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エンドレス・キャンパス  作者: 木眞井啓明
第一部 息吹  第二章 夢
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登場人物)

 藤本ふじもと かえで

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生

  性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。


 本藤ほんどう かおり

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生

  性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。

 岩間いわま 聖美さとみ

  西暦2108年08月13日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生

  性格は、子供っぽい所もあるが、二〇歳に何とか相応しい女性だが、楓に似た所もあり、類は友を呼ぶを表した友人の一人。


 山田やまだ 明子あきこ

  西暦2108年06月21日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生

  性格は、長女であるだけにしっかり者で世話好き。だが、おっとりしているわけではない。その辺は弟を持つが故なのかも知れない。


舞台)

 関甲越かんこうえつエリア

  関東甲信越を短縮したエリアの名称。東西は千葉・神奈川から新潟、南北は群馬・栃木から長野・静岡の一部まであるエリア。


組織・家など)

 ATSUBB専課学校あつびーびーせんかがっこう

  場所は、関甲越エリア、神奈川、厚木にある。基底学部として、化学、物理、自然の学科を持つ専課学校。

──またぁ。

 楓はいつの間にか、木立の中にぽつんと立っていた。

 天高く聳え乱立する木々と足下には下草の絨毯が広がっており、一週間前と酷似している、と言うより同じといった方が良さそうである。昨日までの数日は別の場所であった。近くの緑地公園だったり、ショッピングモールと言うのもあった。更には学校の校舎と言うこともあった。その全ては、楓にとっては馴染みのある所ばかりである。只一点、誰もいないことが共通点で、そこにいるのは楓だけと言うことである。

──こ、ここって、学校の木立……だよねぇ。

「しっかし、いっつも静かだよねぇ。何かやだなぁ。それにさ、何でまたここなんだろうか?」

 声に出しているところを見ると、少々恐怖が芽生え始めたようである。それでも気を取り直して辺りを見回す楓である。

──む~。周り全部木ばっかり。しかも地面は草ぼうぼうだし。人は見えないしぃ……。……ん! 誰か……いる!

「誰よぉ。出てきなさいよぉ」

 一瞬ぴくりと体を震わせ、何者かの気配を感じてきょろきょろと辺りを見回しながら問いかけるが返答がなかった。

 楓にしては、この状況を前にして随分と落ち着いているように見えるが、それもこれも、この一週間があったればこそと言ったところであろう。

「ちょっとぉ。いい加減にして……よぉ」

 訴えかけている楓のその姿は、次第に腰が引けた状態、つまりはへっぴり腰となっている。声ですら遂には涙声に変わっていった。

 楓の足が後ろに出る。

 二歩目。

 三歩目。

 後ろに出る足がぎこちなくもゆっくりであるところから、気配に気圧されながらも恐怖に立ち向かおうとしているのが伺えたのだが……。

「もう、やだよぉ」

 振り向いて、早足で何処へともなく向かった。だが、走れど走れど木立が切れない。正面も、左右も、限りが見えない木立が続いていた。

 気配は相変わらずあった。周囲の至る所に、あるいは、一定の場所と感じることさえあった。その度、楓は走る方角を変えた。

 突然、足を止めた楓は辺りを見回した。

──あ、あれ? ……。

 いかに見慣れた場所とは言え、目標物は何もなく、気配のしない方へと走っただけである。何処をどう走っているのか分からなくなったようである。

「はぁ。はぁ」

──! だ、誰!

 ある方角の気配が濃くなった。まだ息苦しさはあるものの楓が走り出そうとすると……。

「おぉ~。いった~い」

 足でも引っ張られたのか、前のめりに倒れてしまっていた。それでも、口調がいつも通りであるため、まだ心には余裕がありそうである。

「またぁ」

 倒れたまま上体を捻って足下に目をやると、案の定、右足に蔓草が絡み付いていたのを発見した。文句を呟きつつ、右足の位置を軸に体を起こそうとした所……。

「おぉ? な、何よぉ~。もう。何でこうなるのかなぁ」

 軸にした右足が逆方向に引っ張られて、今度は仰向けに倒されてしまったのである。

──よし止まった。今だ! あ、れ?

「うっそぉ~。上半身にも蔓草が。い、何時の間に……」

 動きが止まったことから、すかさず起きようとしたのだが起き上がれなかった。しかもびっくりしたのであろう声に出ている。

 引っ張られて引き摺られたことに気を取られたのか、全く気が付かなかったようである。しかし、体の何処かを締め付けられたのなら気が付きそうであるが、そこは、楓ならではと言ったところであろう。

「うくっ!」

 暢気に蔓草にがんじがらめにされたことを感心していると、いきなり、体に痛みが走った。

──今日は、まだ……蔓草に……触れて……。くはっ!

 そう、まだ蔓草には手も触れていないと言うのに、痛みは待ってくれないようである。

「痛い。痛い」

──……い、痛いのは……。ど……こぉ

 楓は痛みに襲われながら痛む箇所を探す。だが、至る所から痛みが押し寄せており、なかなかに場所の特定は出来ないようである。

「いったぁ~い」

 今はまだ、暢気な声を上げられるだけましなのかも知れない。激痛ではない、と言うことになるからである。

──つ、蔓草……はずさ……な……きゃ……。う~。

 両腕を動かしただけで痛みが膨れ上がった。ならばと右腕だけを動かしてみる、すると、何とか耐えられる程度と分かる。しかし……。

──う~。こ、これじゃ……だめだよぉ。

 始めから分かっている筈であるのだが、既に、何が何だか分からなくなっており、蔓草との格闘を前に痛みに翻弄される続ける楓であった。

「!」

 楓の動きが止まった。

──また、気配が……。何処?

 忘れていた気配が感じられたようであるが、その場所、距離までは流石に分からないようである。

──……い、いやだなぁ。

 今の楓にはそれだけでも十分に恐怖を与えていた。蔓草を解こうとした手は止まり、顔には恐怖が張り付き、その目には涙が溢れていた。

「!」

 痛みが突然増したようである。意識が別の方に向いたために、“こっちもあるんだよ”とでも言いたいのか絶妙のタイミングである。

 楓はその痛みによって、口は開いたものの声を上げる暇もないまま体が弓なりに撓った。

「はぁはぁ」

──……手を……何とか……うご……。

「あうっ!」

 楓の手が胸の下の蔓草に伸びたとき、楓の体がぴくんと跳ね上がり硬直した。

──……も、もう。やめ……て……。

 その言葉に、意地悪をしているかのように最大の痛みが走り抜けた。開けた口からは声が出ず、ブリッジでもしているかの如くに撓った。しばし後、その姿勢から解放されると息も絶え絶えであった。

──こ、こんどこそ。……し、死ぬかと……思ったぁ……。

 ぐったりした楓は、その場を動くことすら出来なかった。

──も、も……だめ……。

 楓の意識は、そこで途絶える。


     *


──まったくぅ。何なんだろうか? あの夢って……。

「……うにゃぁ~!」

「か、楓が壊れた?」

 正面にいる聖美が、ビックリして口走った。

「わぁ~! っとっと。ふぇ~。危うくひっくり返るところだった。ふぅ~」

 背もたれのない長いすに座っていたために仰け反る形となってしまい、その状態を何とか戻しつつも右腕で額をぬぐう仕草までしている。

 ボーッとしているように見えていた楓が、いきなり奇声を上げたのである。聖美にしてみれば、今だかつてない出来事であったのであろう。

「……お? あにやってんの? 聖美」

 聖美の声に反応したのか、現実に戻ってきた楓が、聖美の状態に問い掛けている。聖美はと言えば、訝しんで身構えており、明子はあんぐり口を開けたまま固まっている。もう一人、楓の傍らにいる薫はと言えば、特に普段通りのようで流石に何事にも動じないようである。いや、右耳を手で押さえていた。そうとうに五月蠅かったようである。

「か、楓?」

「あに?」

「大丈夫~?」

「だから、あにが」

 この状況でいち早く口を開いたのは聖美である。しかし、質問を返されて困惑の表情を浮かべざる終えなかった。

 聖美が、楓の様子がおかしいと感じたのは今の奇声に始まった事ではない。ここ一週間ほど続いており、喧嘩相手である楓に何を投げかけても乗ってこなかった為である。嫌われたと言うのはあり得ないと思いつつも、何故か乗って来てくれないことから意気消沈していたのである。

 何か不味いことでも言ったのか?

 いや、楓に限って……。いやいや、そもそもそれが間違いでは?

 ならば、何かがあるのか?

 等々と、堂々巡りにも等しい考えに陥っていた聖美であった。そこへこの奇声である。何事かが起こったと考えても不思議ではない。

「今の大声よ」

 缶飲料を飲みながら、聖美のフォローを涼しげにしている薫は平然としている様子である。何せ楓と一緒にいる限り、いや、今の痛みがある限り所構わず発症するのである、何が起きたとしても恐れてばかりいられないと言ったところであろう。

「へ?」

「楓が上げたでしょ」

「うっそ~。嘘だよねぇ、聖美」

 楓の懇願むなしく、聖美は、思いっきり首を左右に振った。

「周りを見てご覧なさい」

 言われて周囲を見回すと、お隣を始め遠くに至っては立ち見が出ていた。

 楓達が今何処にいるかと言えば、学生会館一階にある談話室で、その中ほどである。よって、こういった場所で大声など上げようものならどうなるか……。ここに至って、自分の現状を把握した楓である。

「ホント……みたいだねぇ」

「あ、あのねぇ。すんごかったんだよ」

「ホントに?」

「だからぁ~」

「うぅ~」

 聖美の念押しに観念したのか縮こまる楓。俯いているところを見ると、穴があったら入りたいとでも思っているのであろう。原因は分かっていた。夢のことを考え、纏まらなくなったため苛ついたからだ、などと考えていると……。

「で。何抱えてんの」

「ほへ?」

「だから。何か悩みがあるんじゃ」

 いつになく真剣な表情で、楓に問いを投げかける聖美。ここに至って、問いただす策に出たようである。

 毎日のように何かに付け言い合って喧嘩もしているが、その前に友人である(喧嘩友達という奴であろうか)。何をふっかけても乗ってこない、ため息が多くなった、ここ一週間の変な様子、以上のことを聖美なりに考えて、痛み以外に更なる何かがあったと考えたのであろう。

 目を瞬かせる楓は、あからさまに表情が変わった。正に“なんで分かったの”といった表情である。

「え。あ。え~」

 更に表情が変わって、目が泳ぎ続ける楓に業を煮やした聖美が……。

「白状しろ!」

 楓の胸元を掴み上げる聖美は、少々前屈みになっており、更にはスカートが捲れ上がるのにも構わず、左足を楓の椅子の端に乗せた姿勢は迫力満点である。

「聖美、なんてかっこうしてるのよぉ。一応は、嫁入り前でしょ」

「一応はってあによ」

「それで楓。悩みって言うのを聞こうかしら」

 矛先が戻ってきた楓は、突き刺さる薫の視線にとうとう観念して、ここ一週間程のことを語って聞かせた。

「何それ。おっもしろぉ~」

「ん!」

「あによぉ。率直な感想じゃない」

「む~」

「二人共、止めなさい」

 楓は夢の話を一通り終えた後、吐露したことで気が楽になったのであろう。聖美と早々に睨み合いを始めてしまい、これまた早々に薫の雷に見舞われている。

「不思議な夢よねぇ」

 夢見がちの乙女のポーズを取って語る明子は、演技でもしているかのようである。

 確かに不思議な夢である。夢占いならさしずめ最悪と出そうである。植物と気配、そして、楓が気にしている事柄である痛み。それらが単に夢に出ただけと言われればそれまでである。だが疑問点もある。楓は、今までに蔓草に絡まったことはない。それと、場所が木立、緑地公園、ショッピングモールなどであること。つまりは、常に同じ場所ではないと言うことである。

 深読みして考えるなら、場所と言うよりは、痛み、植物、そして気配に、何らかしらのメッセージ性はないのかと言うことであるが、今のところ、これと思しき内容は見あたらない。楓が見落としている可能性は否定できないところではあるのだが……。

「楓」

「あに」

「突然だけど、霊感なんてあったの?」

「ふえ? んなもの、ある訳ないよぉ」

「そりゃそうだ」

 ニヤニヤする聖美は、どうやらこれを何かのネタに使うつもりのようである。

「む~」

 にやつく聖美と唸りを上げる楓、また睨み合いを始めてしまっている。どうやってもこの二人はこうなってしまうようである。

「楓。その痛みは、いつもと同じかしら?」

「ん? え~と。ん~。おんなじ……かな?」

「そう……」

「何を考えてるの薫」

「これと言って、何か考えがある訳ではないのだけれど……」

「薫が答えに詰まる……か」

 薫と明子のまともな会話をしている中でも……。

「あたしがいれば、そんな蔓草くらい」

「あによぉ。夢んなんかだし、聖美、出てこなかったもん」

「あんで、あたしを出さないの」

「知らないって。出てこないんだもん」

「あんですってぇ~」

 ぎゃぁぎゃぁと、騒ぎ立てる二人がいた。どうやらこれで、いつもの状態に戻りつつあるようで、いつしか周囲の注意も引いていった。

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