明かりが見えない真っ暗な場所を走っていた。


「おい!ここどこだ?」

「いや・・・あの・・・カーナビの指示通りに走ってたんですが・・・」


カーナビを見た尾崎さんは愕然とした。


「おい、矢印が山の中じゃねーか!」

「で、でもカーナビの通りに・・・」

「ちょっと降りろ!」


そう言って尾崎さんと新人君は車の外へ出た。


後ろを走っていた課長のセダンも止まり、ドアを開けて二人ほど出て来た。


「ここどこだよ?」


雨は止み、ただごうごうと唸る風の中、確認の為に4人集まる。


「こいつ、カーナビの通りに来たらしいんですけど・・」

「・・・明らかに目的地から遠ざかってるよな?」


周りを見渡し、何か目印になるようなものは無いか探してみる一同。


ふと、闇の中になにやら黒く四角い物が沢山並んでいることに気付いた。


「あ・・・」


そう言って新人君が口をパクパクさせている。


「どうした?」

「ここ・・・墓地みたいです・・・」


唖然とする一同は、再び目を凝らして周りを見渡す。

四角い物は立ち並ぶ墓であった。


「おいおい・・・しゃれになんねーぞ。」

「とりあえず来た道を戻るか。」

「そうしましょう。」


再び車に乗り込み、来た道を引き返すことにした。

狭い道でなんとか切り替えし、逆方向へと進む。


「今度は間違うなよー。」

「はい・・・」


新人君はしょんぼりしながら、そのまま運転を続けていた。


「しっかし、部長のカーナビも古いからなあ。見ろよ、全然道が無いところをカーソルが動いてるぞ。」

「ほんとに山ん中だなあ。これ戻れるんですか?」


と言いながら、わいわいしゃべっていた。

まだまだ、後部座席では宴会状態だった。


ところが、走れども走れども元の道に戻らない。

30分ほど走ったところで、みな様子が変わってきた。


「なあ、また道間違えたんじゃね?」

「そんなはずは・・・ここ一本道でしたし。」

「だよなあ。」

「あ、後ろの課長がパッシングしてる。ちょっと止まろうか。」


再び2台は止まり、今度は全員が外に出てくる。

風も雨も止み、鬱蒼とした森は黒々としていた。


「やっぱおかしいよな?さっき来た時より走ったのに、元の道路に着かないなんて。」


そう言って辺りを見渡す一向。

ふと、雲の隙間から月明かりが差し込んだとき、山の斜面側を見ていた数人が、あっと声を上げた。


「どしたぁ?」

「み・・・みてください・・・」


斜面側を指さした新人君は、ガタガタと震えている。


「あーん?――うわ、まじかよ・・・」


指さした方向を見てみると、月明かりに照らされた沢山の墓石が立ち並んでいた。


「こ・・・こここ・・・さっきのとこですよ!」

「またここかよ!」


再び戻ってきた墓地に、尾崎さんも課長も言葉が出なかったという。


その後、課長の車を先頭にして走ると三度墓地へ戻ることもなく、目的地の温泉宿へ着いたのだった。



――――――――――――――――――――――――――――



「――まあ幽霊とか出て来たわけじゃないんですけどね、あの月明かりに照らされた墓地を見た時は、ぞっとしましたよ・・・」


そう言って尾崎さんはグラスを置いた。


「余談なんですけどね?」

「はい。」

「部長の車で行ったじゃないですか。その話を聞いた部長、1週間後ぐらいに新しいカーナビに買い替えてましたよ。最新の高いやつに。」


そう言って、尾崎さんは微妙そうな笑いを浮かべていたのだった。





この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません




が、今回は実話を元に書いてみました。

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