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登場人物)
藤本 楓
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生
性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。
本藤 薫
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。
リーツ・シクワン・プト
不明な場所の住人と思われる人物の一人。
長老よりかなり若く、楓や薫と同年代と見受けられるが、男女の区別は不明。
舞台)
不明な地/場所
日本で行方不明事件の実証実験中に、行方不明の原因と思われる事象によりやってきた場所。
仕事場を出た三人は、食堂へと向かいながら何やら話をしていた。
「……でさぁ、って。シクワン?」
「はっ、はい!」
「おっとぉ。どった?」
会話していた相手が、びっくりしたかのような声を上げたのである、楓でなくとも驚くであろう。その楓は、横っ飛びしそうな姿勢をとっていた。
「あっ、いえ。何でもありません。大丈夫です」
「ホントに?」
歩きながら少し傾いで覗き込むような姿勢をとる楓に、視線でも合ったのかやや顔を背けるシクワンがいた。
「ん~。ホントに大丈夫?」
「だ、大丈夫、で、ですにょ……。うっ」
「大丈夫じゃぁなさそ……」
「楓」
「あに?」
「シクワンさんが困ってるでしょ、止めなさい」
「え~。薫は心配じゃないの?」
「そうね。貴方がシクワンさんの迷惑にならないかの方が心配だわ」
楓としては無理をしていないか、確認しているつもりなのであろう。行き過ぎれば何であれ迷惑になるのも事実であり、薫はその辺りを心配しているのかもしれない。
「ひっどぉい。楓ちゃんだってね、迷惑掛けているかどうかぐらい分かるよ。ふんとに」
「あぁ、すいません。二人とも止めて下さい。少しびっくりしただけですから……」
「あっ。ごめん、びっくりさせちゃったんだ」
「あ、いえ。大丈夫です」
「そう……。何か考え事でもしていたのかしら?」
「えっ。え~。そう言う訳でも……」
「薫。シクワンが困ってるじゃない。そっちの方が迷惑かもよ」
困った表情をしてうつむいてしまったシクワンに、楓が援護射撃をしている。まるで、いつぞや語った“何か考えがあるんだよ”を体現してでもいるかのようである。
「……そうね。少々意地悪だったかもしれないわね」
「そうだよ、って。何が?」
何のことやらさっぱりという表情の楓である。一方の薫は、これといった表情はないものの、やや奥歯に物が挟まったような言いようになっている。今度は、間にいるシクワンが、何かが始まるのではないかと困った表情であった。
――これは……。何か、まずい雰囲気、と言うやつなのでは……。
「ま、それはそれとして。シクワン聞いてよ。昨日家に帰ったら、中がすんごい変わってて、びっくりだよ」
「……そ、そうなんですか?」
やや重苦しい空気が醸し出されていたところ、楓が話題をがらりと変えてきたことで、構え掛けていたシクワンは言葉に詰まってしまったようである。
「楓。それだと何も伝わってないわよ」
「もう。薫は気が早い。これから説明するよ」
「でも、そうね。改築したのでは、と言いたくなるほどの変わりようには驚いたわね」
「クスッ」
真っ昼間から喧嘩したくはないのであろう楓が、話題を変えたと捉えていいのであろうか。いや、そもそもこの話題を持ち出したかったのかもしれない。とは言え、早々に薫に指摘されるところは、いかにもと言ったところであろう。その遣り取りにシクワンの表情が緩んでいたのである。
「それで、どう変わっていたんですか?」
「そうそう。そりゃぁ流しっぽかったのがちゃんとした洗面台になったし、後はぁ、洗濯機にお風呂までできてたんだよ。もうすごいよねぇ」
「洗面台? 洗濯機とお風呂、ですか」
「そうそう。って、知らない? 手や顔洗ったり、服とか洗ったり、全身洗うんだけど」
「そうですね。仰っている意味は理解できます」
わくわくしているのか、嬉しいのか、楓は全身でそれらを語っているかのようにはしゃいでいた一方で、薫は“ふっ”とため息をつくように“しょうがないわね”と言った表情をしていたのである。
「楓。忘れてるわよ、一番はしゃいでいたところがあるでしょ」
「あっ。そうそう、一番はねぇ」
「何ですか?」
楓につられたのか、いつしかシクワンの表情も楓のそれと同じようになっていったのであった。
「床が上がってたんだよ」
「床、ですか。上がるとは?」
「おぉ、そうだったね。こっちは欧米式だもんね」
「おうべい?」
「えぇっとね。土足、う~、つまり……。そう。靴のまま家の中に入るのは、私たちのいた国ではなくて他の国に多いかな?」
「合ってるわよ」
「もう、一々採点しないでよぉ」
「ごめんなさい、癖ね」
「あぁ。話戻すね。で、私たちのいた日本だと、玄関から一段上がっていて、靴を脱いで家の中に入るんだよ」
「はぁ」
「靴脱ぐから足が楽だよぉ」
「んん。補足しましょう。歴史的に、日本では床を地面より高くするという建て方をします。理由は、土に湿気、つまり水分が多く含まれていることが多く、それを家の中に入れないための工夫ね。それと、ネズミなどの害獣から食べ物を守る意味もあるわね」
「さすが薫。それと個人的には、外から靴底に付いたいろんなものが家の中に入らないのもいいかな」
「そうですか。いろいろあるものなのですね。勉強になりますよ」
「最初は戸惑ったわね」
「えっ、何故ですか?」
「あぁ、潔癖症ではないけど、朝まで土足で上がってたからねぇ。でもでも、床もきれいになってたから問題なし!」
「そうね。靴を脱ぐ習慣があるから少々生活しづらかったものね」
「そうそう」
「そうは言っても、やはり気味が悪いことに変わりはないわね」
嬉しい気持ちはあるのであろうが、薫は嫌悪している表情で語ったのである。そう言われてしまったシクワンは、やや申し訳なさそうな表情となり「慣れてもらうしかないですね」と呟くのであった。
「さぁ、ご飯だご飯だ」
「楓。いい年なのよ、はしゃがないで頂戴」
「クスクス」
「ぶぅ。いいじゃない、ねぇ」
「えっ、私に聞かれましても……。ひっ!」
同意を求められたシクワンが困惑していると、前から刺すような視線に気がついた。おそるおそる視線を辿ると、やや顔をこちらに向け横目ではあるがしっかりと“同意しないで下さい”と言わんばかりの色が見えた。
「シクワン。どった?」
「い、いえ。何でもないですよ。問題ないです」
「?」
訝しみながらも列が進んだため前へと進んでいく楓であった。一方のシクワンは俯いたまま薫の後ろに付いて行ったのである。
しばらくして楓達が配膳される番となったが……。
「う~。今日のお昼は麺だ。この麺からするとラーメン? でも、暖かくもなく冷たくもない、時期的には冷やし、だよね?」
「何を言っているの、ここは地球ではないのよ。それに気候的には激暑ではないのだから冷やしである必要はないでしょ」
「おぉ」
「ここも地球ですよ。長老のお話、忘れましたか?」
そう言ったシクワンは、薫から“覚えていますよ”と言わんばかりの強い視線を受け、持っているトレーのバランスを崩しかけ「おっとっとっと」と慌てることとなったのである。
「……そ、そう言えば、“冷やし”とは何ですか?」
「そうだったね。冷やしって言うのはね、冷たいスープで食べるラーメンとかたぬきそばとかかな?」
「?」
「楓。大雑把すぎるわよ」
「えっ? 間違えた?」
「大雑把すぎると言ったのよ。本来この類いの麺は暖かいか熱いスープで頂くのが主流かしらね。暑い時期に熱い食べ物は敬遠されがちになる。元々日本には、冷たくして頂く麺類がありましたからね、そこに発想をえたのでしょう。冷たいスープとそれに合わせた具材を使った食べ物の総称として“冷やし”としたのでしょう」
「……そうでしたね。そのような食べ物がありましたね」
薫の説明を聞いたシクワンは、口には出さずとも楓のように“食べたい”というのが表情に出てしまっていることに気がついていなかったのである。
「知ってたんじゃん。もう」
「あっ、いえ。知っていますが、自分で食べたことはありません」
「どういうこと?」
「すいません。そうとしか言い様がなくて」
シクワンの曖昧さに、「もう。しょうがないなぁ」と返す楓がおり、はにかんでいるシクワンがいたのであるが、その傍らでは……。
「……」
「どった? 薫」
「何でもないわ」
「ふ~ん」
昼食を終えた面々は……。
「今日のお昼は今ひとつだったかな?」
「やはり、“冷やし”でないとだめですか」
「いや、だめって訳じゃぁないけど……」
「……物足りない、と言ったところかしら?」
「う~ん。そうとも言え、そうでないとも言え……。う~ん」
どっちつかずの楓を余所に、職場に曲がる交差点に差し掛かっていたのである。
「あっ、シクワンは職場に行く?」
「いえ。私は戻ります。また明日」
「えっ? 明日も来るの?」
そう言ってしまった楓であるが……。
「何かまずいですか?」
「ほっ?」
「今の言い方だと来て欲しくないとも受け取れるわよ」
「違う違う。そんなこという訳ないじゃん。毎日来るの大変じゃない、作り方分かったら電話する……、あれ? 連絡方法ない?」
「それは迂闊だったわね。楓の言う通り毎日来るのも大変でしょうから、連絡方法を教えて下さい」
二人の言葉に、首を傾げ“なんですか?”と言いたげなシクワンであった。
「ま、まさか」
「そのまさかのようね。であれば仕方がないでしょうね」
「え、え~と」
「仕方ないよ。また明日ね」
そう言われてしまったシクワンは、何が何だか分からない状態のまま二人と別れることになってしまい、その場に取り残される形となってしまったようである。




