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登場人物)
岩間 聖美
西暦2108年08月13日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
性格は、子供っぽい所もあるが、二〇歳に何とか相応しい女性だが、楓に似た所もあり、類は友を呼ぶを表した友人の一人。
山田 明子
西暦2108年06月21日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生
性格は、長女であるだけにしっかり者で世話好き。だが、おっとりしているわけではない。その辺は弟を持つが故なのかも知れない。
井之上 美也
西暦2110年09月10日生まれ/専課学校、基底学部物理科3年生
几帳面でしっかり者と言う性格が良く表れた、はっきりした物言いする。それでいて、自然にぼけてしまうところがあるという、堅物とは言い難い所もあり、どちらかと言えば、聖美や楓に近い性格であるのかもしれない。
岸田 博実
西暦2108年09月21日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
山岳地域で育ったせいか、大ざっぱな面が多々ある。その所為か喋り方がぶっきらぼうなところがある。それでいて知的な部分を見せる事も覆い。
大里
生誕日不明/専課学校 基底学部物理学科、研究員
周囲によると真面目すぎであるが、暗くならないためそれもまた良いところとされる一方で、説教が始まるのが玉に瑕。
小林
生誕日不明/専課学校 基底学部物理学科、研究員
お調子者である節があるが、総じて明るい性格。他人に任せすぎるところがあり、学生に至ってはこき使っているイメージもちらほらある。
「どうすんの、これ?」
「どうにもならないでしょうね」
「あのぉ、お二人は随分と落ち着いているのような気がします」
聖美と明子に美也の三人は、昼の休憩時間であるため、食堂で流れるテレビを見ており、聖美と明子の冷静さに戸惑う美也が一人落ち着かない様子である。
「ふっ? あぁ、だってこれは、あたしじゃぁどうにもならないし」
「パニックになっているのを見て、パニックになってもしょうがないでしょ」
「はぁ」
気のない相づちを打つ美也も、その実、かなり落ち着いている事に気がついていないようである。
「あぁもう! 何で月基地は嘘つくんだよ」
「はぁ? 何を言っている。嘘つくはずないだろ」
「じゃぁ、今見えている物体は何だよ」
「それを調査してるんだろう」
などなどと、ここでも月基地からもたらされた情報に混乱している人々がいるようである。
ここと似たような状況は、地球上の至る所で見る事が出来た。“ある”のか“ない”のか、果てのない議論が、口論となり、喧嘩まで起こっているのが実情である。
「食堂でまで止めて頂けますか」
声を張り上げてはいるが、怒りのそれとは性質が異なっている。そして、どこかで聞いたような声の主のようである。
「うわっ。来た」
思わず口をついて出てしまったようで、手で口を押さえる聖美であったが、時既に遅く、その主の視線が聖美を捉えているようである。
「聞き捨てならないわね。何が来たって言うの」
「えっ、いや。あはははは」
「……全く。どいつもこいつも、月から見えないってだけで……」
「岸田先輩。それはかなり重要な問題な気がしますが……」
「ん?」
「……」
「あんたねぇ、後輩を睨んでどうすんの」
「……あっ。ごめんね」
「全く」
冷静さを装っていても、かなり苛立っているのが透けて見える。方や、聖美はかなり冷静であるようだ。
「んん。そう言えば聖美は騒いでないわね」
「あんたは、あたしを何だと……」
「ガキ」
「くぅ~」
「岸田さん。それはちょっと酷い言い方よ。いくら、いつもの言動が子供っぽいからといって……」
「明子までぇ。それは酷い~」
聖美のフォローをするのかと思いきや、いつもの調子が出てしまう明子は、聖美に突っ込まれて舌を出していた。一触触発かと思いきや、堪えながらクスクス笑っている美也がいた。
「美也ぁ」
「……ご、ごめんなさい。だって、先輩方の遣り取りが妙におかしくなって……」
美也の言葉に、席に着こうとした博実が、はぐらかすような言葉を発した明子にやや敵意のこもった視線を向けている。だがその視線を意に介しているのかいないのか、特にいつもと変わらない様子の明子がいた。
聖美達がたわいなのない話をしていると……。
「……いつまで調査、続くの」
「そうだけどぉ」
「学生連絡会は何やってるの。連絡もしないで」
「あぁ。現状で調べるとこないんじゃないか?」
「もう、無理なんじゃねぇか?」
などなどとぼやきながら、やや遅い昼食でも取りに来た学生達が口々に呟いているのが聞こえてくる。
「もうだめだ! これ以上は情報がないと出来ない!」
大声で食堂に入ってくる学生がいたが、周りの友人と思しき学生に「声がでかいよ」と窘められている。家にも帰れず、調査漬けになっている学生としては、気分転換もできず辛いところであろう。
「……先週の行方不明者。あれはすごいな」
「すごいって言うか、怖いよ」
「止めて! 今度は私かもしれないってビクビクしてるんだから」
「何言ってんだよ。化学科や物理科は大丈夫だろ?」
「このところは……」
別の所からは、先週末に起こった大規模な行方不明者の話をしている様子。一人だけであったとしても恐怖があるのだ、ほぼ同時に一〇〇人ともなれば恐怖が増大するのも頷けると言える。
「……行方不明者……」
「あっ、まずいわね。聖美、大丈夫?」
「……えっ? あっ。おぉ、大丈夫に来まっ……るじゃ、じゃ……。う~」
「全く以て大丈夫じゃないでしょ」
「あう~」
「大丈夫です。岩間先輩、耐えるんですよ」
「耐えちゃだめでしょ、聖美の場合は」
「えっ?」
「そうねぇ。聖美の場合は、耐え続けると爆発するからねぇ」
「えっと。そうでしたっけ?」
「そうよ」
「そうそう。あんたも見たでしょ」
「ん~。あ~。じゃぁ、今爆発しましょう、岩間先輩。それだと被害が、少ない?」
「……あのさぁ」
「はい」
「みんなはあたしを何だと思ってるの」
「聖美でしょ」
「聖美だね」
「先輩です」
「……あ~! もう!」
偶然か、策略か。結果的に、聖美の気を行方不明者から離せたのだが、別の意味で声を張り上げさせてしまい、明子が周囲に平謝りしたのは言うまでもない。
*
「あぁ。なんかやる気でない」
「先輩。だめですよ。藤本先輩を探すんじゃないんですか?」
「そうだけどさぁ。こんなに長く缶詰じゃぁ、気分が盛り上がらないよ」
聖美と美也は、一〇二ラボで調査を続けている筈なのであるが、ここに来て聖美の意欲も途切れてしまったようである。
「もう。いつになったら外出禁止令終わるの」
「岩間君」
「ん? あぁ、大里さん……」
「どうした、その気が抜けたような応対は」
「大里さんからも言って下さい。やる気が出ないなんて言ってるんですよ」
「岩間君。君というやつは……。まぁ、気持ちは分からないでもないが、行方不明者の捜索の手助けするんじゃなかったのか?」
大里と呼ばれた男性は白衣を纏っており、物理科の研究員を務めている。柔和な顔つきではあるが、やや小太り気味な体型であるのは、研究に没頭しすぎている証しなのかもしれない。いわゆる、運動が苦手あるいはきらいなのであろう。
呆れ返ったような大里の言葉に対して、唸り声を上げたものの、依然として実験テーブルに突っ伏し続ける聖美であった。大里が怒らない事をいい事に、聖美や一部の学生は、高をくくっているのかもしれない。
「ま。二ヶ月もこんな状態で、やる気を失うなと言う方が無理なのは分かる」
「そうそう」
「だからといってだな、あからさまに態度で示していい筈はないだろう」
「うっ」
大里が、説教じみた話を始めたため、しかめっ面になる聖美であり、美也もしまったといった表情になっている。どうやら、ここからが長いようである。
「岩間君は……」
「大里。説教を始めるなよ」
「小林。そんなつもりはないが……。始まっていたか?」
「まぁな」
「す、済まんな岩間君。君を責めるつもりはないんだが」
「う~」
「そうだなぁ。俺たち研究員の方が気楽と言えば気楽だが、夜間を学生だけにする訳にも行かないから泊まり込みシフトもある。まぁ一〇〇%学生と一緒ではないが」
大里と小林二人の研究員から、改めて諸々の話を聞いた聖美は、いつの間にか上体を起こして聞いていた。聖美とて二〇歳となっているのである。いかに子供っぽい言動が目立つとは言え、年齢なりの心構えというものを持っているようである。
「まぁ、何だ。学生だけが外出禁止令で辛い思いをしている訳じゃないというのを理解してくれればいい」
「……大里さん」
「俺は? いい事言っただろ?」
「あぁ。小林さん……」
「何だよ。そのリアクションはぁ」
最後に、小林が冗談めかした言葉に、やや緊張した糸が緩み、誰からともなく笑いがこぼれていたのである。
「何だか楽しそうね」
聖美達がいるラボに入ってくるなり、嫌みとも受け取れる言葉を口にした人物がいた。
「博実。何?」
「いえいえ。こっちのラボは楽しそうでいいなって話よ」
「また、そんな言い方してぇ」
「あら、気に障った?」
「う~」
「おい、二人とも止めないか」
「大里さん。聖美を甘やかさないで下さいよ。直ぐサボるんだから」
「あんですってぇ」
「岸田君。止めないか。岩間君も」
「君たち二人は気が合うのか合わないのか、分からないよ」
博実の介入で、和やかな雰囲気ががらりと険悪な雰囲気に変わってしまったようである。薫とは別の真面目さがあるのであろう。
周囲も“また始まったか”という雰囲気に包まれてしまった。ちょうどそこに“ピンポーン”とスピーカーからチャイムが聞こえてきた。
「学校からお知らせがあります。調査を始めてから、本日、西暦二一二八年九月二〇日で二ヶ月程が経ちました。ですが、まだ長期化する見通しとなっております。これまでも作業シフトを組んでおりましたが、体調と効率の観点から休養が出来るシフトへ移行する事が決定しました。それと、未だに外出禁止令は解除されておりませんので、学校外へ出る事がないようにお願いします。シフトについては、学科毎に別途通達しますので、それまでは現状のシフトでの作業となります」
放送が終わっても、一〇二ラボでは無言がしばらく続いていた。そして、通達内容が浸透すると、歓声がある一方で、「休みはいいけど、何すればいい?」や「寝坊できるぞ」あるいは「でも、学校から出られないんじゃ一緒じゃないか」などなど多様な会話がされていったのである。
一方、聖美達は。
「だぁ。まだ外出禁止令続くのぉ」
「そうですね。そろそろ解除してもいいんじゃないでしょうか」
「んー」
「あんた達は、そうやって感情で動く」
「あんでよぉ、いいじゃん。博実だってしんどいでしょ」
「そう言う問題じゃないでしょ」
「じゃぁ、どういう問題よ」
「こらこら、二人とも止めないか」
聖美は、その場その場の感情で行動しがちである。一方の博実は、感情だけではなく理屈も考慮しているのであろう。とは言え、二ヶ月もの間缶詰になれば、いかに博実が現実的であったとしても、聖美の感情論も現実的ではないと言い切れないのも事実である。




