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登場人物)
藤本 楓
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生
性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。
本藤 薫
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。
リーツ・シクワン・プト
不明な場所の住人と思われる人物の一人。
長老よりかなり若く、楓や薫と同年代と見受けられるが、男女の区別は不明。
舞台)
不明な地/場所
日本で行方不明事件の実証実験中に、行方不明の原因と思われる事象によりやってきた場所。
朝。作業場へと向かう楓と薫であるが、賑やかな声が聞かれないという、珍しい事が起こっていたのである。
「今日は、いつになく静かね」
「えっ? あぁ。気が重いからかなぁ」
「そう。どうしてかしらね」
「うっ。……だってぇ! 色を作る手順、まとめないとだめだし」
「そう。でも、自分で決めたのでしょ?」
薫のその一言に、唸る楓である。察するに、自分で決めた事とは言え、苦手意識でもあるのであろう。
「うっ。そうなんだけどさぁ……。得意分野ではない、かな?」
「そうかしら? 以前、見せて貰った化学の説明書、随分と理解しやすかったわよ」
「えっ? そう? ……あぁ。でもなぁ」
「……そうね。学者向けと言うよりは、一般向けの内容だったのを覚えてるわよ。何を嫌がっているのかしら?」
「う~んと。いや、実験と同じで楽しいよ。復習みたいな所もあるしね。……でも、止まらなくなる」
「それは問題なのかしら? いい事のように思えるけれど」
「う~ん。伝わりやすいようにとか、絵があった方がいいかな、とか考えてるといつまでも終わらない!」
「なるほど。そういう事なのね。でも……。そうね、今回は大分切迫している様子も見られるようだから、確かに時間は惜しいわね」
「でしょ~」
そう告げた楓は、肩をがっくりと落とし、口少なくとぼとぼと歩いて行くのであった。
とぼとぼといつもより時間がかかって作業場に到着すると、「あぁ、付いちゃった」と情けない声を出す楓に、「入るわよ」と叱責を残して入っていく薫であった。
“パン”と頬をたたいた楓が「しょうが無い、始めよ」と、気合いを入れたように見えたが、覇気の無い声を出すのであった。
「しょうの無い子ね。やるしかないでしょ」
「へ~い。あぁ~、パソコンがないんだっけ。しょうが無い、紙と書く物を持ってこないと。よっ。紙は、とりあえずこれくらいあればいいかな? ……まずは、真っ黒い液体作るところからかな?」
「楓。始めたところ悪いのだけれど、昨日作った液体はどうするのかしら?」
「あっ、忘れてた。う~ん、薫は状態を見て記録してくれると嬉しいかな?」
「分かったわ。後は、楓を待つことになるのかしらね」
「うっ。頑張って早く仕上げる」
「急ぐ必要はあるけれど、間違えだらけだと問題ですからね。貴方のペースでいいわよ」
「うん」
この後「うわぁ、間違えた!」とか、「う~ん、これだと意味伝わんないかも」などなど、雄叫び、とは言わないものの慣れない“紙”への記述に悪戦苦闘する楓であった。
数十分後……。
「フゥ~。遠心分離までは、まとまった、かな?」
「出来たの? 見せてご覧なさい」
「えぇ~。見せるのぉ」
「私も、その作業をすることになるのでしょうから、事前に目を通しておきたいわね」
「そうだね。……はい」
恐る恐るまとめた紙を手渡す楓である。
ここへの道中に、薫に褒められているとは言え、時間を余り掛けていないことからの不安でもあるのであろう。
「あぁ。遠心分離機、欲しいなぁ」
「そうね。あると作業効率は大分上がりそうだものね」
キョロキョロと辺りを見回す楓であるが、「何も音がしないねぇ」と呟いていたのである。必要と考えた物が、どこからともなく現れ続けていたため、期待したようである。
「だめかぁ」
「……そうね。……手順としては、まとまっていると思うのだけれど、やはり絵があるともっと伝わりやすいのでしょうけれど、手描きでは難しいかしらね」
「えっ? 絵かぁ、パソコンさえあれば……」
「ないものを言ってもしょうが無いでしょ。それはそうと、この先はどうするのかしら?」
「あっ。気がつかれたか」
「まぁ、当然でしょう」
「そうだよね。これから考える」
「あっ!」
「大声を出して、どうしたのかしら?」
「しまった、最大の問題を忘れてた」
「何のことかしら?」
「原料だよぉ」
「……言われてみれば、盲点だったわね」
「いや、そんな大層な……。じゃぁなくて、場所はほぼ分かってるんだけど。さて、どうした物かなぁ」
「原料の状態、と言えばいいのかしら? それによって、最初の部分が変わることはないのかしら」
「う~ん。どうだろう。突飛も無い状態でないなら、あんまり変わんないと思う」
「そうね。でも、ここが地球ではないというのも気になるわね」
「それ言ったら、地球であるとも言ってたじゃん。まぁ、手順は良として、原料はどうしたもんか」
腕組みをして、思案している楓であるが、購入ではなく、流しにあった奇妙な突起から出てくるのは、まず間違いないであろうが、今は出ていないのである。
原料が某かの状態で、出てこないのであれば付着している物を削り取ることになる訳である。考えただけでも気が重くなるであろう。
唸りながらうろうろする楓を、やや手持ち無沙汰で追っている薫がいたが、「ビーボー。ビーボー」と音量は小さいながらも、実験室いっぱいに広がる点滅する色に、「うわぁっ! 何?」とびっくりして立ち止まった上に、辺りを見回してしまう楓であった。
「落ち着きなさい。来客のようよ」
「ふっ?」
薫の視線の先に、緑で点滅する突起を確認した楓であるが、「おっ?」と声を漏らすだけであった。
「……はぁ。もう忘れたのかしら?」
「え~と。何だっけ? これ?」
「……」
「え~と。おぉ、そうだ! 誰か来たんだよ、って誰?」
「……ここでは、毎日来るのは決まっているでしょ」
「……おぉ。ちょっと行ってくる」
バタバタと慌てながら実験室を出た楓は、シクワンを伴って戻ってきたのである。
「それでは、状況についてお聞きしたいのですが」
「状況は、ひとまず色を抽出できそうだってことが分かった、位かな?」
「ん? え~と。それは色が作り出せたと言うことですか?」
「ん~。どうだろう」
「えっ? まだなんですか?」
「えっ? いや。どうかなぁ」
「どっちなんですか」
シクワンに詰め寄られる格好となり、楓は少々困った表情を浮かべ、「薫ぃ」と半べそをかく始末である。
「……しょうが無いわね。シクワンさん。少し落ち着いて下さい」
「あっ! す、すいません。余り進んでいないようなので……」
「それは……。んん。シクワンさんが、何処まで理解できるかは分かりませんが、以前に失敗したと思われていた液体から、色を分離する所までは出来た、これが昨日の段階です」
「ん~。……すいません。それは、作ることが出来たのとは違うんですか?」
「どうでしょう。シクワンさん達が、何を持って出来たと認識するかによりますね」
「えっ? お二人が作って、出来上がるのではないんですか?」
「……なるほど。少なくともシクワンさんは、出来上がり……つまり最終の形を知らない、と言うことでよろしいかしら?」
「?」
薫の言葉に、首を傾げてしまうシクワンがいたが、楓も同様のようである。
「楓はともかく、シクワンさんも分からないようですね」
「ちょっとぉ、楓ちゃんはともかくってあによ!」
「分かったわ。簡潔に説明しましょう。少なくとも、ここにいる三人は、どういう形になったら色が作り上げられたと判定するのか知る者はいないという事よ」
薫の言葉を、じっくりと反芻でもするかのように、楓はうろつき始め、時折「あっ! ん~」と唸っている、一方のシクワンは俯いて微動だにしないのである。
しばらくして「あぁ、そういう事か」と楓がポンと手を打ったのである。
「楓、何が分かったのかしら? 行って頂戴」
「え~」
「シクワンさんは、まだ理解できていないようよ」
「それは……酷いです」
「失礼。いじめるつもりはありませんよ。理解した楓に説明して貰いますから大丈夫です」
「うっ」
視線が楓に集まるが、中でもシクワンはひときわ懇願でもするかのような表情であった。
「あぁ。え~と、色を作る、のはいいんだけど。これなら作ったよ、と確認できる人がいな……? あれ? ちょっと違うな。う~んと。……そうだ。ざっくり言うと、シクワン達に渡す状態が何か、でいいのかな?」
そう説明する楓であるが、今ひとつうまい説明になっていないのが、首をひねっていることから覗えるのである。とは言え、大筋ではそういう事であろう。
薫が言っていたこととは、何を以て完成、あるいは出来たとするのか、と言うことであり、それを判断する立場にあるシクワンが、それを把握できていない、あるいは知らないと言うことは、いつまでたっても出来たと言えないと言うことである。
「そうね。概ねいいかしらね」
「ぶぅ~。なんか、褒められてないような気がするぅ」
「そんなことはないわよ。……それで、シクワンさんは理解して頂けたかしら?」
「……なんとなく、ですが。戻ったら、長老にも聞いてみます」
「そうして頂けると、こちらとしてはありがたいです」
「それで。どんな状態なんでしょうか?」
シクワンも、なんと無くであるようだが、薫の伝えたいことは理解したようで、現状がどんな状態であるのかを確認することにしたようである。
「なるほど。これは面白い。これが、分離した状態ですか」
「うん、そう。で、これをどうするかを考え中」
「?」
「どうしたの?」
「いえ、色が全体的に薄いような気がします」
「ふっ? きれいだと思うけど?」
「いえ、これはこれできれいなんですが、もっと濃くできませんか?」
「う~ん。それは多分、元の液体の所為だと思う。まぁ、原料が手に入れば調整できる、と思う」
「えっ? まだ原料は手に入ってなかったんですか?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「え~と、どうでしたかね」
「そうね。入手できたとは伝えていなかったと思うのだけれど」
「あっ。べ、別にそれを問題にするつもりはありませんよ」
「あっ。薫ぃ」
「あら、ごめんなさい。シクワンさんの所為にするつもりはありませんよ」
「うーむ、どっちを先にすべきか」
「楓は、何を悩んでいるのかしら?」
「うっ? おぉ、分離した色の抽出か、原料を出す方か、どっちが先かな、と」
「そうねぇ。どちらも急いだ方がいいのでしょうね」
「むむむ。そうだよねぇ。とは言え、原料を確保した方が、後々いいかな」
そう告げるや、件の出本と思われる実験テーブルの流し前に移動する楓であった。
「楓さん?」
「これがね、原料の出口だと思う」
「これ、ですか」
呟く二人が見ているのは、不純物か原料の一部がこびりついた管状の物である。それは、蛇口と思しき状態で鎮座しているが、コックの類いが一切無い、それにもかかわらず何も出てきていない管である。
「で、いつものように、色を作る原料が欲しい! と考えると……」
そう口にする楓は数分程、管を見詰めたのだが、「あれ? 何でぇ!」と叫び、隣にいたシクワンを驚かせているのである。
「楓。シクワンさんがびっくりしてるわよ」
「あ、ごめん」
「いえ……」
「むー。いつもならこれでいい筈なんだけど? 何で?」
「そうね。思いが足りないのではないかしら?」
「ん?」
「今のところ、原理は不明だけれど、どうしても欲しいという思いがあったから、その物が現れたのではないかしらね」
「ん~なるほど。……と言うことは、気軽に欲しいと思うのはだめって事?」
「そうなるかしらね。そうは言っても、どれほどの思いが必要なのかまでは分からないわよ」
「むむむ。あたしは、真剣に欲しいと思ったんだけどなぁ」
「楓。いつものようにと言ったでしょう」
「うん。言ったかも」
「多分、それが思いの不足した原因だと思うわよ」
「なるほど……。と言うことは、いつもならと思ったから、軽くなったって事?」
「そう考えるのが妥当でしょうね。気持ちは悪いけれど」
「薫ってば、またぁ。まぁ、なんとなく意味は分かった」
呟きながら、何かを考える仕草をする楓であるが、原料が欲しいが失敗した要因を、それなりに理解したようである。しかし、説明され尽くしたとは言えない現状で、何処まで真剣な思いを持てるかが心配である。
「む~。よし!」
――原料が欲しい。原料が欲しい……。
楓は、瞑想あるいは祈るかのように目を閉じ、ひたすら“欲しい”と願っているようである。
「……」
そっと目を開けた楓は「何でぇ~!」と叫んだのである。何故か? 件の管状の物に変化は見られなかったからである。
「まだ足りないのぉ。がっくし」
「楓。願望として原料が欲しいと願ったのよね」
「う、うん。その筈だよ」
「……そうね。二度目ですものね、いつものようにと言う思いが減ったはずよね」
「あぁ、ひっどぉ~い。いくら楓ちゃんでもね、そんなことはない筈、だよ」
「あぁ。貴方って子は、どうしてそこで言い切れないのかしらね」
「あ、あの」
「……? 何? シクワン」
「何か、別の願いというか、思いが必要なのでは無いでしょうか?」
「別の?」
「えぇ。必要な物が、今までとは違うのでは、と思いまして」
「なるほど……。そう言われてみれば、“欲しい物“では無く“必要な物”、と言うことになるのかしらね」
「ふっ? どういうこと?」
「簡単に説明すると、紙、筆記具、椅子に始まって、これまで出てきた物は大部分が日常で使っている物。つまり、“これが欲しいな”という物ばかりだった筈よ」
「う~ん。確かに……。あっ! 消毒用のアルコールとか、アルコールランプの火種は違う」
「そうね。でも、それは実験時にはある程度であれば、“欲しい物”に分類されるのではないかしら」
「なるほど……。でも、“欲しい”とそうでない物の違いって何?」
「その時に、何を行っているかによるのかもしれないわね」
「?」
「……」
薫の説明に、次第に難しい表情へと変わっていく楓とシクワンである。その中で、シクワンは諦めたのか表情が穏やかになっていった。一方の楓は、何かに思い当たったかのような晴れやかな表情になったのである。
「……あっ、そうか! 紙が欲しかったときは、棚の整理してたよねぇ。あっ。だけど今は実験中だよ?」
「そうなのよね。実験しているのだから、“欲しい”でもいい筈なのだけれど。……もしかしたら、原料は、特殊な物なのかもしれないわね」
「特殊、かぁ。……あぁ、確かに、欲しい以前に使わない人が欲しがってドバドバ出ても困るね」
「そういう事かもしれないわね」
「じゃぁ、原料がどうしても必要! 無いといろいろ困る! ……んー。まだ出ない?」
「出ませんねぇ」
「楓。液体とは限らないんじゃなかったかしら?」
「おぉ。そう言えば、そんな推測をしたような気が……。おぉ、出てきた」
「何ですか? 液体じゃないですよ」
「うん。予測通りだね、薫」
「そうね。化学的な解析が当たったようね」
「薫ぃ。その褒めてるようなそうでないような言い回し止めてよぉ。喜べないじゃん」
「あら、失礼。一応、褒め言葉よ」
「あぁ、もうなんか、落ち込みきれないもどかしさがある」
「それはそれとして、楓。そのまま出し続けると、流れて言ってしまうのだけれど、いいのかしら?」
「むぅ。それはって、酷いよぉ。……まぁ、ね。薫にしてみれば……。おぉっと、確かに。流し区切れるかな?」
楓がそう言った途端、流しに仕切りが出来上がったのである。この結果から見ても、薫が語ったように何らかの繋がりはありそうである。
「うん。薫が正解みたいだね。流しが区切られたよ」
「そのようね」
「もう、薫ってば、そんないやな顔しなくてもいいじゃん」
「……」
「それで、楓さん。このままだと溢れませんか?」
「う~ん。その辺りは、どうかなぁ? んじゃ、一杯、じゃないな八分目まで溜まったら止まる。と考えれば止まってくれるかな? とは言え、ゲル状だからそれなりに時間はかかりそうだね」
そう言った楓は、流しから離れて先の実験の続きに戻ったようである。
「さて。次は、色の濃さと分離した際の量だね」
「量? ですか」
「うん。だって今の量だと上下の色もすっちゃうよ」
「そう、なんですか?」
「確かに、ピンポイントで吸い出すのは、難しそうね……。分かったわ、その辺りは、楓の方が詳しいでしょうから、任せるわよ」
薫に任された楓は、笑顔で“うん”と頷いて、何度目かの実験を始めたのである。
「上澄みの量を半分位にしてみたけど……。う~ん。まだ足りないかなぁ?」
「そうですねぇ。量的には、もう少しあった方が、無難な気もしますが、色は薄くなりましたね」
「おっ。シクワンも分かるの?」
「いえ、私の知識は少々怪しいとは思いますが、何でしょうか。なんとなくまだ不足している気がします」
シクワンが、楓と並んで覗き込むように試験管内で分離した色を見詰めながら、初めて地球的な知識を披露したのである。それを聞いた楓が「おぉ~」と感心しきりだったのは言うまでもない。
楓は、シクワンが興味を示したことが嬉しかったのであろう、嬉々として説明するかのように次の実験を始めたのである。
「よし。量的には上澄みは、試験管の2/3位だねぇ。色の濃さは、沈殿物を倍までにしたけど、シクワンどう?」
「そうですねぇ。色の濃さは、この辺りからこっちでいいと思います。分離量の判断は楓さんに任せますが、これなら問題ないと思いますよ」
「うん。大体1.5倍から2倍程度の量だね。よっしゃぁ! とは言え、もう溶解した液体が殆どなくなったよ。っていうか、ギリギリセーフだね」
「それは何よりね。また作るにしても、一晩おかないとならないでしょうし、そうなると、今日は分離は出来ないでしょうし」
「そうだね。さて、お次は、スポイト、スポイト」
「用意してあるわよ」
「おっ、さっすがぁ。で、ちょっと集中するから声かけないでね」
「分かったわ」
「分かりました」
そう言った楓は、空気を抜いたスポイトを慎重に試験管の中に入れた。そして、目的である緑色の上の境目から若干下に当たる場所で挿入を止め、ゆっくりと吸い始めたのである。
「……」
吸い出した緑色を、新しい試験管に移して、分離させた別の試験管を取り出し、今度は先ほどとは逆に下の境界付近から吸い出したのである。これを同様に新しい試験管に移した。
「ふぅ~」
「お疲れ様」
「いやぁ。しんどいよぉ。あぁ~」
「かなり集中していましたからね」
まるでおっさんがするように声を上げて、どっかりと椅子に座った楓であった。相当に集中していたようである。
「楓。それではおじさんよ」
「もう、今はそれでもいい。づかれだぁ」
「あ、あのぉ。吸い出した色をこの、最後に分離させた物と比べたんですが、最初のは上の色に、次のは下の色に寄ってます」
「えぇ、うっそぉ」
ぐったりしていた楓が、ガバッと上体を起こして、試験管を睨み付けるかのように見比べたのである。
「うわぁ~! だめだぁ!」
疲れ切っていたのであろう楓が、大声で叫んだのである。シクワンがまたびっくりししたことから、どれほどの大声であったか想像できる。
「楓。その大声は止めなさい」
「……あっ。ごめん。でもなぁ、どうすべ」
「一層ずつ吸い出してみたらどうかしら?」
「えぇ~。それってすんごいしんどそう」
「そうだとしても、問題点を見つけないと先に進めないのではないかしら?」
「う~」
がっくりと項垂れる楓を余所に、薫は腕組みをして返答を待っているようである。一方のシクワンは、何も言えずに唯々、椅子に座っているだけであった。
「……あぁ。しょうがない、やるかぁ」
そう言った楓は、「スポイト、色の数だけないと色が混ざるよね」と呟くと、薫が「それもそうね」と答えて、色の数分を用意したのである。
「よぉし! やるぞぉ」
深呼吸した楓は、徐に新しいスポイトを持って、上層から一色ずつ吸い出しては、新しい試験管に移し替えていったのである。
「……終わった」
「お疲れ様」
「もう、やだ。二度とやりたくないよぉ」
「……見ている私も、息が詰まっちゃいました。これは、よくないですね」
「でしょう」
「それでも、色としては、分離時とほぼ同じとみて問題なさそうね」
「でも、やだぁ」
色は各色共、問題なく抽出できたようであるが、それを行う側の精神力に問題があることが判明、いや、最初から分かっていたことである。




