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エンドレス・キャンパス  作者: 木眞井啓明
第二部 役  第六章 確立
51/65

登場人物)

 藤本ふじもと かえで

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生

  性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。


 本藤ほんどう かおり

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生

  性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。


 リーツ・シクワン・プト

  不明な場所の住人と思われる人物の一人。

  長老よりかなり若く、楓や薫と同年代と見受けられるが、男女の区別は不明。


舞台)

 不明な地/場所

  日本で行方不明事件の実証実験中に、行方不明の原因と思われる事象によりやってきた場所。

「む~。次の実験、どうしようか」

 唸りながら指先を絡めて腕を伸ばす楓がいた。それを横で見ながら……、「また、他の方法になるのかしらね」と薫が呟いている。

 二人は翌日の朝をすがすがしく迎えたようであるが、色を作り出す手立てが見つからないままであった。幾分か憂鬱な気分のようである。

「……他の方法かぁ」

 歩きながらそう呟く楓は、腕を頭の後ろに回して空を見上げる格好をしていたのである。

「それはそうと、真っ黒になった物はどうするのかしら?」

「う~ん。それは保留かなぁ」

 やや歯切れが悪い楓は、実験で真っ黒い液体に成り果てた化合物(と言って差し支えないであろう)の再利用も考えているようである。

 仕事場に到着すると……。「楓、ドアを開けてもらえるかしら?」薫がここ数日と同じように、慣れさせようとでも考えているのであろう言葉を口にした。

「ん? ほ~い……」

 実験のことでも考えていたのであろう楓が、生返事をして仕事場のドアロックを解除したのである。

「楓? 大丈夫なの?」

「ほ?」

「ドアロックの解除よ」

「へっ? あに?」

 薫は、楓の返事から上の空であったことを認識したようである。

「……全く。右手はどこにおいているの?」

「ん? ……うわぁ!」

「……本当に。あなたって子は……」

 額に指先を添えて軽く首を振る薫を余所に、棒立ち気味に「あははは」と笑って誤魔化す楓は、右の掌の感触を気にしている様子である。それを横目に、仕事場へと足を踏み入れた薫は、やや微笑んでいるようにも、困っているようにも受け取れる微妙な表情であった。

「う~、もう。薫の意地悪」

「はいはい」

 “しょうがないわね”と言いたげでな薫は、実験室のドアの認証を通っていった。続く楓は、ややふて腐れたようである。

「……はぁ~。次どうしよう。それと……。あぁ、やっぱり。……こっち、どうしようかなぁ」

 棚にしまっていた、実験で真に黒い液体に成り果てた化合物が入ったビーカーを取り出し、テーブルに載せながら呟いた。と、薫がよってきて……。「昨日の副産物ね。あら、沈殿してるじゃない」と言ってビーカーを持ち上げて軽く振り始める。

「……! 薫、振っちゃだめ!」

 突然の大声にびっくりした薫は動作を止めていた。

「……よかったぁ」

「……」

「薫ぃ。だめだよぉ、この物質の特性が分かってないんだから、何が起こるか分かんないんだよ」

 そう言いながら、薫の手からビーカーを取り上げる楓は、そっと優しく、あまり乱暴にならないようにビーカーをテーブルに置いたのである。

「そ、そうだったわね。うっかりしていたわ。……でも、そこまでしなくても大丈夫なのではないの?」

 薫の言葉に、にやりとして人差し指を立てて左右に揺らし「ちっちっち」と口にした。

「な、何かしら?」

「……前に聞いた話だけど、とある実験に必要で作った硝酸銀を溶かした溶液が残って、勿体ないからととっておいたんだって。で、一週間後、残りを使おうとしたら溶けていた筈が沈殿していたんだって。でまぁ、今の薫みたいにビーカー振ったんだって。そしたらねぇ……」

 思わせぶりに言葉を切り真顔になった楓に、ゴクリとつばを飲み込む薫がいた。

「ドカーン! と爆発したんだって」

「嘘よ」

「嘘じゃないよぉ。天井とかにシミ……。その痕跡が残ってたし、本人の話だしぃ……。あっ、他の人からも聞いたよ」

「……事実、なのね」

「うん」

 何故か、元気よく返事をする楓は、これまた爆発すると言ったにも関わらず笑顔であった。

「だからね。と言うか、こいつは特に注意しないと。どんな物質かここでは解析できないからね」

「わ、分かったわ。……そうね。そうだったわね。昨日も試験管を破壊したことですしね」

 やや心痛な面持ちの薫ではあったが、危険の可能性があることは伝わったようである。

「は、破壊って……。まぁ、そう言えるかもしれないけど。……とは言ってもなぁ。どうしよう」

「……そうね。時間的余裕がどれほどあるのか分からないけれど、一朝一夕に出来るものではないのだから、時間がかかるのはしょうがないと思うわよ」

 薫にはそう言われたものの「そうかなぁ」と、やや納得していない様子が覗えるが、楓のことである、別のことを考えているのかもしれない。

「とは言っても、ってとこあるよねぇ。う~む。……そうだなぁ。昨日は微妙だったけど、薫が昨日言ってくれた実験でもやろうか」

 “爆破する”という単語に昨日の出来事を思い出し、少々気後れしたのであろうか、棚の整理を始めていた薫が「何のことかしら?」と合いの手を入れると楓が……。「ほら、昨日言ってた水で撹拌」と答えた。

「そう言えば、そんなことを言ったわね」

「そ。それ!」

「乗り気ではなかったと記憶しているのだけれど?」

「むぅ。昨日は微妙だったんだって」

「あら、そう言うことなのね」

「もう。……まぁ、成功する可能性としてかなり低い結果だろうってとこなんだけどね。まず、やってみないとってことで」

 こう告げた楓に対して、「そうね」と笑みで答える薫であった。

「んじゃ、準備、準備っと」

「何が必要なのかしら。言って頂戴」

 薫がさしのべた手に「うん!」と元気よく返事する楓であった。

 数少ない実験装置と言える攪拌機=マグネチックスターラーに、水を三分の一ほど張ったビーカーを乗せたようである。

「で、こいつを入れてと」

「楓。今入れたものは何だったかしら?」

「ん? あっ、これ?」

「そうよ」

「撹拌子、だったかな? このビーカーを置いた部分の中に、回転する磁石が付いてて回るんだよ」

「そうね。思い出したわ、基課学校で使ったわね」

「そうだっけ? でと、ん~。粉末も残り少ないかぁ、後でまた削るかな。……よし!」

 薫と掛け合いしつつ、時に独り言なのかぶつぶつと呟く楓は、蓄積物から削り取った粉末をビーカーに入れたようである。

「これで準備おっけぇ。んじゃぁ、始めますか」

 薫と会話していないにも関わらず言葉が出てしまっているところは、本当に子供のようである。それが楓と言ったところであろうか。

 五分ほどが経ったであろうか。ビーカーに張った水に変化はなく、入れた粉末も回転に任せぐるぐると回っているだけであった。

「むぅ。変化ないなぁ」

「もう我慢の限界かしら?」

「むぅ」

 実験に変化がないことから、早くもぶつぶつと言い始める楓に、棚の整理をしながら茶化す薫がいた。それを受けてふくれる楓がいたのである。

「待ってるだけってさ、時間経つの遅いよね」

「そうね。この突起物にでも経過時間が表示できれば良かったのかもしれないわね」

「そうそう」

 薫はさておき、楓は今のところ実験しかやることがないため、待ち時間を持て余している様子である。それを承知しているのであろう薫が、冗談めかして呟いたのである。

「ピッ。ピッ……」

「ん? 何の音?」

「何かしらね。ちょっと手が離せないから確認して頂戴」

 突然発せられた音。その音の出所を探して欲しいと薫に告げられ、「よっこいしょ」といつものようにかけ声をかけて立ち上がった楓であった。

 きょろきょろと実験室内を見回す楓であるが「どこ?」と首をかしげ、周囲にそれらしい物が見つからず、実験室内をうろうろする。「こっち?」と言って隣の小部屋に無造作に入っていくが、すぐに出てくる。

「こっちの部屋にもないよ。どこだろう」

「そうなの? 下だけじゃなくで上も見なさいよ」

「分かってるよぉ」

 相も変わらず子供扱いされた楓がふくれつつも、上を見上げたところで「あっ」と呟いた。

「どうしたのかしら?」

 楓の驚きに思わず顔を上げる薫が「あら」とこちらは驚くと言うよりは、感心したようにもとれる口調で呟いていた。

「そうね。そうだったわね」

「あにが?」

「はぁ。忘れてしまったのね。ここがどういう場所なのか……」

「え、えぇとぉ。おぉ! そうだった。……てことは、これも?」

「そうなのでしょうね。……便利なのか、気味が悪いのか。なんとも言えないわね」

「ふむ。でもでも、これって経過時間ってことでいいんだよね?」

「そうなるのでしょうね。先ほど私と楓がそう考えたのですからね」

 楓と薫が見上げているのは例の突起物である。このような機能があることに驚きを隠せない一方で、薫曰く“気味が悪い”というのも頷ける。

「ん? てことは、この音はカウントの音だね」

 未だに“ピッ。ピッ”と鳴っている音について、楓なりの結論を出したようである。

「そう言うことになるわね」

「おぉ」

 すごいという感情をむき出しにして喜んだ楓であった。


「変わらないよぉ」

「我慢なさい。まだあれから一分ほどしか経ってないわよ」

「えぇ。もう一〇分経った気分」

 いつものことであるが、忍耐力がなさ過ぎる楓に、あきれ返っている薫である。

 結局、楓は実験テーブルに腕を乗せ、その上に顎を乗せ始めてしまう始末である。更に、なにやら呟いている、いや唸っているようである。

「そう言えば」

「ん? あに」

「撹拌と言っているけれど、これは、強制的に水に溶かすと言うことになるのよね」

「……うん。そうなるね」

「だいたいでいいのだけれど。どれくらいの時間がかかるものなのかしら?」

「どれくらいって。どうかなぁ。溶けにくい物質だったり、そもそも溶けるのかって言う物質もあるし……。う~ん。概ね二〇分も続ければ結果が出る、筈……。多分……。っていうか、いつも感覚だから時間なんて計ってないしぃ」

「あら。そうなのね。でも、正確さは必要ないのかしら?」

「うっ。そこは、ほら。ケースバイケース、かな」

「また、微妙な言い回しね。……いいわ、でもそれだと大変でしょうね」

「だから、暇になってくるんだよぉ。もう」

「うふふ」

「あんで笑うの」

「それを知っていて実験をしているのだから、我慢しないといけないのでしょ?」

「むむむ」

「であれば、待つしかないわね」

「そうだけどさぁ。普通は、他の事しながらだし」

 薫の手伝いでもすれば良いのだろうが、その辺りは大雑把であることを自身も知っているのであろう。申し出ることはせず、薫に任せているのであろう事が伺え、故に実験が終了するであろう長い時間を待つことにしているようである。

 それからしばらくは、実験に十分と思われる時間が経つまで、眠気と戦うこととなった。

 ピッ。ピッ。ピッ……。

「……ん? おっと。寝ない、寝ない」

 回転する様を見ているせいか、眠気をもよおす楓であった。

「……ん? あっ? 瞼が、重い。ん~。だめだ!」

「大きな声を出して、どうしたのかしら?」

「あっ、ごめん。寝ちゃいそうになってるから、少し歩き回る」

「分かったわ。でも余り大きな音を立てないで頂戴」

「はぁい」

 実験室内をうろうろする楓であるが、薫の邪魔をしないように、小部屋経由でロビーへと出て行った。どうやらその辺りをぐるぐると回って気晴らしをしようと考えたようである。


 実験室のドアがすっと開いて、楓が入ってきた。

「なんか疲れた」

「あら。何をやっていたのかしら? 足音が余り聞こえなかったけれど?」

「うん。薫の邪魔にならないように小部屋とロビーの間で歩いてた。けど、なんか中途半端に疲れた」

「それは気遣いありがとう」

「まぁ、それくらいは、出来るよ」

 薫と会話をしながら実験テーブルにやって来た楓が、「うわぁ、全然変わってないぃ」と嘆いたのである。

「時間はどれくらい経ったのかしら?」

「おぉ……」

「どうしたのかしら?」

「えっ? いや、結構経ってる」

「それでどうするのかしらね」

 手を休めた薫が立ち上がって、楓に結論を迫っているように見えた。

「えっと。二〇分近く経ってるし、さすがにこれ以上は無駄かな?」

「そう。結論は?」

 薫に結論を迫られた楓は、「えぇ、言うのぉ」とややふくれ気味に抗議している。それを感じているのであろう薫が、「私もいるのだから、出さないとだめよね?」と詰め寄ったことから楓は結論を口にする。

「また……。失敗だよぉ!」

 やけくそ気味に大声で“失敗”を宣言する楓であった。

「そうね。でも、困ったわね」

「言わせといて、困ったって言われても」

「しようがないでしょ。次に進むためには、区切りは付ける物なのですからね」

「そうだけどさ……」

 言わずとも分かっていることを、言わされる虚しさに楓はしょげてしまったのである。

 しょげかえっている楓と、それを困ったという表情で見つめている薫であるが、突然、何の前触れもなく、突起物が点滅を始めたのである。「ビーボー。ビーボー」と音量は小さいながらも、実験室いっぱいに広がる点滅する色に、驚きを隠せない二人であった。

「み、緑色? また、何か起きた? でも、緑だよね」

「ちょっと待ちなさい。……確か」

 驚きつつも、とっさに行動できた楓が「薫ぃ。小部屋の方は異常ないよ」と、驚きも治まったようで、いつもの表情で報告していた。

「そうだわ。二度目以降に訪れた際に、緑色が点滅すると言っていたわね」

「おぉ。そんなこと言っていたような気もしないでもない」

「楓。きちんと覚えておかないと、大変なことになるわよ」

 周りのことに頓着していない節があるのはいつものことで、薫に小言を言われてしまうのもまたいつものことである。

「ぶ~」

「ほら、来客を待たせてはいけないわよ」

「分かってるよぉ。でも、誰だろ?」

 来客を迎えるだけではあるが、小言によって渋々やっているように見えてしまう楓は、なんともそんな性格と言えるであろう。

「ここだと、一人しかいないでしょうね」

「わっ。薫、顔が怖いよ」

「そうかしら?」

 実験室から楓と薫が揃ってロビーに出ると、「おはようございます、でいいですかね。今日は大丈夫そうですね」と挨拶を交わした人物に対して、楓が「シクワン。今日も来たの?」とやや失礼になりかねない言葉を返したのである。

「ご迷惑ですか?」

「えっ? あ、いやいや。大丈夫」

「はぁ。何をやっているのかしらね。今の言葉だと、そうなるでしょうに」

「そ、そうだった? ごめん」

 項垂れる楓を見たシクワンが「い、いえ。こちらこそ余計なことを言ってしまったようです」と、薫を除く二人がしょげてしまっている。

「それで。今日はどのようなご用件でしょう」

 つい先ほど、楓に小言を言ったばかりであるにも関わらず、今度は薫が刺が見え隠れする言葉を浴びせている。

「うっ。またですか」

「あら、失礼。毎日来られていますから、何か別の用件でもあるのかと思いまして」

 薫の表情は、特段敵意を見せてはいないが、丁寧すぎる言葉がどうにもシクワンを疲弊させてしまうようである。傍らでしょげていた楓も、はらはらしているのが表情から窺える。

「ん、ん。三日目ですが、どんな状態か確認に来ました」

「どんな状態って言われてもねぇ。昨日と変わんないよ」

「微笑んで言われましても……。困りましたね」

 楓は微笑んでいる訳ではないようだが、そう見えたシクワンは項垂れてしまったようである。

「よろしいかしら?」

「はい。どうぞ」

「楓なりに試行錯誤しています。ゼロから方法を探すには、三日程度では不足していると考えますよ」

「それは理解できます。……あぁ、毎日来ているのがまずかったのですね。申し訳ありません」

 薫が苛立っていると考えたシクワンが、答えの一つを見つけたと考えたようである。実際には「はぁ」とため息をついている。

「そう。今の貴方を見ていると、単純に日々の進捗の提出と同じと考えるのが良いようですね。少々不躾だったことを謝ります」

「あ、あのさ。いつまでもロビーにいてもしょうがないんじゃ」

「そうね。シクワンさん。実験室にどうぞ」

「は、はい」

 なんとも奇妙な緊張感が薫とシクワンの間に出来上がったようである。まぁ、楓が間に入ることで緩和されることを祈ろう。

「ふむ」

「楓さんは何を悩んでいるのですか?」

「何って。次の実験」

「実験? 色は作らないんですか?」

「ほっ? どうやって作るか探してるんだよ?」

「え、え~と」

 楓の言葉に、初めて聞く言葉なのであろうかシクワンが困惑気味のようである。

「ん? 実験って分かんない?」

「はい」

「んとね……」

 楓なりの“実験”とは何か、の講義が始まったようである。その言葉を真剣に聞くシクワンの表情がどこかしら嬉しそうに見えているのである。

「あっ。そう言えば、お昼ってまだだよね」

「そうね。まだチャイムは鳴っていないわね」

「今日は長く感じる」

「集中が足りないのではないかしら?」

「ぶ~。集中してるよ。もう」

 シクワンと隣り合わせで座っていた楓であるが、うなり声を漏らしていたあげく、スッと立ち上がってうろうろし始める。

「楓さん? どうされました?」

 シクワンの問いかけに、一切答えることなく実験室内をうろつきだしてしまった楓に、戸惑っているようである。

「あ、あの。薫さん」

「何かしら?」

「え、えーと。楓さんは大丈夫でしょうか?」

「あ、あれね。若干こちらも気が散ることがあるのだけれど、ああして考えるのがあっているみたいよ」

「問題はないんですね」

「えぇ」

「そうですか」

 まだ心配している様子が窺えるシクワンであるが、それなりに納得はしたようである。

「うふ」

「ど、どうしました?」

「楓は、学者肌なのかしらね」

「それは、どういう意味ですか?」

「そうね。こちらでは分かりませんが、私たちの所では、ああしてうろついている、学問を突き詰めている人は多いわね」

「よし!」

 考えがまとまった楓が、一声あげて歩みを止めた。「次の実験決まった」と元気のいい表情でそう告げる楓であった。

「それで、何をするのかしら?」

「昨日の加熱実験で出来た分離した沈殿物だけを使って、水に溶けるか実験する」

「そう。でも大丈夫なの? さっき危険だと言っていたじゃない」

「うん。問題ない!」

「何の話ですか?」

 要領を得ないシクワンは、薫が心配していることから不安な様子である。

「おぉ。そだね。え~とね、朝のことなんだけど、昨日の実験で失敗した物が……」

 今日の朝にあった出来事をシクワンに説明し始めると、幾分かばつが悪そうにする薫であった。

 全てを理解したとは言えない様子のシクワンであるが、「そんな物使って大丈夫なんですか?」と薫と同じように心配になったようである。

「沈殿物だけだからね。え~と、これはここで……。水を使うし大丈夫、だと思う」

「はぁ」

「ほ、本当に大丈夫ですか?」

「え? 大丈夫だって。撹拌するだけだし……多分」

 会話する度に、自信が失われていくのは何故なのであろうか。楓としても、問題がない筈、と言うのが出発点なのであろう。まぁ、失敗は成功の母、と言うことなのであろうか。

「よぉし。準備完了! 実験開始」

 ビーカーの中に水と失敗から生まれた沈殿物が、次第に渦を巻いて回転していく。そして、沈殿物が浮き上がって混ざっていくのであった。

 数分が経った頃。既に楓は、実験テーブルに突っ伏していた。方やシクワンは姿勢を正して座っており、両極端が並んでいるのは、なんとも言えない構図である。

「まだかなぁ」

「経過時間を出してもらいなさい」

 薫がそう告げると、経過時間が突起物に表示された。それを確認した楓が、「いやぁぁ。まだ数分だぁ!」と、叫んで再びテーブルに突っ伏す始末である。

 その状況に、引き攣って言葉を出せないシクワンが隣にいた。

「楓。シクワンさんが困ってるわよ」

「い、いえ。そんな困るとかでは……」

「あぁ、ごめんねぇ。待つだけってさ、なんか苦手で」

 申し訳なさそうに喋る楓ではあるが、突っ伏したままであるため説得力に欠けているのである。


「一〇分経った。これは、混ざってる? 溶けてる? どっちかなぁ。にしても真っ黒いなぁ」

「その違いに何かあるのかしら?」

「ぶ~。この実験は、沈殿物の水溶性についての確認と、溶ければ次に何か出来る可能性が生まれる……多分」

「それは、実験の意義なのよね。溶けることと混ざることの違いの説明になっていないわよ」

「ぶ~。薫は知ってる筈なのに~」

 頬を膨らませながら、攪拌機=マグネチックスターラーの電源を落とした楓であった。

「あの」

「ん?」

「教えて頂けますか?」

「ん~。……分かった。大雑把に言えば、混ざるって言うのは、この場合は水とくっついたりしていないこと。溶けるって言うのは、この場合は水とくっついていることで、言い換えれば、水という名の液体から別の液体になること。かな」

「分かったような分からないような……。溶けると言うことは別物になると言うことでいいでしょうか」

「概念的にはそれでいいと思う」

「概念、ですか」

 徐に攪拌機=マグネチックスターラーを止める楓に、「正確には、一〇分は経ってないわよ」と棚の整理中に小言めいたことを言われてしまう。

「ふ? おぉ、説明だね。んと、撹拌で溶かす場合……。う~んと。地球上の物質であれば、一〇分~一五分位あれば大抵は結果が出た筈……。んん。それに、この沈殿物って一度溶けた物だからねぇ、そんなに時間て必要ないんじゃないかと。まぁ、仮定の話で、二度目の溶解がないって事もあるかも」

「あら、そうだったのね。ごめんなさいね」

「うん。まぁ、忍耐力がないのは、事実だけどぉ。……む~」

 整理の手を休め、楓の説明に謝る薫と、それを聞いていたシクワンが、楓の吐露に笑い出してしまったようである。

 説明やら笑いをしている間に、撹拌を止めたビーカーでは状態が進行していた。

「あ、忘れてた……。あぁ」

「何があったの?」

「沈殿物が、底に溜まってるぅ」

「そうなると。どうなるのかしら?」

「失敗だぁ! どうすんのぉ」

 楓の絶叫に、シクワンが「あ。えっと。あの……」と、おろおろしだしてしまったようである。方や薫は困った表情をしている。

「ビボボンビビボーン」とチャイムと点滅が実験室内に広がった。

「あっ。お昼だ」

「とりあえず、午前中はここまでね」

「おし。お昼食べに行こう!」

 落ち込んでいたはずの楓は、お昼のチャイムとともに元気を取り戻すのであった。

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