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エンドレス・キャンパス  作者: 木眞井啓明
第一部 息吹  第二章 夢
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登場人物)

 藤本ふじもと かえで

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生

  性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。


 本藤ほんどう かおり

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生

  性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。


 岩間いわま 聖美さとみ

  西暦2108年08月13日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生

  性格は、子供っぽい所もあるが、二〇歳に何とか相応しい女性だが、楓に似た所もあり、類は友を呼ぶを表した友人の一人。


 山田やまだ 明子あきこ

  西暦2108年06月21日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生

  性格は、長女であるだけにしっかり者で世話好き。だが、おっとりしているわけではない。その辺は弟を持つが故なのかも知れない。


舞台)

 関甲越かんこうえつエリア

  関東甲信越を短縮したエリアの名称。東西は千葉・神奈川から新潟、南北は群馬・栃木から長野・静岡の一部まであるエリア。


組織・家など)

 ATSUBB専課学校あつびーびーせんかがっこう

  場所は、関甲越エリア、神奈川、厚木にある。基底学部として、化学、物理、自然の学科を持つ専課学校。


メカニカル)

 iHandあいはんど

  腕輪(腕時計)タイプ、ハンディ・タイプなどのiRoboの子機(子端末)であり、家族全員分ある。

  映像電話ヴィジフォン、個人情報管理、取引証受け渡し、コンピューターなどの機能がある。


 iRoboあいろぼ

  各家庭には、情報端末ロボットが置かれる。

  AIによって学習型会話が可能、家族管理、家族分のiHandを管理等の機能がある。

「はぁ~」

「まただ。む~」

「聖美、そう言わないの」

「明子ぉ、だってぇ~」

 楓の溜息に、不満がはち切れんばかりの表情で口を開いたのは聖美である。フォローをした明子も“しょうがないでしょ”といった含みがあるような表情である。だが、聖美が納得していないのがふてくされた表情から伺える。

 理由はある。一昨日からこっち、楓と口喧嘩をしていないからである。しかし、それだけで不満になるとは困ったものである。まぁ、別の見方をするならば、喧嘩をするほど仲が良いと言ったところであろうか。

「え? あ、ごめん」

「う~」

 素直に謝っている楓に対して、唸りを上げる聖美の表情からは、苛立ちが垣間見えている。

 そろそろ聖美の限界点が近そうである。

「だぁ~!」

「ちょっと聖美。大声を出さないでよ、恥ずかしいじゃない」

 楓の謝り方が悪かったのではない。聖美が期待した反応が返ってこなかったことと、ここ数日来の不満がとうとう爆発したと言ったところであろう。それでも、まだ不満が収まっていないのが聖美の表情から伺えるほどである。

 一方で、明子が告げた通り聖美の大声に、周囲にざわめきが起こったのは事実であった。その証拠に、周囲の生徒は言うに及ばず、離れた隅の方の生徒達までもが視線を向けて何事かと訝しんでいるのが確認できた。

 今は、二時限目前の休み時間で、ここは学生会館の一階にある談話室である。休憩などで学生や職員、果ては教授までに利用される場所であり憩いの場所である。

「でもでも」

「そうね。楓がこの調子だと、聖美も辛いわよね」

「そうそう。……あ、いや、だから、えっと……」

 相づちは打ったもののはたと気付いたのであろう、目が泳いでいるだけでなく、頭もあちらこちらを向き、しどろもどろになった上、尻切れトンボになる聖美であった。

 無言になること、それはすなわち薫の言い分を肯定することになるのだが、その事を分かっているのかどうかは定かではない。結局の所、対処をどうすべきか悩んでいる内にオーバーヒートした、と言うのが真相であろう。聖美らしいと言えばそうなのだが、とは言え、薫には心の内を見透かされているという事になる訳で、だからこそ、きちんと最後まで言えないのである。

 しどろもどろになった聖美は咳払いを一つして……。

「……楓。絶対おかしいよ」

「へ? あにが?」

 困った表情をした聖美が、楓の状態を知ろうと強硬手段に出たようであるが、いつもの楓らしくなく完全に上の空で、返事があさっての方向と言う結果に陥っており、途方に暮れるしかない聖美であった。一方、薫と明子も聖美と同様に心配しているのが傍目にも明らかであるが、もうしばらくは静観をするつもりのようである。

「楓。何かあるの?」

「ん? ……あ、え~……いやぁ。何でもないよ。楓ちゃんは至って元気だよ」

 聖美は、一呼吸して思い切って楓に問い掛ける。その楓はと言えば、心ここにあらずといった様子であった。声を掛けられた事でいきなり現実に引き戻されたようで、目が泳いでいるだけでなく、張りのない声で応えている。

「嘘ばっかし」

「む~」

 聖美のややふてくされた言葉遣いに、楓は、口を真一文字に結んで唸り声を上げたのであった。

 数日かけてやっと反応を示した楓に、聖美がそれを見逃す筈もなく、正面に座る聖美の顔がほころんだの言うまでもないことである。

「あっ」

 聖美の笑みがいつものものと違っていることに気が付いた楓は、何故か無性に嬉しく思えたのであろう、うっすらと涙を浮かべていた。

「何泣いてんの~」

「泣いてないもん!」

「泣いてるよ~だ」

 否定しつつ涙を浮かべながら応える楓はいつものそれとは違っているようである。そして、執拗に責め続ける聖美も何処か嬉しそうである。

 睨み合って、言い合っているように見える二人だが、何かを交わしているのであろう。

「痛っ! ……くぅ」

 うれし涙で言い合っていたのもつかの間、楓が一転苦痛の表情となって、右の脹ら脛を押さえながら呻き声を上げたのである。

「楓!」

 叫んだのは笑みを漏らしていたはずの聖美である。そしてその表情から笑みは消えていた。


     *


「……次に。行方不明となっている学生の事件についてです。今週の初めに行方不明となっている学生の消息は、今現在も分かっておりません。一部には、先週までと同様に今週末には帰宅するのではないかと言う見方もあります。

 以上、ここまでは、西暦二一二八年四月一二日、一二:〇〇までに入りました、最新ニュースをお伝えしました。ここからは、本日のニュース・ダイジェストを……」

「……やはり、帰って来ていなかったのね」

「……そう……だね」

 ニュースを聞いていた薫が、悲しそうにぽつりと漏らした言葉。それに相づちを打っている楓の口調には素っ気なさが感じられる。二時限目前に襲った痛みがまだ尾を引いているからで、まだ治まりきらないようである。

 痛みもさることながら、行方不明事件が気になっているのは、被害学生の殆どが芸術科で占められているとは言え、希に化学科や物理科の学生も含まれているからである。

 何故? 何処に? と言った素朴な疑問は優に及ばず、テレビではコメンテーターや専門家が果てのない論議をしている。それと、行方不明の期間がほぼ誤差なく“一週間”であると言うのも気になるところであり、今のところ、行方不明となって帰宅していない学生は皆無である。日本では新たな神隠しでは、と唱える専門家まで出てくる始末である。二二世紀になったとは言っても人類の理解を超えてしまえば、そう解釈せねばならないのかも知れない。

「楓、痛みは?」

「うん。まだちょっと……」

 心配そうな顔で楓を気遣う薫と痛みに辟易している顔の楓が、乗客の殆どいないグランド・バス車内で流しているニュースに耳を傾けていたところである。

 時刻はお昼を大分回ったところである。

 今回の痛みは、長引いたことで痛みに耐えかねて講義を受けるどころではなくなってしまい、医療室のお世話になる事となったのだが、今回の痛みにはいつもと違うところがあった。言ってしまえば、“ここだよ”と伝えようとでもするかのようであり、寄せては返す波のように痛みに起伏があったが、今は、大分治まってきているようである。

「今日のは、いやだなぁ」

「そうね」

「あ~。何かもう、苛つく」

「ごめんなさいね。痛みだけは代わってあげられないから……」

「うっ……。そ、そう言う訳じゃ……。ごめん……」

 痛みが長引いたことで、頭をかきむしりそうなほどに苛立ちを覚えている楓に、優しく、全てを受け止めてくれるかのような薫に、落ち着こうとする楓であった。

 楓は常に思っていることがあった。この痛みさえなかったらと……。いつ、いかなる場所で、痛みが発症するか分からない、そんな恐怖を常に抱えているのだ。それを分かっているからこそ、薫は殆ど一緒にいてくれるのだろうと。

 ピンポン。

「間もなく、鵜野森CBに到着します」

 このアナウンスと前後して景色が一変した。どうやらグランド・バスが地下に潜ったようである。

 この鵜野森のようなCBでは、ジャンクションも兼ねているため(一部のBBにもある)、規模が大きくなることも手伝って停車場と関連施設や設備を大深度の地下に設置しているのである。

「楓」

「あに?」

「お昼はどうするの?」

「おっと、忘れてた」

 “ぽん”と手でも打ちそうな表情で、痛みにかまけてお昼がまだであったことを思い出した楓である。

 いつもであるなら、薫だろうが誰であろうが差し置いていの一番に行動する所であるが、今日の楓は痛みを抱えていた。確かにお腹はすいている……。すいてはいるが……。

「……でもでも……」

「そうね……。楓の家に帰ってからにしましょう」

「うん……。じゃぁ、薫は何がいい?」

「まかせるけど、簡単なもので良いわよ」

「ほ~い。よっと。そう言えば、いっつも思うけどこの天板ておっきいよね」

 痛みに疲弊していた表情がぱっと明るくなり、半ば楽しそうに語りながら、楓は左腕の腕時計と思しき物の天板を軽く人差し指で押した。だが、天板が開いて終わりではなかった。裏側に折り畳まれていた薄い物が広がったのである。そのサイズ、元の九倍ほどである。

 開いた薄い物に、文字やら絵が映し出されている。そう、紙のように薄いペーパー液晶である。

 楓が操作しているこの腕時計と思しき物は、二〇世紀に存在した腕時計ではなく、俗に言う携帯端末で“iHand”と言う総称としての商品名で販売されている腕輪タイプである。

「そうね。けれども、ハンディ・タイプにするつもりはないのでしょ?」

「もちろん。こっちの方がなんとなく通信機ぽくて格好いいもんね。……え~っと。グルメ、グルメ。お昼だよねぇ……。お、ここが良いかなぁ。……薫は、ハンディだっけ?」

「えぇ、そうよ。持ち運びがやや難点ではあるのだけれど、ほぼ掌サイズですから操作がしやすいのが良いわね」

「ふ~ん。……おし。でっと。う~ん。……ここにしよ」

 ああだこうだと会話の合間に、唸り声を上げながらも、楓はお昼ご飯のお店を決めたようである。

「本日は、当店にお越し頂き、ありがとうございます。それでは、ごゆっくりショッピングをお楽しみ下さい」

「は~い。え~と。何にしようかなぁ」

 楓は、所謂ネットショップの来店案内にまで元気よく返答しているが、どうやら心はお昼ご飯の物色に向いているようである。

「う~ん」

 唸ること数分。

「薫。これで良い?」

「えぇ。良いわよ」

 あれこれ迷ったようなのだが、ベーグルサンドに決めたようである。そして、サンドしている食材はと言えば、女性としてのたしなみと言っては過言であろうが、ヘルシーな野菜が中心の物を選択したようである。

「物はこれで良しっと。バスケットには……。おっけぇ~。ほいっと」

「これで、ご購入は全てですか?」

「はい」

「ご購入頂きました、商品のお届け先を音声入力でお願いします」

「関甲越エリア、百合ヶ丘LB、神奈川、向ヶ丘第一〇住宅、一四階W〇七」

「続きまして、配達到着時刻のご指定をお願いします」

「薫~。帰ったら直ぐ食べるよね?」

「そうね。それで良いわよ」

「おし。え~今が、一二:三〇回ってたのかぁ……。届けて貰う時刻は、一三:〇〇頃で」

「誠に申し訳ありません。現在は少々混み合っておりまして、お届け先には一三:一五頃となります。この時刻でよろしいでしょうか?」

 “おぉ”と言う表情をした楓は、傍らの薫に向き直り確認すると薫が頷いた、それを確認した楓は了承する。

「それでは、お支払いに移ります。現在リンクしております端末に、店舗取引証をお送りします、折り返し個人取引証をお送り下さい」

 ショップの機械音声が喋り終わると、購入していた画面に被さるように、右から何かを銜えた犬が走り出してきて、そのまま左への走り去っていった。

「あぁ。これって、めんどくさいんだか便利なんだか。え~と。おっけぇ、かな?」

 画面に表示された内容を目をぱちくりさせながら読んだ楓は、iHandの腕元のスリットに右手の人差し指をスライドさせる。「ピッ」っと小さい音がして、今度は、犬が何かを銜えて右に走り去って行った。

「ご購入ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」

 この一連のやりとりは、何処の店で、誰が、何を、と言う証拠を双方で持ち、後で行われる決済時に利用される。つまりは、買い物の時点で金銭のやりとりは行われない後払い方式である。

 購入が終わった楓は……。

「んじゃ、iRoboに知らせとくね。と、その前に、液晶を終わないと邪魔」

 唸りながら、楓は片手で広がっている液晶を終いに掛かる。

 携帯端末の天板をパタンと閉じた楓は、天板の上で軽やかに指を走らせる。すると、「プルルル。プルルル」と呼び出し音が小さく聞こえてくるのと同時に、天板の液晶では犬がドアを引っ掻いているアニメーションが映し出されていた。先程から現れている犬は、楓がアプリでもインストールしたのであろう。外部とのやり取り全てを犬で表現されるようである。

 しばらくすると、引っ掻いていたドアが開いて犬が中へと入って行く。

「あ、iRobo」

 液晶には、大昔のPCを思わせるスクリーンに、デフォルメしたiRoboがちょこまかと動いている様が映し出されている。

 iRobo本体の姿が映っていないのは、通話を受ける場合には、カメラとマイクを使わず回線と直接接続していると言うことなのであろう。

「楓ですか。……はて。今移動中のようですね。まだ学校にいる筈の時間ですが何故です」

「しょうがないじゃない。また痛みが出たんだから」

「ホントですか?」

「ロボットのくせに」

「その発言は許せませんね。良いですか……」

 人間であれば、差詰め人差し指を立ててずいっと画面に身を乗り出していることであろう。しかし、映し出されているiRoboに特段の変化はなかった。

「あ~、しまった。楓ちゃんが悪うございました。だからぁ、今買ったお昼を受け取ってよぉ~」

「いえいえ、この際……。おや? お隣に誰かいますか?」

「え? 薫がいるよ」

「そうですか。では、受け取りしておきます」

「こら、ちょっと待ってよぉ。何で薫がいるといきなりOKになる訳? 説明しなさい」

「それは簡単です。薫さんは、間違ったことはしないと判断しているからです」

「む~」

 唸ってむくれる楓であるが、ロボット相手でもこの有様である。

 一言付け加えておこう。iRoboが楓を邪険にしているわけではなく学習した結果の賜である。何年もの蓄積結果から、楓はこの程度で落ち込まないと理解しているからに他ならない。

「楓の家のiRoboは、相変わらずのようね」

「あははは……。!」

「楓?」

「うん。ちょっとピリッと来た。大丈夫、大丈夫」

「そう」

 返事をする薫の表情は、一瞬にして母親のそれに変わっていた。

 その後、しばらくはグランド・バスに揺られていた……。

 ピンポン。

「間もなく、向ヶ丘第一〇住宅に到着します」

 鵜野森CBを出て地上を走っていたグランド・バスは、再び地下へと潜って行く。

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